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3話

※小西視点


俺の先から伸びる糸を忌々しく見つめた。

先ほどの訪問者がやっていたように糸に触ろうとして、そのまま手は突き抜ける。


何度目か分からないその状況に、舌打ちを一つした。


今までこれが誰の目にも見えない物で、自分自身、気でも狂ってるのかと思った事が、それこそ何回もあった。

あいつは、これが見えると言った。それからそれを触って見せた。

糸をそっと摘む様に撫でた光景が、いつまでの脳裏から離れない。


糸によって恋愛の全てが決まらないという事は、知っていた。

事実、俺の両親の糸は全く別の所にのびている様だった。

だからといって子供の目からだが、夫婦仲は良い様に見えた。


あいつも冷めた目で、少しきっかけを作れる程度のものだと言っていた。


それに救われたのも確かだった。


誰にも見えないこの糸に。がんじがらめにされそうになっていたのだ。

やっと、冷静にこの糸と向き合えるかも知れないと思った。


すると、この糸の先に誰が繋がっているのか興味を持った。

今までは、もし、繋がっている先の人間に出会ってしまったら絶望しかないのではないかと、あえて探さない様にしていた。


この糸の先に誰が繋がっているのか、それを確かめてから、糸を切るのか否かを決めても遅くは無いのではないか。

垂れ下がる糸を見ながら、そう思った。


丁度、今週末は三連休になっている。日本国内に繋がる先があるのであれば問題ない。

海の向こうに伸びていた場合は、その時また考えようと思った。


とにかく、今週末は外出届けを出して、出かけようと決めた。



土曜日早朝、まだ薄暗いうちに起きて、外出するため着替える。

アクセサリーを付けてから、一人苦笑した。


この先が誰に繋がってるのかは分からないが、わざわざめかしこむ必要も無いのだ。

そもそも俺の好きなのは、あの子のはずなのに何やってるんだか。


髪の毛のセットを適当に済ませ自室を出た。

糸はまるで物理法則に則っているかのように、ここは7階だというのにその床にそって這っている。

役員専用フロアの人数等大したことは無く、廊下には数本の糸があるだけだ、それをたどって行けばいいのだ。


とにかく外に出なくてはとエレベータに乗り1階へ。それから、寮の外に出たところで違和感に気が付く。

糸が寮の中に向かって伸びているのだ。


今まで、こんな事があっただろうか。

毎日朝、登校する時にこんな風に寮の中に向かって糸が伸びていた事はあっただろうか。

一々、確認しては居なかったが、恐らく無い。


どういう事だ?と思う。

この学園の人間と繋がっているという事だろうか。

だとすると、朝俺よりも早く寮を出ている。運動部の誰かなのだろうか。


刹那、無表情に、淡々と糸の切り方を話すあいつの姿が脳裏をよぎる。

俺の糸が誰と繋がっているかを知っていて、あんな事を言ったのだろうか。ムカつきに近いモヤモヤとした感情が、腹の奥にたまるのが分かった。


寮の周りをぐるりと一周した。やはりこの糸の繋がる先は寮内にいるらしい。

その糸を手繰り寄せる様に、1階から確認する。


心臓の音が、やけに煩く感じた。


糸は4階にある部屋へと続いていた。

ドアの右横にある入居者の名前を確認する。


山田正治、亘理俊介と書かれたプレートを見たが知っている名前では無かった。

この二人のうちどちらかの指と俺の指は繋がっているのだろうか。


口はカラカラに乾いていた。

落ちつこうとゴクリと唾を飲みこみ、インターフォンをそっと押した。


朝早すぎる時間で迷惑をかけるかも知れないという事はその時頭には無かった。


暫く待つと、そっとドアが開いて訝しげに外を見ようとする瞳と目があった。

その人物に驚く。


俺がこの糸の先を探すきっかけになった、縁結び神社とやらの息子だったからだ。

だが、こいつでは無い。


最初に職員室であった時にも、その後説明を受けた時にも糸の相手では無かった。

それはしっかり見た。


胸騒ぎがした。

嫌な予感がして、無理矢理部屋に入ろうとする。


きっとこの糸はこいつの同室者に繋がっている。なら、何故言わなかったのか。

イライラする。


「ねえ、入ってもいい?」


言葉だけ取ればいつもと変わらなかったものの、出た声は酷く低い。


「会計様、何故朝っぱらからこんなところに?」


分かっているはずなのに、こいつはトボケた事言っている。


「いいから、通せ。」



脅した様な、いや"様な"はおかしい。事実、俺は脅している。

睨みつけ、僅かな隙間から、即こいつの胸元をドアに打ちつけるようにこちらへ引っ張る。

ゴンという鈍い音がした。


「……分かりました。問題だけは起こさないでください。」


暫くの無言の後、絞り出すような声で中に通された。


通された先には左右対称に二つのドアがあった。

俺の指から垂れる、糸は左側の部屋から出ていた。


しかし、そのドアからはもう一本別の糸が伸びていた。

誰か来ているという事だろうか。

それを確認しようと、後ろから来た男に聞こうとして、目を見張った。


もう一本の糸、俺と繋がっていない方の糸はこいつに繋がっていたのだ。


「来客が君の“運命の相手”?」

「は?……ああ、まあ。」


歯切れが悪い。

こいつは、あんな風に俺に説明しておきながら、自分の運命の相手に特別な感情でも抱いているって事か?

俺と同じ位滑稽で、いっそ笑えてくる。


どちらにしろ、顔を見ない事には始まらない。

待たせてもらおうとすると、反対側のドア、右側から一人の男が出てきた。


「亘理、おはよう。って会計様!?えっ!?なんだこれドッキリか?」


亘理、こいつはそんな名前だったのかと思う。


どういう事だ?


この男は亘理が居る事になれている。だからと言って恋人同士の様な甘さは微塵も感じない。


こいつが同室者なのか。


「君、山田君?」

「はい。山田ですけど。え?マジで何で会計様ここにいるんですか!?」


ッチと舌打ちが聞こえた。

糸の垂れ下がる方、左側のドアを指さして山田とやらに訊ねた。


「こっちの部屋が亘理君の部屋?」

「はい。」


恋人が俺の“運命の相手”等と言うオチでは無いだろう。

待て、と止めるこいつを無視して、左側のドアを開けた。


部屋のドアノブに糸が引っ掛けられているのが見えた。


その先は、俺の糸の先に繋がっているのは―――。


亘理は長い長い溜息をついた後


「……ちょっと、出ませんか?」


と静かに訊ねた。


「その前に、一発殴らせて貰ってもいい?」


俺の問いかけに、亘理は困った様に笑った。


「殴るにしても、やっぱり寮より人の居ないところの方がいいでしょう。」


この時に見た笑顔が、こいつの亘理の始めての笑みだった事に腸の煮えくりかえった俺は気が付かなかった。


部屋に戻るろうかと一瞬思ったが、こいつをプライベートスペースに入れる気にはなれず、生徒会専用の温室へと向かった。


幸いな事に副会長もおらず、無言のまま付いてきた亘理に視線を投げる。

無表情でそこに居るこいつに、無性にイライラした。


視線を下げると1本だけの糸が俺の小指と亘理の小指に絡んでいる。


亘理は何も思わないのだろうか。ああ、思わないからずっとこうして普通にしてられるのか。

ならば何故、この事実を隠していたのか。


恐らく、亘理は糸に触れるというだけでなく、ある程度物理法則に則って糸をその辺に引っ掛けておく事が出来るのであろう。先ほどのドアノブに引っ掛けた様に。


「一つだけ聞きたいんだけど。俺とお前の糸が繋がっている事を隠した理由は?」

「……そうやって、逆上すると思ったからですよ。」


元々、酷く平坦な喋り方をする奴だと思っていたが、今回は、今まで以上に何の感情もこもっていない様に感じた。

それを言ったら、俺もいつもの喋り方が出来ていないのだが。


「上から物を言いやがって、ふざけんなよ。」


いつもの喋り方が出来ない。

隠されたからってなんだっていうんだと、頭の片隅にほんの少しだけ残った冷静な部分が言っている。


煮えたぎる頭で、亘理の顎のあたりを殴ろうとした。

亘理が身をすくめた為、当たったのは左の頬だった。


痛みに蹲るが、泣きもしないし、殴られた瞬間くぐもった声を出して以降、悲鳴すらあげやしない。


面白くない。

何が、と言われるとよく分からないけど。


「だから、……だから切りたいなら切りますって言ってるじゃないですか。」


吐き捨てる様に亘理は言った。


既に、赤くはれ始めた頬を、手で庇う様に当てながら、亘理は顔をしかめた。


「そんなに、嫌なのであれば切りますよ。所詮こんな糸に何の意味もないのだから。」


先日話をした時と同じ事を言い、亘理は立ち上がった。

それはまるで自分自身に言い聞かせている様な言い方で、強く印象に残った。


「切るとか、切らないとかそういう問題じゃねーだろ。」


じゃあ、どういう問題なのか。

あの子と繋がっていない糸等、切って欲しかったんじゃないのか。

自分でもおかしな事を言っている自覚はあった。


事実、亘理もポカーンとした表情で見上げている。


「兎に角、糸を切るかは俺が判断するから。」


後、俺と繋がってるってことを分からなくする小細工は要らない。そう付け加えた。


いざ、切るとなると、引っかかりを感じるとか、意味が分からない。


だが、きちんと気持ちを整理して、それからでも遅く無い。


こいつのペースに巻き込まれて、結論を急ぐ必要は無いのだ。

別に、この繋がりが惜しい等と思っているつもりは無い。


だから、だからこそ……。


「今度こそ隠している事はないよねぇ?」

「少なくとも糸については。」

「ならいいや。」


俺は戻るねぇといつもの口調で言って先に温室を出た。


残された、あいつが


「やっぱり、この糸には意味なんか何も無い。」


そう自嘲気味に言っていた事を俺は知らない。

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