第30話 大注目
「はい、そうです。運転は私が行います。今扉を開けますね」
ノーマンは扉を開けると、再びソフィアに声をかけた。
「さ、どうぞお乗りください」
「は、はい……」
(本当にこれに乗るの? 馬車と違って扉は小さいし、屋根はついているようだけれど、外からは丸見え。段差だってあるから乗りにくいわ……)
返事をするものの、ソフィアは戸惑うばかりだ。
「奥様? どうなされましたか?」
「あ、あの。ウェディングドレスで乗るには、少し乗りづらいようなのですが……」
だから馬車に代えて下さい、とはとても口には出せない。気持ちを察して欲しくて、さりげなくノーマンに目で訴える。
「大丈夫です。ジョンソン社の車は馬車よりもずっと乗り心地は良いのですよ? 揺れも少ないですので、馬車酔いのような症状も起こりにくいです。秘密は車輪についているゴムです。このゴムが地面から来る衝撃を和らげてくれるのですよ?」
自動車のうんちくを述べるノーマン。とても気持ちを察するどころではない。
「そうなのですね? それは素晴らしいアイデアだとおもいます。では車に乗らせていただきます……」
ソフィアは観念して、ボリュームがたっぷりあるウェディングドレスをたくし上げると、ふらつきながらも何とか後部座席に座る。
(よ、良かった……一瞬転びそうになったけれども、何とか乗ることが出来たわ)
胸を撫でおろしていると、いつのまにかノーマンも運転席に座っていた。
「お座席の後方部分に幌がついておりますが、本日はお天気ですし必要ありませんね? 外の景色も良く見えますので、このまま発車させていただきます」
「え!? このままですか?」
(そんな……! 外から丸見えになって、恥ずかしいからせめて幌くらいはして欲しいのに……)
考える間も間もなく、ノーマンはエンジンをふかせた。
ブロロロロ……!
「では新居に向かって出発致します!」
ノイマンはアクセルを踏み込むと、車を走らせ始める。
「は、はい……!」
ソフィアは観念して、返事をした――
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馬車に混ざって、ソフィアを乗せて走る車は人々の注目を浴びていた。
「すごい! 車だ!」
「初めて見たぞ」
「うわぁ。花嫁さんだよ!」
「あら、素敵ね。でも花婿がいないわね」
人々が物珍し気に、こちらを見て騒ぐ声は全てソフィアの耳に届いていた。
(うう……恥ずかしい。……これではまるで見世物状態だわ。早く着かないかしら)
人々の視線が恥ずかしく、ずっと俯くソフィアに外の景色を楽しむ余裕などない。
そして前を向いて運転するノーマンも当然気付いていない。それどころか、人々から注目されていることに喜んでいたのだ。
「御覧ください、奥様。我々は人々から注目を浴びていますよ? きっと良い宣伝になることでしょう。これからもジョンソン自動車は増々成長すること間違いなしです! これも奥様のお陰です!」
ノーマンは得意げに語っている。
「そ、そうですか。お役に立てたようで何よりです……」
引きつった笑みを浮かべるソフィア。
こうしてソフィアは人々の大注目を浴びながら、新居に到着するまで辛抱し続けるのだった――