第15話 アダム 2
午前中のソフィアは殆ど上の空状態だった。
(アダムさん……私に何と言ってくるのかしら……最初に告白される? それともいきなりプロポーズ? そうしたら私、何とお返事すれば良いのかしら)
こんなことなら、恋愛小説でも読んで事前に勉強しておけば良かったと後悔していた。以前のソフィアは読書が大好きな子爵令嬢だったが、没落してからは日々の仕事と家の仕事で読書する時間も無かったのだ。
「……さん」
「はぁ……困ったわ……」
ため息をつくソフィア。
「ソフィアさん!」
「え!? は、はい!」
慌てて返事をすると、常連客の小太りの赤毛女性がカウンターの前に立っていた。
「あ、いらっしゃいませ。ロージーさん」
「いらっしゃいませ、じゃないわよ。さっきからずーっと呼んでいるのに。心ここにあらずと言った感じだけど、一体どうしちゃったの?」
「申し訳ございません。実は……こ、」
そこまで口にして、ハッと気付いた。
(いけないわ、ロージーさんはお客様。私の個人的な恋の話をするわけにはいかないわ)
「こ? 何のことなの?」
「いえ、コインのお釣りがあったかなと考えていたところです」
首をかしげるロージーにソフィアは説明した。
「あら、そうなの? 便箋を買いに来たのだけど、お釣りはあるのかしら? 実は今小銭の持ち合わせが無くて」
ロージーは紙幣をヒラヒラさせた。
「いえ、大丈夫です。おつりはありますから」
ソフィアはにっこり微笑み、レジを打ってお釣りを手渡した。
「どうぞ、ロージーさん」
「ありがとう。そう言えばソフィアさん、今日はどうしちゃったの? いつにもまして、綺麗ね。まるで恋でもしているみたいじゃない」
「え!? こ、恋ですか!?」
自分の気持ちを言い当てられ、顔が真っ赤に染まる。
「フフ、その様子だと図星みたいだね。それじゃあね」
それだけ言うと、ロージーは手を振って店を出て行った。
「……ふぅ、いけないわ。今は仕事中。気を引き締めなくちゃ」
ソフィアは背筋を伸ばすと、自分に言い聞かせた――
****
――12時
営業に回っていたドナが店に戻ってきた。
「ソフィア、店番ありがとう。お昼に行ってきていいわよ?」
ソフィアはエプロンを素早く取ると、大きな声で返事をした。
「ありがとうございます!」
「え? え、ええ……随分気合が入っているみたいだけど……? 行ってらっしゃい」
「はい、気合を入れて行って参ります!」
一礼すると、ソフィアは足早に店を出て行った。
「あの子……一体、どうしちゃったのかしら……?」
何も事情を知らないドナは首をかしげるのだった――
****
待ち合わせ場所がある時計台広場に到着したのは12時15分だった。
「少し早く着いてしまったかもしれないわね……え? あ、あの人は!」
時計台の下には既にアダムの姿があった。
「もう待っていらしたのね。急がないと」
ソフィアは足早に時計台へ向かった。
「ど、どうも……お待たせして申し訳ございませんでした。アダムさん」
人混みを掻き分けながら、何とかアダムの元へ辿り着いたソフィアはすぐに謝罪の言葉を述べた。
「いえ、私が早く着き過ぎただけですので謝罪の言葉は必要ありません」
アダムはいつもと変わらぬ様子でソフィアに接する。
「あ、あの。それでアダムさん……」
言いたいことや聞きたいことは山ほどあるのに、いざアダムを前にすると言葉に詰まって出てこない。
すると……。
「ソフィアさん、お食事はこれからですか?」
「え? はい、まだですけど」
「良かった。それなら私の行きつけのカフェがあります。よろしかったらそちらでお昼を御一緒しませんか?」
「……は、はい……」
「では、参りましょう」
アダムはこの時、初めて口元に笑みを浮かべた――




