第34話 黄昏る時
「奥様、少しは落ち着かれましたか?」
自室でカモミールのハーブティーを飲んでいるソフィアにベスが尋ねた。
「はい、お陰様で気分が落ち着きました。こちらのハーブティー、美味しいですね。それにクッキーもこのお茶に良く合います」
薄紫色のデイ・ドレスに着替えたソフィアが笑顔で返事をする。
「お気に召されたようで良かったです。このハーブティーは有名な外国のお茶らしく、御主人様が奥様の為に自ら注文したそうですよ。それに、このクッキーを作ったのは新しく雇われた料理人です。一流ホテルの料理人だったそうですが、こちらの屋敷で雇用すべく、旦那様自らスカウトされたそうです」
「え!? そうだったのですか!?」
余りにも驚きの話で、危うくハーブティーをこぼしそうになってしまった。
「はい。本当に旦那様は奥様を大切にしてらっしゃるのですね。この話を聞いただけで、旦那様の奥様に対する愛の深さを感じました」
「大切に……」
ソフィアはポツリと呟く。
(でも本当に私を大切に思ってくれているなら……結婚したのに一緒に暮らさないということがあるのかしら……?)
ソフィアの脳裏に、花屋のデイジーの姿が浮かぶ。
彼女は本日、ピンク色のワンピースにエプロンドレス姿でブーケを持って現れた。
『ご結婚おめでとうございます!』
笑顔で祝の言葉を述べるデイジーに、アダムは満面の笑みを浮かべて花を受け取った。……ソフィアには決して向けない笑顔で。
折角ブーケを届けてくれたのだからと、ソフィアは式に参加を勧めたが『仕事がありますので』と言ってデイジーは帰ってしまった。
(もしかして……私とアダムさんの結婚式を見るのがイヤで、デイジーさんは帰ってしまったのかしら? そしてアダムさんも彼女のことを……? 私と一緒に暮らさないのは、本当はデイジーさんがいるから……?)
不吉な考えばかりが浮かんできてしまう。
その内に、疲れとハーブティーの効果のせいなのか徐々に眠くなってきた。
(駄目だわ……眠くて……もうこれ以上起きていられな……)
そこで、ソフィアの意識は途切れた――
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誰かが髪を撫でている気配を感じる。
「……フィア……」
名前を呼ばれる。その声はとても優し気だった。そして唇に何か柔らかい物が押し当てられ、すぐに離れていく。
(な……何……? 今のは……)
まどろんでいるソフィアには何があったのか理解できない。けれど不快な感じは無く、むしろずっと触れて貰いたい……そんな感覚だった。
そして何故かふと、アダムの顔が浮かんでくる。
「アダム……さ……ん……」
そこで再びソフィアの意識は深い眠りに沈んでいった――
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「う~ん……」
薄暗い部屋で呻き、自分の声で目が覚めた。
「え……? ここは……?」
気付けばソフィアはベッドの上で眠っており、キルトが掛けられていた。
「う、嘘!? 私、眠ってしまったの!?」
一気に頭が覚醒し、ベッドから飛び起きた。
いつの間にかカーテンが閉められ、隙間からはオレンジ色の太陽の筋が少しだけ差し込んでいる。
ベッドから降りたソフィアはカーテンを開けると、空は今にも夕日が沈みそうな色をしていた。
「夕方……? 今何時なのかしら!」
慌てて、部屋を見渡して時計を探した。すると、壁掛け時計が扉の上にかけられていることに気付いた。時刻を見ると6時半を差そうとしている。
「6時半……?」
呟いた時。
――コンコン
部屋の扉がノックされた――




