第44話 泣き崩れるソフィア
「アダムさん……そ、それって……」
「私の話は以上です。今度はソフィアさんのお話を聞かせていただけますか?」
アダムに促されるも、ソフィアは口を閉ざした。
まさか『君への気持ちは冷めた』と言われて、アダムを誘惑できるはずも無い。
「いえ……。もう、忘れてしまいました……」
俯くソフィア。
もう立っているのがやっとだった。激しく打ちのめされ、泣きたい気持ちで一杯だったが必死に堪える。
「忘れた? たった今大事な話があると、おっしゃいませんでしたか?」
「ええ……そ、そうだったのですが、ワインのせいで忘れてしまいました。私って……本当に駄目ですね。どうも酔ってしまったようです」
ソフィアは無理に笑顔を作った。
「そうですか? でしたら今夜は早目にお休みになられた方が良いですね。誰か人を呼んでソフィアさんの食事を運ぶように伝えてきましょうか?」
あんなことを言っておきながらも、アダムは変らず優しい。
そのことが余計悲しくなってくる。
「大丈夫です。そこまでは酔っておりませんから。実はもうワインを飲みながら色々おつまみを口にしてしまったので、殆ど食欲が無いのです」
本当はワインしか口にしていない。しかし、食欲が無いのは事実だった。
尤も、あのようなことを自分の夫から言われてしまえば食欲など失せて当然だ。
「分かりました。今夜はもう夕食はとらないということですね。では私の方から厨房に伝えておきましょう。どうぞごゆっくりお休みください。私はこれで失礼いたしますね」
礼儀正しく会釈するアダム。
「はい……お気遣いありがとうございます……」
ソフィアは頭の中で、必死に過去の記憶で楽しかった出来事を思い返し……泣きたい気持ちを抑え込みながら会釈した。
—―パタン
アダムが出ていき、部屋の扉が閉ざされて足音が遠くなっていく。
「う……」
ついにこらえきれなくなった涙がソフィアの頬を伝って床に落ちる。
扉に打ち鍵を掛け、誰も入って来られないようにするとソフィアはベッドに駆け寄った。
そしてそのままピロウに顔を押し付け、泣き声が洩れないように肩を震わせて嗚咽をするのだった——
****
「少しいいだろうか?」
ソフィアの部屋を後にしたアダムが厨房に姿を現した。
『旦那様!?』
厨房には全ての使用人達が集まっており、全員が一斉に驚きの声をあげた。
それもそのはず。彼らは全員、今夜アダムとソフィアが熱い夜を過ごして名実ともに2人は夫婦になるものだとばかり思っていたからだ。
しかし、驚いたのはアダムも同じ。
「お前たち、揃いも揃って全員で集まって一体ここで何をしていたんだ?」
「え、ええと……それはですね……」
厨房を代表する料理長がせわしなく目を動かしていると、すかさずベスが説明した。
「はい、私たち一同今夜は旦那様と奥様の為にどのようなディナーをご用意するべきか話し合いをしていたのでございます!」
「何? 今頃か? もうすぐ20時になるというのに」
アダムが眉を顰める。
「あ、い、いえ……あ、あの……」
しどろもどろになるベスに、今度は料理長が声をあげた。
「申し訳ございません! 今のは彼女の言葉のあやです。正しくは料理の後のデザートの話をしていたのであります!」
「デザートか……まぁいい。今夜は料理もデザートも無しだ。彼女は食欲が無いそうだからな」
それだけ言うとアダムは背を向け……。
『お待ちください!』
使用人全員から呼び止められた。
「……一体何なんだ? お前たちは」
眉間に皺を寄せるアダムにベスが早口で尋ねた。
「旦那様、まさかまたしても御自分のお屋敷へ帰られるおつもりですか? 今夜は奥様と大事な話があったのではないでしょうか?」
「私の話なら、もう終わっているが? 彼女は特に私に話は無いそうだ。それではこれから人と会う約束があるので帰らせてもらう。見送りは結構だ」
そしてアダムは足早に屋敷を去って行った。
1人部屋で泣き崩れているソフィアを置き去りにして——