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2話

一旦寮の自室に帰り夕食を取る。

部屋を出る前に、朝の日課になっている糸をドアノブに掛ける作業を再度行った。


指定された通り、エレベーターに乗り込み専用のカードを操作パネルの上にあるスロットに通した。

便利な物だと感心する。


現実問題として、役員には大企業の御曹司や有名政治家の息子が就任する事が多い。

セキュリティは厳重にしておくべきなのであろう。


初めて役員専用フロアで降りた。

カードに書かれた部屋を目指しドアの前に立つ。

下を見ると真っ白な糸が一本床を伝ってのびていた。


それに微妙な気持ちになりつつもインターホンを押した。

直ぐに部屋の主がドアを開けた。


私服に着替えたらしい彼はどこかのブランドらしきTシャツとジーンズというラフな格好だ。

俺もTシャツ、ジーパンなのだがここまで違うのかと思う。


お互いに友達と認識しているはずも無く、どこかぎこちなく案内され、俺もぎこちなく室内に入った。


室内は、殆ど物が無く恐ろしく綺麗だった。

俺も比較的物が無い部屋だが、それでもマンガ雑誌だとか携帯ゲーム機だとか一般的な男子高校生の部屋にある物が雑然と置いてある。


そういった物が何も無い、外したアクセサリー一つ置いてない室内だった。

この、がらんどうの部屋で一人この忌々しい糸を一人で見ながらそれを外そうとしていたかと思うと、それだけで、それだけで……。


役員用の部屋は俺の部屋より広く、まるでファミリー向けという広さのリビングスペースに案内され、ソファーに座った。


「確認だけど、君これ見えてるんだよね?」


自己紹介も無く何も無くいきなり本題に入った。

この人は俺に対して何の興味も無く、ただこの糸について知りたいだけなのだというのが嫌でも分かった。


「はい、白い糸が小指から出てますね。」

「これは何?赤い糸ってやつなの?」

「うちでは縁の糸と呼んでいました。」


実家は、“縁結び”“縁切り”の神社だ。

俺は、ゆっくりと自分の知っている知識を話した。


この糸は縁を繋ぐ物だ。

生まれた瞬間から伸びている。

基本的には1対1で繋がっている(まれに複数の糸が繋がっている人もいる)

繋がる先が自分より年下の場合切れた様に先が無く、相手が生まれる瞬間にするすると伸びて繋がる。

恋愛に対する運命の糸なのかと問われれば、分からない。

糸が繋がっていない人と結婚して、幸せになっている人も沢山居るので分からない。

糸の繋がりに性別は関係ない様だ。


色は何かしらの要因で、後天的に付く。

基本的には糸の先の人間と、何らかの接触があった場合がほとんどだ。


「だからこれに関係なく、恋愛だってなんだって出来るんですよ。」


こんなものはきっと前世で何かあったって程度のものなんだ。

自分の手を掲げながら言った。


「君んち、縁結びで有名だって言ったよね。」


遮る様に、強い目でこの人は言った。

言ってしまって良いのだろうか。


ああ、もう俺とこの人を繋ぐこの一本の線を取り払ってあげた方が、幸せなのではないかと思った。


「うちは、いや、俺の家系は糸に触れる事が出来ます。」


目の前に垂れさがる糸を持ち上げて確認するようにツーっと撫でた。

彼が息を飲む音が聞こえた。


「もつれてしまった糸をほどく事も出来ますし、繋がるこれを切る事も出来ます。」


何故だかわからないけれど、俺は微笑んでいた。


「……切るとどうなるんだ?」


普段より大分低く、真剣な声で返される。


「どうも?どうもなりませんよ。」


別に切っても、誰も死なない。

切った物を別の誰かに結び付ける事も、昔はやっていた様だが、それをした二人が必ず幸せになる訳でも無い。


糸は、まやかしに近い目障りなだけの存在なのだ。


今は、実家でもストーカー被害にあっているだとか、DV被害にあっているだとか犯罪を犯した親族と縁を切りたいだとか。そう言った切羽詰まった状態にある場合にしか切っていない。


まあ、そう言った意味では効果はそれなりにある様だから、この糸に少しは意味があるのかも知れないが……。


だから、この人が望めば、彼の糸を切ってしまうのもありなのかなと思った。

実家に帰れば、俺の糸の先が無くなっている事に気が付いた家族に酷く叱られるだろうけど、それはまあいいやと思った。


俺と彼を繋ぐ糸を切って、俺の手から伸びるその先をその後もどこかに結びつけておきさえすれば。それで今までと何も変わらない。


「頼めば、切ってくれるのか?」

「うちの家族に内緒にしてくれるのなら。

ただし、準備がありますから今日直ぐにっていうのは無理ですけど。」


本当は必要な準備等無い。

俺は鋏でしか切れないが、要はイメージだけの問題だ。父は人差し指と中指をハサミの様に見立ててチョキンと切ってしまう。


だが、今切ってしまうとその瞬間俺の手から伸びる糸も先を失う。

いつもは引っ掛けてあるだけのそれをどこかに結びつけなければならないだろう。


「それを誰かに結び付ける事は?」


出来なくはない。


「それはお断りしたいです。」

「何故?」

「転校生の絡まった糸に結び付けるのは俺には難しい。」



あのぐちゃぐちゃになってしまった糸の中から彼の物を見つけて結び付ける事は俺には無理だ。

ほどけないのか?と言われればある程度は可能だが、あのタイプはほどく端からさらにぐちゃぐちゃに絡んでいく為、きりが無いのだ。


会計様は難しい顔をして黙り込んだ。

暫く経ってから


「……少し考えさせてくれないか?」


と言われた。


「別にかまいませんよ。

何かあったら連絡ください。」


そう言って、彼に俺の携帯の番号を教えた。



部屋に帰って、この糸の先が繋がっているのも後少しなのかと思ったら、少しだけ泣けてきた。

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