第55話 アダムの話 2
「それで……お父様は何と言いましたか?」
ソフィアは思い切って尋ねた。
「勿論、一喝されたさ。『大切な娘を平民などに嫁がせられるか」と言われてね。それどころかヴァイロン氏はまた別の縁談を探していたよ」
アダムは肩をすくめた。
「そ、そんな話……初めて聞きました」
「しかもやはり縁談先はお金持ちの貴族ばかりを探していたようだ。全員君よりも親子以上に年が離れていた男ばかりだった。そのことを知ったときは流石に呆れたよ。ヴァイロン氏は自分の娘を商品としか見ていないんじゃないかと思った。だが、もともと俺は本気で君との結婚を考えていたわけじゃない。何しろ分不相応な相手なのは分かっていたからな。俺はただ不幸な結婚から君を救ってやりたかっただけだ」
ポツリポツリと語るアダム。
「だからヴァイロン氏に交渉を持ち掛けた。ソフィアさんには好きな男性がいるようなので、その男性と結婚させてあげたいとな。その間は、俺と仮初の結婚という形で援助するので、どうかこれ以上のお見合いの話は探さないで欲しいと頼んだんだ。そうしたら、ようやくヴァイロン氏は俺の提案を受け入れてくれたんだ」
「……」
あまりの内容に、ソフィアは言葉を無くして聞いていた。
「君の為に十分広い屋敷と使用人を用意し、俺とは一緒に住まない。結婚は見せかけの物で籍も入れない。いずれソフィアが好きな男性と結婚する日が来たら、俺は潔く身を引いて屋敷をプレゼントすると言う約束をヴァイロン氏と結んだんだ」
アダムの話は耳を疑うような内容だった。
まさかアダムが父親とそのような取引をしているとは夢にも思っていなかった。
(けれど……これではあまりにアダムさんが気の毒だわ……!)
そこでソフィアは思っていることを口にした。
「それではまるきりアダムさんに得なことはないじゃありませんか!」
するとソフィアの言葉にアダムはフッと笑みを浮かべる。
「そうかな? 仮初とはいえ、君の夫になることが出来るのだから、こんないい話は無いと思った。だから……あの夜。君が、あんなことを言ってきたときは……その……本当に驚いたよ」
アダムが口元を押さえ、顔を赤らめる。
「あんなこと……? あ!」
(そうだったわ! 私……下着姿でアダムさんに迫ったりして……!)
「あの時、君は相当量のワインを飲んでいた。それで俺のことを自分が好きな男と勘違いして、あんな行動を取ったのだろう? ……あのとき、どれほど自分の理性を押さえるのに苦労したか……だから……」
「『君への気持ちが冷めた』と言ったのですか?」
「ああ。そうでも言わないとあの場を乗り切れそうになかったからな。それなのに、突然家出をしたから本当に驚いた。ヴァイロン氏には、『どんな手を使ってでも娘を探し出せと命じられたよ。だから懸賞金付きのポスターを作って、周囲の駅に貼りだしたんだ。でも……まさか、君の方から現れてくれるとは思わなかったよ」
そしてアダムは少しだけ口元に笑みを浮かべた。
その顔を見てソフィアは気付いた。
アダムがとてもやつれていたということに――