第28話 結婚式
5月某日――この日は雲一つない、澄み切った青空が広がっていた。
町の一角にある緑に囲まれた教会で、アダムとソフィアの結婚式が静かに行われている。
祭壇の前には純白のウェディングドレスに身を包んだソフィアと、白いタキシード姿のアダムが神父の祝辞を受けていた。
高い天井の教会に、神父の静かな声が響き渡る。
そして2人の式を見守るのはソフィアの両親と、『スミス商店』のドナの3人のみ。
(本当に……参列客は両親とオーナーだけなのね……)
神父の祈りの言葉を上の空で聞くソフィア。
好きな人と結婚式を挙げられるのは、とても嬉しい事だった。
それでも、出来れば大勢の参列客達に祝福される結婚式を挙げたかった。
(駄目ね。私って……いつの間に、こんな贅沢なことを考えるようになってしまったのかしら。アダムさんという素敵な男性と結婚できるだけで、身に余る光栄なことなのに)
ソフィアは自分の心に言い聞かせる。
「……それでは、指輪の交換を」
神父の言葉にハッとなる。気付けば指輪の交換の時が来ていたのだ。
そこで2人はそれぞれ新婦から指輪を預かると、互いの指にはめあった。
「では次に誓いのキスを」
その言葉にソフィアの心臓は飛び跳ねそうになる。何しろ今迄一度もアダムとキスしたことが無いからだ。いや、それどころかソフィアの人生でキスは未経験だった。
(わ、私……と、とうとうアダムさんと初めてのキスを……!)
アダムがソフィアのヴェールをそっと上げて、顔を近付けてきた。
(アダムさん……っ!)
真っ赤な顔でギュッと目をつぶり、ソフィアはアダムのキスを待った。
チュッ
軽くアダムの唇が触れ……ソフィアは「え?」となる。
何故ならソフィアの唇ではなく、右頬にキスされたからだ。然もそのキスは、ほんの一瞬。すぐにアダムの唇は離れて行った。
(嘘でしょう……?)
ぱちりと目を開けると、口元に笑みを浮かべたアダムがじっとソフィアを見つめている。
アダムが自分を見る目は、とても優し気で……その目を見ていると何故頬にキスをしたのかという疑問はどうでもよく思えてしまった。
(そうだわ。アダムさんは私のことを考えて、頬にキスしたのよ。2人きりになれば、きっと情熱的なキスをしてくれるはずだわ)
半ば強引に、自分の中で理由を決めつけたのだった――
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ゴーン
ゴーン
ゴーン
教会の鐘が鳴り響き、無事に結婚式は終了した。
2人並んで教会を出ると、アダムがすぐに話しかけてくる。
「ソフィアさん、結婚式お疲れさまでした」
「……は?」
まるで業務終了の挨拶のような言葉をかけられ、ソフィアの頭は一瞬真っ白になる。
「どうかしましたか? ソフィアさん」
「い、いえ。アダムさんもお疲れさまでした」
すぐに我に返り、ソフィアも釣られて同じような台詞を口にしてしまった。
しかし、次にアダムの口からさらに耳を疑う言葉が飛び出す。
「ソフィアさん。実は昨日、工場の流れ作業中に従業員が怪我をしてしまいました」
「え!? そ、そんな大変なことがあったのですか」
当然の如く、驚くソフィア。
「命に係わるほどの怪我では無いのですが、従業員は入院しております」
しんみりとした口調で話すアダム。
「それは……お気の毒な事でしたね」
「2人のめでたい結婚式の前に、こんなことを話してはいけないと思い、今迄黙っていたこと申し訳ございません。どうしても…‥ソフィアさんと式を挙げたかったので」
アダムは深々と頭を下げてくる。
「え!? ちょ、ちょっと待って下さい! 私達、こんな格好をしているのですからか、どうか顔を上げてください」
チラリと周りを見れば、両親とドナが怪訝そうな顔で少し離れた場所からこちらを見ている。
アダムは顔を上げると、再び続けた。
「という訳でソフィアさん、私はこれから社長として従業員の見舞いに行ってこなければなりません。結婚式直後だと言うのに、申し訳ございません。教会の外には迎えの者が待っております。その者にソフィアさんを自宅にお届けする様に伝えてありますので、申し訳ありませんが先に自宅に戻っていていただけますか?」
(え!? わ、私1人でアダムさんの家に……? そんな……! だけど、我儘を言って幻滅されたくないわ……)
アダムに嫌われたくないので、無理に笑みを浮かべた。
「分かりました。私なら大丈夫ですので、どうぞお見舞いに行ってらして下さい」
「ありがとうございます。ソフィアさんならそう言っていくれると思っていました。では行って参ります」
一礼すると、アダムは足早にその場を去って行った。
「アダムさん……」
ポツンと1人残されるソフィア。
その後……ソフィアは駆けつけてきた両親とドナの質問攻めにあうのだった――




