第4話 淡い恋心
ソフィアには憧れている男性がいた。
その人物が先程の彼、アダムだ。
彼との初めての出会いは、まだソフィアが『スミス商店』で働く以前のことだった。
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それはソフィアがこの町に越してきてすぐのことだった。
父、ムーアが詐欺に遭ったせいで財産を全て失ってしまった為に貧しい生活を余儀なくされてしまったヴァイロン家。
ソフィアは家計を助ける為に仕事を探す為に町の職業紹介所へ出向いた。
そこで『スミス商店』を紹介されたのだ。
紹介状を書いてもらい、住所も教えて貰ったのだが、引っ越ししてきたばかりのソフィアは道に迷ってしまった。
『困ったわ……一体このお店は何処にあるのかしら……』
道を尋ねる為の交番も無い。町を行き交う人々は皆忙しそうで尋ねにくい。
『どれも似たような道でさっぱり分からないわ』
自分が今何処にいるのか、分からず不安な気持ちで歩いている時。
突然強い風が吹き、手にしていたメモを飛ばされてしまったのだ。
『あ! メモが!』
メモには唯一の手掛かりの住所が書かれている。あれを無くしてしまえば大変だ。
(待ってちょうだい!)
ソフィアは必死で飛ばされていくメモを追った。
長いドレスは走りにくく、どんどんメモとの距離は離れていく。
(お願い! 待って!)
その時、前方から歩いてきた紳士の身体に飛んできたメモが貼り付いた。
紳士は不思議そうにメモを手に取る。
『あ! そのメモは!』
ソフィアが追いかけながら声を上げた時。
『キャアッ!』
石畳に躓き、転びそうになってしまった。
『危ない!』
咄嗟に紳士が腕を広げ、ソフィアは彼に倒れこんでしまった。
『大丈夫でしたか?』
ソフィアは紳士の腕の中で声をかけられた。
『は、はい。大丈夫です』
慌てて離れて、顔を上げるとソフィアは目を見張った。
(何て素敵な方なのかしら……)
ソフィアを助けた紳士は、端正な顔立ちのそれは美しい青年だったのだ。
『お怪我はありませんでしたか?』
紳士が尋ねてきた。
『はい、何処も怪我はしておりません』
『もしかしてこのメモを追っていたのですか?』
紳士は自分の身体に貼り付いて来たメモをソフィアに見せた。
『そうです。そのメモに書かれてある場所を探していました。でも、道に迷ってしまって』
すると紳士はメモを見て、笑みを浮かべる。
『この店なら知っています。私はここの常連なので』
紳士はニコリと笑みを浮かべた……
その後。
紳士の案内でソフィアは無事に店に辿り着くことが出来、ここの常連だった紳士の口添えもあったことからソフィアは採用されたのだった。
オーナーと紳士の会話のやりとりから彼の名前がアダムということものの、それ以外のことは一切謎だった。
アダムは、ぼほ同じ時間に店を訪れてデイリー新聞とビジネス新聞を買っていく。
そこで短く一言、二言会話をする。
ただ2人は店員と客、それだけの関係だった。
いつも寡黙で物腰が丁寧なアダム。
そんな彼に、いつしかソフィアは淡い恋心を抱くようになっていたのだった——