二十八日目
太陽暦934年 6月2日 快晴のち嵐 ゼノン=クロック 16歳
今日俺は自身が戦わねばならぬ相手の恐ろしさを知った。
お昼休憩の後、遠くの方で小舟がポツンとあるのが見えた。双眼鏡を手にそれを眺めてみると、男が一人座っていた。
俯いており、静かに肩が上下していたので睡眠をとっていることがわかった。こんな大海原であんな装備で航海をしているのが不思議で双眼鏡越しにその小舟を見ていた。
今思えば、俺はその小舟が不気味で、その小舟になにか凄い仕組みがあって、それによって一人で航海ができていると言った理由が欲しかったのだろう。
その舟が一人でも問題なかった理由はすぐにわかることになる。
再び双眼鏡でその男を見ると、男の顔は上がっていた。数百メートルも離れているというのに俺とその男の目は合った。
その瞬間、俺は本能によってか、咄嗟にしゃがんでいた。
頭上に紫電が走る。しゃがんでいなかったら俺はその時黒焦げになっていただろう。
その男は魔族だった。
そこから先は凄まじかった。
突如として強風が吹き荒れ、前の嵐とは比較にならない程、海が荒れた。
カオナシは甲板に立ち、次々と放たれる紫電をピンポイントでその木で防いでいく。しかし、それでも防ぎきれずに船には穴が空き、火の手も上がったが、都合よく波がそこに当たり消火していく。
危険に思われた荒波はテトラ号を一切襲わず、逆に向こうの小舟だけを飲みこんでいった。魔族は小舟を捨てて、空を飛んでいた。
一筋の赤い光が、魔族に急接近する。どうやらクウォールが炎を纏い魔族に突貫したらしい。魔族は氷の盾でその軌道を逸らすが、クウォールは何度も何度も魔族に突進し続ける。
「俺達に魔法戦とは、偉く魔法に自身があるんだな。」
俺の隣にはいつの間にか、杖を構えた状態のノーフェスが立っていた。
それを見ると、カオナシは自分の出番は終わりと言わんばかりにその場から立ち去った。
魔族から放たれる紫電をノーフェスは全て凍らしていく。雷が凍るとか何言ってるか分からないが、実際にそうだったのだからそう言うしかない。
海からは海水の蛇が飛び出して、ノーフェスの船を襲おうとするが、荒れ狂う波がそれを押し潰していく。
ノーフェスと魔族は互いに天候を操り、海を混沌へと変えていく。
嵐と嵐の衝突である。
船と魔族の間の中心では海も雲も裂けていた。強風と大波が相殺され、できあがっていく氷を雷と強風が破壊していく。
竜巻が乱立し、大渦が現れ、雷が雨が如く降り注いでいた。
そんな混着状態も長くは続かない。
「さて、出力勝負と行きますか。」
ノーフェスの杖を中心に風が集まっていく。杖の先にはクウォールが止まり、今か今かと撃ちだされる瞬間を待っている。
対する魔族は周囲の海水を集め、巨大な氷の槍を生成していた。
さきに撃ちだされたのは氷の槍。表面には紫電が帯電し、その大きさはテトラ号の全長を軽く超えるほど。圧倒的な質量体であった。
「道を開けろ! 嵐の王のお通りだぁぁぁ!!!」
クウォールが嵐を纏い、魔族に向かって一直線に撃ち出された。
氷の槍は、クウォールに触れることもなく、嵐によって粉砕されていた。
魔族は片腕を失くして海へと沈んでいった。
戦いはここで終わり。ノーフェス曰く、魔族は逃げたのだそう。あの程度の怪我ではまだ戦えるが、生きて帰るために海に潜って追跡を逃れたというところだろう。
俺は将来、これ以上の脅威と戦っていかなければならないという現実を今日俺は思い知らされた。