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第1話 子爵家令嬢ソフィア・ヴァイロン

――午前9時


「お母様。それでは行ってまいりますね」


身支度を整えたソフィア・ヴァイロンは、花壇の花に水やりをしていた母親――アメリに声をかけた。


「あら、もう仕事に行く時間だったのね? 気を付けていてらっしゃい」


「はい。あの、それでお父様には……」


「ええ、分かっているわ。いつものようにボランティア活動に出掛けたと伝えておくわね」


「ありがとう。お母様」


するとアメリはソフィアの手を握りしめた。


「ごめんなさい、ソフィア。お父様が事業に失敗したばかりに、貴女を働かせることになってしまって。本来なら花嫁修業をさせてあげなければならない年齢なのに……」


ソフィアは現在19歳。

ダークブロンドの巻き毛に青い瞳の美しい女性だった。

普通の貴族令嬢なら、この年には自宅で良き妻になる為に花嫁修業を受けている。

しかしヴァイロン家は当主の父、ムーアが詐欺に遭い、事業を失敗した為に生活が困窮していた。子爵家とは名ばかりの貧しい貴族だったのだ。


使用人には給料を支払うことが出来ず、全員辞めてしまった。

屋敷を維持することも出来ずに売り払い、今では木造2階建ての小さな一軒家を借りて親子3人で暮らすようになった。

それがつい1年前のことだった。


それでも彼は貴族のプライドは捨てきれずにいた。高値で爵位を譲ってほしいと言ってくる金持ちからの誘いを「成金の平民なぞに爵位は渡せない」と見下し、生活は貧しいのにソフィアにも妻にも働きを禁じたのだ。


そこでソフィアは父親に嘘をつき、母親と口裏を合わせて働きに出ていたのである。

娘を内緒で働かさなければならない境遇にしてしまったことを、アメリはいつも申し訳ないと感じていたのだ。


「娘を働きに行かせるなんて、私は母として最低な女だわ……」


自分を責める母に、ソフィアは首を振る。


「いいのよ、お母様。私、働くのが存外性に合っているみたい。仕事は楽しいし、お客様は皆良い人達ばかりだから。それでは行ってきます」


「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」


ソフィアは母に手を振ると、日傘を差して職場へと向かった。



閑静な住宅街を歩いていると、花壇の手入れをしている老婦人が挨拶してきた。


「おはよう、ソフィアさん。これからお仕事?」


「はい、そうです。あの……父には……」


「ええ。分かっているわ。お父様には内緒なのよね?」


老婦人はクスクス笑う。

近隣住民たちは全員ヴァイロン家が子爵家であることは知っていた。何故ならムーア氏が引っ越してすぐに「我々はこう見えても子爵家だ。宜しく頼む」と近隣住民に触れて回ったからである。

そして生活が困窮している為、ソフィアが商店で働いていることも承知の上だ。


「では宜しくおねがいしますね」


ソフィアは丁寧にお辞儀をすると、再び職場へ向けて歩き始めた。

その後姿を見つめながら老婦人が言う。


「本当にソフィアさんは素敵な女性ね。美人だし、性格もいいし。誰か良い男性が現れれば良いのだけど。でもこの辺りには彼女に釣り合う男性はいないしねぇ……」


近所には独身の青年達も多く住んでおり、彼らの誰もが美しいソフィアに憧れていた。けれど、ムーア氏が厳しく目を光らせている為に親しく話をすることも出来ずにいたのだ。


ムーア氏曰く、「平民などに私の娘は嫁には、やらない」という理由で――







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