第52話 アダムの秘密 1
「待たせていただいて申し訳ございません」
椅子に座ったソフィアは丁寧に挨拶をした。
「いいえ、いいのよ。私は年寄りの1人暮らしだから、何も気を使わないでちょうだい。はい。お茶をどうぞ」
老婆がソフィアの座るテーブルの前に紅茶を置いた。
あの後……。
ソフィアの事情を知った彼女は若い女性が外で何時間も待つものでは無い、アダムが帰宅するまで自分の家で待つよう、招き入れてくれたのだった。
「ご親切にありがとうございます。では、お茶をいただきます」
ソフィアがお茶を飲む姿を見つめていた老婆が尋ねてきた。
「えぇと……ソフィアさんだったかしら?」
「はい、そうです」
「貴女、すごく良い身なりをしているし、とても上品だわ。もしかして貴族なのかしら?」
「え? ええぇと……そうですね。でも実家は落ちぶれてしまいましたけど」
「まぁ、お気の毒ね。それでアダムさんとはどういう関係なのかしら?」
「どういう関係……」
老婆の質問を口の中で繰り返し、アダムのことを考えた。
(私とアダムさんて、どういう関係なの? 夫婦だと思っていたのに、入籍もしていなければ一緒に暮らしたことも、当然夫婦生活だって……)
「どういう……関係なのでしょうね? 私とアダムさんて」
自問自答するソフィアに、当然老婆は驚く。
「ええ? それは一体どういうことなのかしら?」
けれど、俯いて元気が無いソフィアを前に老婆はそれ以上尋ねることが出来なかった。
「分かったわ、何も聞かないでいてあげる。その代わり、私が知っている限りのアダムさんのことを話してあげるわ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ええ。アダムさんはね、とても苦労した人なのよ。今アダムさんは1人であの家に暮らしているけど、子供の時は両親と一緒に暮らしていたのよ……」
老婆はアダムの話を始めた。
あの家はアダムの生家で、両親と暮らしていたけれども父親は事故死してしまった。そこで母親が女手一つで働いてアダムを育てていたけれども、13歳の時に過労死してしまう。1人になったアダムは生活の為に学校をやめて夜学に通いながら自動車整備工場で必死に働いてきたこと。
やがて独立し、成功して社長になったけれども今もあの家で暮らしてること……等を話してくれた。
老婆の話はどれも驚くことばかりで、アダムがどれ程苦労して今の地位を気付きあげたかをソフィアは改めて知ったのだ。
「アダムさんは……本当に苦労したのですね」
「ええ、そうよ。時には食べるものにも困っているみたいで、私が良く食事を作ってあげたもの。孫みたいなものよね」
老婆はクスクス笑う。
「でも、大成功した社長なのに……何故今もあの家に……」
「あの家は両親と暮らした思い出の詰まった家だから、手放したくないのですって。建て替えしないのもそのためだそうよ。それに苦労人だから、贅沢もしないのよ。お金のありがたみを身に染みて分かっているからでしょうね」
「……そうなのですか」
ソフィアは、アダムのことが少しだけ理解出来た気がした。
自分と一緒に暮らさなかったのは、あの家を離れたくなかったからなのだろう。
わざわざ大きな家を購入して、住まわせたのは……。
(落ちぶれたとはいえ……私が貴族令嬢だったからなの……?)
ソフィアは手にしたカップを持つ手に力を込めた——




