第2話 スミス商店
自宅から徒歩15分の距離にある雑貨店『スミス商店』がソフィアの職場だ。
繁華街に面した商店街の一角にあり、40代の女性オーナーが経営している。
30坪という小さな雑貨店ではあったが、ちょっとした日用雑貨だけでなく、新聞も売られていた。
その為、小さいながらも中々繁盛している店。それが『スミス商店』
だった。
――カランカラン
「おはようございます」
扉に取り付けたドアチャイムが鳴り響かせながら、職場に到着したソフィア。
「おはよう、ソフィア。待っていたわよ。今日もよろしくね。早速だけど、届いた新聞を並べてくれるかしら?」
店の奥から赤毛の女性が出てきた。彼女はこの店のオーナーのドナ。
10年程前に夫を亡くし、彼が残した店を1人で切り盛りしていた。仕事が忙しくなり、求人を貼りだした所へソフィアが応募に来た。
ソフィアの人柄が良いところを気に入り、その場で採用したのである。
「はい、オーナー」
ソフィアは笑顔で返事をすると持参してきたエプロンを身に着け、仕事を始めた――
****
仕事を始めて、1時間。
既に10人以上の客が店を訪れており、ソフィアは忙しく働いていた。
「はい、経済新聞ですね? 一部150リラです」
「万年筆のインクなら、あちらの棚にあります」
「こちらの煙草は400リラになりますが、よろしいでしょうか?」
頭の回転が速いソフィアはすぐに仕事を覚え、今では『スミス商店』の看板娘としてすっかり人気者になっていた。
当然、中には良くない客もいて……。
――カランカラン
ドアチャイムが鳴り響き、赤い巻き毛に小太りの若者が店を訪れた。彼の名前はボビー。この商店街の組合長の息子で何かと父親の権力を振るう男だった。
「いらっしゃいませ」
ソフィアが挨拶すると、ボビーはニヤニヤしながら近づいて来た。ソフィアに好意を抱く彼は、ほぼ毎日のように店を訪れては彼女に声をかけていたのだ。
「やぁ、ソフィア。燭台の蝋燭が無くなってしまってね。今日はそれを買いに来たんだ」
「蝋燭ですね? お待ちください」
ソフィアは自分の背後にある棚から箱に入った蝋燭を取り出すと、カウンターに置いた。
「こちらです。1000リラになります」
「1000リラだね」
ボビーは財布から紙幣を差し出し、ソフィアが受け取ろうとした矢先。
グッと、右手でソフィアの手を握りしめてきた。
「あ、あの。手を離して貰えませんか?」
ソフィアの訴えを無視し、ボビーはさらに左手で彼女の手の甲をそっと撫でる。
その感触に鳥肌が立つ。
「あぁ……本当に君の手は小さいね。すべすべして良い手触りだ」
うっとりした様子でソフィアの手を無遠慮に撫でまわす。
「お願いです、離して下さい」
相手は大事な客。叫びたいのをグッとこらえて懇願する。
「ソフィア、いつになったら俺とデートしてくれるんだよ? 君の好きな物なら何でも買ってやるよ? お金に困っているんだろう?」
実家が金持ちのボビーは家にお金があるのをいいことに、仕事をしていない。毎日ぶらぶら遊び歩き、偶然立ち寄った店でソフィアを見つけて、一目で気にいってしまったのだ。
ボビーは彼女が子爵家の令嬢であることを知る由もない。
「別に何も欲しくありません。お願いですから離して下さい……」
店にはボビー以外に他に客がいたが、彼の正体を知っている。組合長に睨まれれば、タダでは済まないので誰もが口を出せずにいたのだ。
「全く、照れちゃって。可愛いなぁ」
ボビーは調子に乗り、さらにソフィアの手を強く握りしめた時。
「いい加減にしろ! 彼女が嫌がっているじゃないか!」
突然大きな声が店に響き渡った——