表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気弱だったポメラニアンが闘犬になって帰ってきた。

作者: くすのき

 気弱だったポメラニアンがピットブル(闘犬)になって帰ってきた。

 ちょっと何言ってるか分からないと思うが、今この状況を説明するならこれ以上ない例えだとディートリヒは思う。


「あぁ……本物のディートリヒさんだ」

「ひ、さしぶり。デカくなったね、オタル君」


 屈強な騎士が如き長身美形にディートリヒは顔を引き攣らせた。


「そうですか?」

「ハッハハッ。昔は俺より身長低かっただろ。ま、まあ何にせよ会えて嬉しいよ。ところでお願いがあるんだけどさ。この手を退けてくれないかな。ちょっーと落ち着かないんだよね」


 言いながら目だけを左右に振る。

 分厚い筋肉に覆われた二本の腕が、俺の顔の両横を陣取っていた。

 時折そこから壁の破片だろう音が鼓膜にとどく。

 急に来た。

 出会い頭の壁ドンならぬ壁ドォン。

 これがもし顔面に向けられていたら――想像しただけで背筋に冷たい汗が流れる。

 そんなディートリヒとは対象的にオタルと呼ばれた青年は恋する乙女のように熱っぽい色を浮かべる。


「すみません。こんなところで会えるなんて思ってなくて。……あの、ディートリヒさん。もし良かったら今夜一緒に食事しませんか」

「あ、あ~……ごめん。俺、これから仕事で」


 ディートリヒは申し訳なさそうな表情を作って嘘の断りを入れる。尚、未だ壁ドォンからは解放されていない。


「じゃあいつ帰ってきますか。俺しばらくこの街にいる予定なんです」

「あっ、明日の朝には」

「なら明日の夜に食事行きましょう。俺、ここで待ってますから!」


 有無を言わせぬ笑顔の圧にディートリヒはこくこくと頷く。


「約束ですからね」

「分かった。じゃあ俺、依頼人を待たせてるから」

「あ。引き留めてすみません。お仕事頑張ってください」


 そこでようやっと拘束から逃れたディートリヒはぎこちない微笑みを返し、オタルから離れると一目散に馬車乗り場へ駆け出した。


「これ何処まで行く!?」

「あ、ああ。マトゥーリの村までだが」

「いつ出発すんの。今からなら俺も乗っていい!?」


 鬼気迫るディートリヒにただならぬものを感じた荷馬車の御者は、さきほどのディートリヒ同様首を縦に振る。


「嗚呼クッソ。何処でしくった」


 乗り込んだ荷台にてディートリヒは頭を抱える。そこではディートリヒの他に四人程度の冒険者と二人の一般人が乗っていたが、誰一人ディートリヒに話し掛けようとする猛者はいなかった。その中で彼は鞄の中から古びた手帳を取り出して捲る。




 ●月×日。


 死に戻ったついでに前々世も思い出したので気持ちを落ち着かせるのと、考えを整理するために今日から日記をしたためようと思う。

 

 俺の名前はディートリヒ。

 名字のない、ただのディートリヒ。

 冒険者だ。

 年齢は十八と四カ月。

 三日前、討伐に赴いた先でモンスターの毒攻撃を食らい、生死の境を彷徨ったお陰で死に戻りと前々世の記憶を思い出した。

 

 まず前々世の俺について。

 名前は山田茂武夫。

 ぱっとしない名前同様に見た目も冴えない中年ゲイ。年齢=彼女も彼氏もおらず特段秀でたものもない何処にでもいる社会の歯車だった。

 死因は、転生物で使い古された車道に飛び出した子供を助けて代わりにトラックに撥ねられるアレ。

 まあ俺の場合は、ガキの母親がママ友らしき女性に旦那の自慢マウントに興じまくってて子供への注意が全く払われていなかった為に起きた人災でもある。もし神様がいるなら親の役割を怠ったあの糞親に罰を与えてほしい。

 他にも色々と書き殴りたいが、手帳サイズを考慮して今は控えておく。


 転生先は、これまた転生物でお馴染みの剣と魔法の異世界。

 文明レベルは中世に近く、どちらかというとアプリゲームの世界に入り込んでいるみたいな感じだ。


 そんで俺ことディートリヒについて。

 職業は冒険者。ジョブは黒魔法使い。

 茂武夫だった頃はそれなりに魔法や異世界に憧憬の念は持っていたが、死に戻った今では、その魅力は前々世の祖父母や両親が作ってくれたあの乳酸菌飲料より薄い。


 まあともかくディートリヒはそこそこ実力のある黒魔法使いで、焔を主とするマジックアタッカーだ。

 

 けどコイツ、というか俺なんだが振り返ると凄い最低な奴だった。分かりやすくいうと自分の承認欲求を満たすためなら平気で犯罪行為に手を染める底辺屑。

 しかも仲間も同じくらい腐ってて、ああ、仲間っていうのは“雷焔の翼”っつー大変厨二病溢れるパーティメンバーで俺は其奴らと一緒にオタル君に辛く当たり、結果成長した彼に殺された。

 殺され方はあまりにもアレだったので精神衛生上書かないでおく。


 因みにパーティメンバーは六人。 

 リーダーの剣士、ニール。

 サブリーダー強面重装戦士のノウスに回復役兼支援担当、神官ヒューバート。斥候のヌイ。

 そして荷物持ち兼雑用……パーティーのサンドバッグ、オタル君だ。(何故か前々世のストーカーに激似)


 パーティランクはS~Fある中のB。俺個人もB。

 スペースが残り少なくなったから、今日はここまでにする。

 


 ●月▲日。


 ホームタウンに帰ってきた。

 ものすっっっごい疲れた!

 異世界だから道中、舗装されていないのは当たり前で魔物に襲われるのも日常茶飯事なんだけど、一番の疲労の元はアイツ等だ。

 何なん? あの四馬鹿、常時人を蔑まないと死ぬ病か状態異常にでもかかってんの?

 オタル君の行動全てに目を光らせて、少しでも気に入らない、非があると嬉々として口撃する。しかも全員で。前々世を思い出したのと罪悪感と気持ち悪さで鳥肌がたった。

 どうにか止めさせようと、その都度叱ったり、嗜めたんだけど、聞き入れる気も改める素振りもなくて最終的にキレた。

 アイツ等は何故と不思議がってたけど、俺からしたら以前の俺含めてアイツ等は異常だ。これから先、彼等と上手くやっていける自信がない。

 色々考えないとならないが、今日はもう疲れたし、寝る。




 ●月◆日。


 起きたら夕方になってた。

 身体的、精神的にも疲れていたのかもしれない。こんなに深く長く寝るなんて何年ぶりだろう。

 お陰で頭はすっきりしたし、これからについてとか書いていく。

 まず自分の状態について。

 今のところ、意識は茂武夫が強いが、ディートリヒ自身の記憶もある。例えば風呂好きだった佐武郎が今はそうでもなくなっていて、いうなれば新しい『俺』が形成されてるって感じ。日常生活をおくる分には不都合はほぼないので問題はない。


 次に身の振り方について。

 彼等がオタル君への態度を改めない限り、雷焔の翼としてやっていくのははっきりいって難しい。場合によっては脱退或いは距離をおくのも視野に入れておく。

《ここから文字が荒々しい》

 訂正。可及的速やかに雷焔の翼から離れる!

 本当に糞だアイツ等。てっきり人数分、客室をとったのかと思ったら、オタル君だけ宿の馬小屋に割り当ててやがった。アイツ等を信じたオレが馬鹿だった。

 怖かったが急遽、オタル君を同室にして匿った。最初は疑心暗鬼だった彼だが、俺がせっせと桶に湯を張って背中を流してやり、飯を食わせたら声を殺して泣いていた。

 凄く胸が痛い。なぜ以前の俺とアイツ等は十三の子供にあんな仕打ちが出来たのか。


 オタル君に脱退の意志を訊いた。

 このまま雷焔の翼に留まっていても使い潰されるか、何れ囮として利用される。なら一緒に抜けないか?――と。

 正直今まで散々自分を虐げておいて、いきなり豹変した俺を信用できるわけないから長期戦を覚悟していたが、意外なほどオタル君は話を聞いてくれた。やはりこの世界でも制約、契約書の効果は絶大らしい。

 返事は休暇の間までに決めてくれとお願いした。本当は急がせる真似なんてしたくなかったけど、アイツ等が何を仕掛けてくるか解らないし、何より俺自身が彼等と居たくなかった。



 ●月■日。


 今日はオタル君と街にくりだした。

 街の名前はカイゼル。中世ヨーロッパを基盤とした建築物が多く建ち並び、まさにTHE異世界という相応しいところだった。

 向かった先は商業区。質屋、道具屋、武器屋、防具屋の順に巡り、オタル君に必要な物を買い揃えた。本当なら慰謝料込みで良い物をプレゼントしたかったけど予算の都合上、用意出来たのは冒険初心者向けの装備一式程度だった。我ながら少し情けない。

 その後はこれまた異世界あるあるの冒険者ギルドに趣き、オタル君の冒険者登録を行った。結論を急かしてるみたいに思われたかもしれないけど、アイツ等に手を回されてしまうリスクを説明して納得してもらった。

 元々オタル君は冒険者を志していたらしく、発行されたカードを見て少しだけ口元を綻ばせてた。んで簡単なクエストを二つほどクリアして更新月の延長を二月伸ばして、飯食って帰ってきた。どれもまあまあ旨かったがやはり日本食が恋しい。



 ●月!日。


 雷焔の翼を抜けた。

 ややあったがオタル君除名、俺は気持ちの整理兼武者修行という形に落ち着いた。

 今思い出しても腸が煮えくりかえる思いだが、オタル君を自由に出来たので良しとする。

 あとは除名してもらったオタル君を冒険者として一人前のEランクに昇級するまでサポートとして俺は遠くへ旅に出ようと思う。

 ディートリヒはBランクだし、そこまで困る事はないだろうが将来的にはギルド職員か何処かの村の用心棒か魔法の教師として安定的な生活を目指す。


 一般的なEからFへの昇級条件は、討伐、採集、配達クエストを何れも一つ以上の合計十個成功した上でギルドの試験をパスだ。

 オタル君は既に二つクリアしているのであと八つ。彼の戦闘スタイル確立を目指しながら明日からまた頑張っていこう。





 そこまで読んだディートリヒは、がりがりと頭を搔く。

 見る限りここまでてオタル君が俺にあんな目を向けるようなきっかけはない。だとしたらもっと後か。彼の手がまた頁を捲る。




 〇月△日。


 問題が発生した。

 オタル君の戦闘適性が恐ろしく低い。当初は初戦闘で、初心者装備の短剣が合わないだけだから仕方ないのだと考えていたが、念の為、武器屋で安値で入手した様々な武器を試させてみて発覚した。

 お前、俺殺した時、武器のスペシャリストだったじゃん!

 まあ今のところ、俺が拘束魔法で捕縛したスラライムという小羽の生えたデフォルメスライムを刺すだけの簡単な動作でさえ、産まれたての子鹿が天敵を前にしたかのようなへっぴり腰でやっと。一応本人にやる気はあって雷焔の翼の動きを見様見真似でやっているみたいだが、この先どうすべきか。

 ディートリヒはバリバリの後衛職、そして茂武夫には武術の心得はない。

 此処が前々世であれば優秀なインストラクターか、武道教室に通わせれば済むが、如何せんこの世界で俺達のような平民がそんなサービスを受けられる訳ないし、伝手もない。

 かといって悠長に成長を待つのも懐具合を考えにゃならんし、元仲間等が何かしてくる可能性も考慮してあまりこの街に長居するのも望ましくないし、本当どうすればいいんだろう。頭が痛い。



 〇月×日。


 試行錯誤の結果、オタル君に比較的合う戦闘スタイルが決まった。

 盾役。MMORPGなどで散見する、敵の攻撃を自分へ集め、その攻撃を受けきり、パーティーを護る要だ。

 正直、俺としてはかなり複雑だ。

 長年言葉の暴力に晒された彼が、今度はモンスターから攻撃に晒される。場合によっては一番命の危機に瀕しやすい立ち位置だ。

 現状メンタル面を含めて注視しているが、いつ崩れるかと思うと正直ハラハラして胃が痛い。

 でも良い成長もあった。

 二人で行動を共にするようになって、小さな事でも褒めちぎり、彼の自己肯定感が上がるように努めていたら、前のようにビクつく回数が少なくなり、時折小さな笑みを見せてくれるようになった。前世で飼っていた保護犬コロを思い出して少し癒された。

 なんとか今回は彼に殺される未来は避けられただろうか。





 〇月◆日。


 努力は実を結ぶ。

 最近のオタル君を見てつくづくそう思う。

 毎日毎日加害者の指示した鍛錬を忠実にこなし、毎日毎日同じ魔物に挑む。大人や子供でさえ逃げ出したくなるそれをこなし続けた結果、遂にオタル君が成長した。

 俺の補助魔法無しでスラライムの単騎討伐成功。そしてスラライムの上位、一角兎と戯れられるようになった。

 こんなに嬉しいことはない。しかもEランク昇級試験可能ラインにも到達した。

 もし受かったら盛大、まではいかないかもしれないがお祝いしなくては。




 △月〇日。


 オタル君が昇級試験に落ちた。

 どうしよう。俺は今、受験失敗した我が子をどう慰めるべきか考え倦ねる父親の気持ちが痛いほど解ってしまった。

 次がある? また頑張ればいい?

 俺がデキる男であったならもっと気の利いた言葉を口に出来たのに、言った言葉は「次の傾向と対策をするぞ」だけ。

 優しさのやの字もねえ一言って馬鹿か? 穴があったら入りたい。




 △月●日。


 傷つけないよう細心の注意を払い、今後の対策にと昇級試験で何があったのか訊いた。

 なんでも他の受験者達と臨時パーティーを組み、試験官のお題をクリアするというものだったらしい。お題は、スラライムや一角兎より少し強い洞窟蝙蝠の討伐。

 人数はオタル君も入れて四人で行ったそうだが、その中の一人が問題だったそうだ。んでソイツのやらかしによってオタル君含む他二人人が連帯責任で試験に落ちた。

 訊く限り、やらかした本人は頭のいかれた奴だったらしい。先人達が苦労して編み出したマニュアルやセオリーに反発し、都度、身勝手な行動をとる。挙げ句メンバーの注意にさえ耳を貸さず、何が悪いのかも理解せず、その責任を自分以外のメンバーに押しつけ、自分は被害者であるとアピールする。それを聞いて、オタル君達には悪いが、俺は心の中で試験官に拍手喝采した。



「多分ここでもない……もっと後か」




 ×月×日。


 ようやっとオタル君が試験に合格した。これでお役御免だ!

 おまけに同じく試験に受けた子達と意気投合してパーティを組んだらしい。

 酒場で紹介してくれたが、どの子も悪い印象はなかった。

 少し彼等を含めて様子を見てから俺は一人で旅に出よう。




 ×月●日。


 オタル君と新しい仲間の連携は悪くなさそうだ。仕事終わりに彼等に脱退の旨を告げた。どの子も残念がってくれたけど最後には納得して笑って俺の門出を祝ってくれた。

 オタル君もいつか強くなったらまた一緒にパーティを組みたいと言ってくれた。社交辞令だが少しだけ嬉しかった。



 ×月◆日。


 オタル君達と別れた。

 これで俺の死亡ルートは完全に潰えた、と思う。元仲間は知らん。

 別れ際に色々あったけど今は好きですと言ってもらえた。俺も好きだよと言ったし、多分もう会うことはないだろう。少し寂しいが、これから俺は自分の人生を頑張って生きるぞ!






 そこまで読んだディートリヒの手がピタリと止まる。同時に彼の中で一つの仮説が生まれた。


「(もしかしてココの好きってライクじゃなくて……ラブ?)」


 ディートリヒの脳裏にその時の光景が沸々と蘇る。俺も(人として)好きだよ、と告げた時のオタル少年の表情を――。

 ディートリヒの顔色が青から白に染まっていく。

 その時だった。

 マトゥーリへと向かう荷馬車に一人の青年が慌ててやってくる。


「俺も乗せてくださーい」

「ヒッ。おた、オタル君」

「良かった。俺もついさっき丁度マトゥーリ側に行く用事が出来たんですよ」


 満面の笑みで告げるオタル。

 だがしかしその瞳は仄暗く、何処か狂気的な色を孕んでいた。






 因みにこの後、数十回の攻防と数百回の肉体言語(分からせ)により、ディートリヒとオタルは結ばれることになるのだが、それはまた別の話である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ