1話
人との縁というのは不思議なものだ。
運命と呼んでも差し支えの無い繋がり、そんなものが世の中に本当にあるのか、はっきり言って俺は懐疑的だ。
だけど、その縁の証しとでも言わんばかりのそれが俺には見える。
小指から伸びる細い細い紐の様なもの。
所謂赤い糸と呼ばれるものなのかも知れない。
ただし、色は殆どのものが赤くは無い。
白い色をしている物が多いのだ。
俺はそれが昔から見えた。
それが珍しい事だというのは小学校に行くようになってから知った。
そもそも、うちの家族は全員見えていたからそれが普通だと思っていたのだ。
俺の家は縁結びで有名な神社だった。
この細い糸の様な糸を操る事が出来る一族として縁結びと、……それから縁切りそんな事を気の遠くなる様な昔から行ってきたらしい。
この糸にどれだけの力があるのか、俺には分からない。
でも、俺のこの小指から伸びる真っ白糸なが忌まわしくて仕様がなかった。
◆
寮の部屋から登校する前の日課になったこれを今日も行う。
左手の小指から伸びるその糸をそっと摘んで、部屋の内側のドアノブに一周、クルリとひっかける。
この糸を見る事が出来る人間はそれなりに居るが、こうやって触る事が出来るのはごく限られた人間だけだ。
そうすると、俺の力が残っている時間、――おおよそ8時間ほどはこのまま本物の糸の様にドアノブに引っ掛かったままになる。
何故こんな事をするのか、それは多分、自己保身の為なのだと思う。
基本的にこの糸は誰かと繋がっている。
全寮制のこの学園に入学して暫く、俺は自分の小指から伸びるその先に気がついた。
この学園の生徒会会計であるその人は多分俺の存在に気がついては居ない。
俺の縁の先にある人間が、男だったという事に驚いた訳ではない。
実際、指から伸びた糸は性別なんてお構い無しに繋がっている事を知っていたから。
この糸は、恋愛という限られた縁の為のものではないのかも知れない。そう思う事もある。
実際どうなのかは分からない。
何故俺とあの人が繋がっているのかも分からない。
あの人、小西大地は、垂れた目尻が印象的な男だ。
俺と特に接点もない。
生徒会の役員としてカリスマ的な人気を得ているが比較的フレンドリーで友人も多いらしい。
その程度のうわべの情報しか俺は知らない。
別に糸がつながっていたとして何だ。そんな気持ちだった。
それが変わったのは5月という中途半端な時期に転校生が来て暫くしてからの事だった。
物怖じのしないその転校生は生徒会役員と仲良くなったらしい。
本人いわく友情との事だが、傍目に見ているとそれは明らかに友情ではなく恋情を含んでいた。
生徒会役員、風紀委員長、それから一匹狼と言われていた不良そんな学園の人気者達が一人の転校生を取り合っていた。
転校生から伸びた真っ白な糸は生徒会長、副会長、書記それから風紀委員長そんな取り巻きの指から伸びる糸とごちゃごちゃに絡み合って、一つの塊の様になっていた。
普通はすりぬけてお互いに干渉し合わない糸であるが、時々こうやって絡まってぐちゃぐちゃになっている時がある。
本人の体質なのか別の何かなのかは知らない。
でも、こうやってごちゃごちゃとなってしまった糸の関係者は、先の見えない恋にだんだんと取り込まれてしまう事は良く知っていた。
だが、あの人の糸だけはそこに入ってはいなかった。
そっと様子を見ていると、絡まった糸そこを切なそうに見た後、そこに触れようとしていた。
手は糸を触る事も出来ずに空をきった。
もう一度、自分の糸を触ろうとして失敗する。
それから、あの人は自嘲気味に笑ったのだ。
ああ、彼は転校生が好きなのだと思った。
自分は転校生を取り合う輪に入りきれず、まるで傍観者の様にあの人の糸は別の方に向かって垂れ下がっていた。
俺と繋がってしまっているのだから当然といえば当然だ。
きっと彼は俺と糸が繋がっていると知ったら絶望するだろう。
その日から俺は登校する前に部屋に糸をかけて行くようになった。
こうしておけば、目の前ではち合わせても、俺が彼の運命なのだと気付かれはしない。
結局のところ、彼に嫌悪で満ちた目で見られたく無いという自己保身なのだ。
◆
小西先輩に糸が見えていると確信したのはそれからしばらくして、直接対面する機会があった時だった。
教師に頼まれた、ノートを職員室に届けた時だったと思う。
彼も丁度職員室に来ており、目的の教師と話していた。
こんなに近くで会うのは初めてで、それでも糸は目の前で繋がる事は無く、部屋に糸を引っ掛けて来てよかったと安堵する。
彼の左手は細かな引っかき傷がびっしりと付いていた。
それを見て、思わず息を飲んだ。
そんなにも、あの転校生と繋がっていない糸が憎かったのだろうか。
この前の出来事、それから小指の傷でこの人は見える人なのだと確信した。
あの人は、教師と話を終えると横でジッと彼の左手を見つめる俺に不思議そうな顔をした。その後すぐに何かに気付いた様に俺の目を見て、それから頭の先から足の先まで確認するように見やった。
俺も見えているという事に気付かれたなと思ったが、無視をするように担任に声をかけ、ノートを渡した。
その様子にあの人は諦めた様に職員室を出て行った。
教師と少し話をしてから職員室を出ると、そこには居なくなったと思っていた小西先輩が、壁に寄り掛かっていた。
俺が出てきた事を確認すると、ヘラリという擬音が付きそうな笑顔を浮かべた。
しかし、その瞳はまっすぐに俺を射抜いていて、とてもじゃないが友好的だとは思えなかった。
「ねぇ、君。コレ見えてるんでしょ?」
忌まわしそうに、左手を上げながら言った。
しらばっくれて逃げようかと思った。
だが、あの絡まった人を見つめていた彼の顔がフラッシュバックするように脳内で再生されて出来なかった。
「見えています。」
苦々しい気持ちで答えた。
「ふーん。君、霊感が強いとか、そーゆぅ奴?」
「……家が縁結びの神社なんです。」
調べればすぐ分かる事だ。
観念したように俺が言うと。納得したように一度頷いた。
そんな姿も、様になるのだから美形は得だなと思った。
「聞きたい事が沢山あるんだけど、良い?」
良いと聞きながらもこれは多分拒否権が無いやつだろう。
ほの暗いその瞳にどれだけ彼が追いつめられているのかが分かる。
俺は、家族全員が見えていて、糸についての知識もそれなりにあった。
それでさえ、この糸には懐疑的なのだ。
何も知らない彼がこうやって、ジワジワと追いつめられるのも道理だ。
しかも今彼は転校生に恋をしている。
「会計様のお部屋で説明するので良いですか?」
その辺で出来る話しではないだろう。
だが、俺の部屋は駄目だ。糸が繋がっている事がばれてしまうから。
こんな話、見えない人達の前でしたら頭がおかしくなったと思われますよ?そうたたみかける様に言うと「わかった。」と返事をされた。
役員専用階へエレベーターを進める為のカードキーを投げる様に渡されて、夕食が終わったら来るように指示をされた。
彼は、もう一度、指から垂れ下がる糸を見た後踵を返し去って行った。
俺はただその場で暫くの間自分の指から伸びる純白を見つめていた。