【連載版スタートしました!】残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~
【作者からのお願い】
ご好評につき、連載版をスタートしました!
同タイトルで連載します。
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私は女王になんてなりたくなかった。
「女王陛下! 西方の国民が飢餓に苦しんでおり、政府に支援を訴えているようです」
「内容を確認しましょう。資料は」
「こちらに」
大臣から提出された資料に目を通す。
飢餓に苦しんでいるとかいうから、よほど大きな自然災害でもあったのかと思った。
しかし資料を読むと、どうにも自然災害ではないらしい。
「なるほどね。この地域を治めているのは誰?」
「アルフロード公爵家です」
「そう。なら公爵家に伝えなさい。国民から取り立てる税金を今の半分にするようにと」
「よ、よろしいのですか?」
困惑する大臣に、私は呆れながら答える。
「よく見なさい。この規模の領地と領民の数に対して、これは取り過ぎよ」
資料には国民からの訴えも書かれていた。
その中の大半が、お金がないという訴えで占められている。
働いても働いても、大金を領主に搾取されてしまう。
そんな状況で天候の悪化から不作が続き、国民は苦しんでいたが、領主は何も対応しなかったようだ。
「し、しかしアルフロード家は名家です! 我が国の財政を支える貴重な……」
「いくら財政を支える重要な役割があっても、国民を見捨てるような行いをしているなら見過ごせないわ。国民は国にとって血液なのよ。血液なくして身体は動かないわ」
「ですが……このような対応をして、アルフロード家は何というか」
「文句があるなら直接言いにくればいいのよ。私が相手をしてあげるわ」
この手の相手には慣れている。
貴族は自分の利益や地位を優先する者たちが多い。
彼らにはこの国の人間、という意識がどうにも低いらしい。
地位や権力は大切だ。
優劣、上下関係なくして社会は成立しない。
全員が平等、並列なんて世界は作れないし、作った所で秩序がない。
優遇される者、そうでない者は存在する。
それでいい。
重要なのは、何を評価するべきか。
平民だろうと貴族だろうと、この国を支え貢献してくれるなら、対等に評価すべきだ。
「いい? あまりに文句を言うなら、この地は王国に返上してもらうわ」
「よ、よろしいのですね?」
「ええ、私がそう言っていた。伝えなさい」
「かしこまりました」
大臣は苦虫をかみつぶしたような顔をして去っていった。
彼も貴族の一員だ。
この後、アルフロード家が怒ることを理解している。
しかし私はそれに屈しない。
貴族だから、なんて優遇はしないことを、彼もよく理解している。
私、ユーラスティア王国、第十七代国王アリエル・ユーラスティアはそういう人間だ。
常に考えているのは国益。
この国を繁栄させ、未来まで守る。
そのために必要なことなら、たとえどんな手段を用いようとも実現させる。
今回は国民の訴えを聞くことになったけど、もちろん逆もある。
どちらかを支持すれば、どちらかに嫌われる。
両方を救い、みんな仲良くなんてのは夢物語だ。
そんなことが可能なら、世界からとっくに争いはなくなっているだろう。
私は王国のためになる選択をし続ける。
必要なら貴族でも切り捨てるし、騒いでいる国民を武力で制圧したこともあった。
当然、反感は生まれる。
けれど半数以上の人々が、私の政策を支持してくれていた。
国はしっかり回っている。
私のやり方は時に過激だけど、何も横暴をしているわけじゃない。
「今日はここまでね」
すっかり夜だ。
私は執務室から出て、寝室へと向かう。
道中、面倒な人と出会ってしまった。
彼女は廊下を塞ぐように立っている。
無視したかったけど、この様子じゃ無理そうだ。
「こんばんは。アリエル」
「……何の御用ですか? シエリスお姉様」
シエリス・ユーラスティア。
私の実の姉であり、本来ならば彼女が女王になるはずだった。
「用がなければ話しかけてもいけないの? 随分とお高くとまっているわね」
「私は女王です。いくらお姉様であっても、意味のない時間を過ごすわけにはいきません」
「……生意気ね。お父様に気に入られていたから女王になれただけの癖に」
「そうですね」
見ての通り、聞いての通り、彼女は私のことを嫌っている。
当然だろう。
本来ならば女王になれたのに、お父様の死後、遺言で私が女王になってしまった。
あの時の彼女の顔は印象的だった。
絶望と怒りを、私にぶつけるような顔だったから。
「用件がないなら、私は失礼します」
「愛想のない子ね? そんなだと、ランド様にも呆れられてしまうわよ」
「……なぜ、ランド公爵の名前を出したのですか?」
ランド・クロータリア公爵。
私の婚約者の一人。
女王である私には、複数人の婚約者がいて、その中で最も位の高い人物だ。
そういえば、最近は顔を見ていない。
重要な会議の場でも、ほとんど会話をしていなかった。
「先ほどまでランド様とお茶会をしていたのよ」
「そうですか。彼はお元気でしたか」
「ええ、私と一緒で楽しそうだったわよ」
「……そういうことですか」
なるほど。
最近私の元に現れないのは、彼女と仲良くしていたからか。
私は小さくため息をこぼす。
「話は以上ですか? 私は行きます」
「少しは悔しそうな顔をしなさいよ」
小声は聞こえていたけど、あえて無視して立ち去ることにした。
私の婚約者を奪って優位に立ちたかったのでしょうけど、生憎私はそんなことに興味はない。
婚約者と言っても、家柄から勝手に決められた相手だ。
そこに愛はないし、運命もない。
何より婚約者が一人じゃないし、仮にランド公爵が離れても、私には何の問題もなかった。
お姉様の頑張りは、ハッキリいって徒労だ。
「そんなだから! 血も涙もない女王なんて言われるんじゃないの?」
「……」
お姉様は私の背後から、大声で悪態をついた。
聞こえないふりをする。
応えたところで意味はないから。
実際、彼女の言う通りだ。
私は女王として、すべきことは何だってやってきた。
そんな私を、人々は残虐非道の鬼女王と呼ぶ。
合理主義で情は通じないとか。
別に構わない。
私はなんと呼ばれようと……。
「なんて、思っているわけないじゃん」
私は自室に到着すると、ベッドに倒れ込んで悪態をついた。
枕に抱き着き、大きくため息をこぼす。
「はぁ……今日も疲れた」
何度もため息をこぼして、私はだらけた顔を見せる。
多くの人は、私を完璧主義者とか、弱みを見せず、感情も表に出さないと思っている。
まさに女王として君臨するための存在。
「あー、面倒くさい」
実際はどうか?
この通り、内心では働きたくないし、できることなら一日中ゴロゴロしていたい。
そう、これが本当の私だ。
私は女王になんてなりたくなかった。
「でも仕方ないじゃない。私がやらないといけなかったんだから……」
私は元々、この世界の人間ではなかった。
もっと別の世界で生まれ、不運にも事故にあって命を落とした。
そんな私の人生を不憫に思ったのか。
女神様は私を、この世界に生まれ直させてくれた。
それには感謝している。
しているけど……。
「何も王族にしなくていいじゃない」
女神様はちょっぴり意地悪なのだろう。
前世で一般人でしかなかった私が、今世では王族の一員に生まれ直すなんて。
おかげで私には自由なんてなかった。
王女なんだからさぞ贅沢できただろうって?
確かに裕福ではあったけど、想像以上にプレッシャーが大きかった。
私の父親、前国王は厳格な人で、あの人のほうが情なんて感じなかった。
私にはシエリスという姉がいて、基本的に王になるのは一番上の兄弟や姉妹だ。
しかし前国王、すなわち私たちのお父様は、格式や立場よりも能力で人を見ていた。
私は人生二度目だし、前世ではそれなりの学校に通って、読書も好きだったからいろんな本を読んでいた。
参考書から歴史本、漫画も大好きだ。
王の振る舞いや礼儀作法、政治についてもそれなりの知識があった。
これは大きなアドバンテージだった。
私がまだ十歳の頃、父が国の政策で困っている時、私はアドバイスをしてしまった。
以前に漫画で読んだシチュエーションにそっくりだったから、こうすればいいじゃないかと言ってしまった。
父はその通りに実行し、無事に問題は解決した。
「失敗したなぁ」
そう、失敗だ。
あれが一番の悪手だったと、今ならわかる。
困っている父を見て、子供ながらに何とかしたいと思ってしまった。
あの日以来、父は私に国のことで相談をしてくるようになった。
頼られるのが嬉しかった私は、前世の知識をフル活用して、父の悩みに応えていった。
いつしか周囲も、そんな私を特別に見るようになった。
子供のうちから大事な会議に参加したり、国土の一部を任せられ、領主の役割を担って経験を積んだり。
今から思えば、あれもいずれ女王になるための練習だったのだろう。
二年前。
父は病でこの世を去った。
遺言には、次の王は私に、と書かれていた。
周囲の貴族たちも私を推薦し、私はユーラスティア王国の女王となった。
多くの人が祝福してくれる中で、お姉様は特に怒りを露にしていた。
元から仲が良くなかったけど、女王になったことが決定的となり、彼女は私の邪魔をしようと画策している。
大抵は無意味で、私は気にしないようにしているけど……。
「国民からは重圧、貴族からも期待、その上、身内からは恨まれるとか……私に味方はいないの?」
女王としての私には多くの支持者がいる。
けれど、本当の私を知る者はいない。
もしも私がこんなだらしない人間だと知ったら、人々は幻滅するだろう。
お父様から国を任された身だ。
失敗はできないし、期待には応えなければならない。
表の仮面は分厚く、毎日一人になってようやく落ち着くことができる。
「……こんな生活、いつまで……」
続けなければならないのだろうか?
いいや、わかっている。
死ぬまでだ。
私が女王であるうちは、この日々に終わりはないだろう。
逃げ出せるなら逃げたい。
本当の私は、のどかな場所でゆったりと、好きな人たちと一緒に……幸せに暮らしたいだけなのに。
「本当に意地悪ね。女神様は」
使命さえなければ、そんな未来もあったかもしれない。
今ではもう、夢物語だ。
◇◇◇
夜の王城に明かりが灯る。
そこは普段使われていない部屋だった。
「準備はできているのね?」
「はい。もちろんでごさいます。姫様」
「失敗は許されないわよ」
シエリスの前に立っているのは、フードを被った女性だった。
彼女は王城で働く者ではない。
そもそも、ただの人間ではなかった。
「失敗すればどうなるか……わかっているのでしょうね?」
「はい。失敗などありえません」
「そう」
「姫様のほうこそ、私との約束を違えないでください」
「わかっているわ。私が女王になったら、あなたを側近として迎え入れる。必要な物は全て与える……そうでしょう?」
「はい。代わりに私は、あなたが女王として君臨できるお手伝いをします」
二人は友人でもない。
ただの協力者、否……共犯者である。
そして共犯者はもう一人いる。
遅れて部屋に入ってきたのは、位の高い貴族の男性だった。
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろんです。ランド様」
女王の婚約者もまた、悪事を企てる一人だった。
彼らの目的はただ一つ、女王を引きずり下ろし、自分たちがトップに立つこと。
それぞれの思惑はあれど、手段は一致していた。
「失敗はない。今夜、決行するわ」
「わかった。僕も準備はしておこう」
「ここから先は私の役目です。どうか期待してください」
「ええ、期待しているわ。毒の魔女セミラミス」
彼女は魔女と契約を結んだ。
その契約は絶対であり、違えることはできない。
◇◇◇
違和感はあった。
身体が重いような、軽いような。
まるで身体から何かが抜け落ちたような感覚だ。
「ぅ……」
もう朝だ。
今日もたくさん仕事があるから、早く起きて準備しないといけない。
私は気だるい身体を無理やり動かした。
違和感。
「あれ?」
ベッドから降りる時、転びそうになった。
いつもと違ったのは、足が地面につくタイミングだった。
少し遅かった気がする。
「寝ぼけているのね」
シャキっとしなくては。
朝から大事な会議もあるのだ。
だらけた姿は絶対に見せられない。
私は事前に用意された着替えに手を伸ばす。
使用人を呼んで着替えを手伝わせることもできるが、これくらいは自分でやれる。
前世が一般人だった頃の癖だ。
「ん? なんか大きい?」
サイズが合わなかった。
間違って違うサイズを用意されたのだろうか。
私はため息をこぼし、使用人を呼んだ。
すぐに使用人がかけつける。
「お呼びですか? 女王陛下」
「この服、ちゃんとした大きさのものに交換してくれる?」
「大きさ……!」
彼女は私を見て、酷く驚いた顔をした。
私は首を傾げる。
「どうしたの?」
「……あなたは、誰ですか?」
「は? 何を言っているの? 私は――」
「た、大変です! 女王陛下のお部屋に、知らない女性が!」
使用人は取り乱して部屋を出てしまう。
これは何のドッキリだ?
慌てて私は追いかける。
「待ちなさい! 何を言っ――!」
部屋にある大きな鏡に、その理由が映っていた。
鏡の前に立っているのは私だ。
私なのに、私じゃない。
髪の色は黄色から赤になり、背丈も縮んでいる。
すでに二十代に入っていた私の身体は、十代中盤の体格へと変化し、顔も……。
「誰?」
知らない女の子になっていた。
私は感覚を確かめる。
間違いなく、映っているのは私だ。
手鏡も取り出して確認したけど、この顔が映っている。
見ず知らずの少女が、私になっていた。
理解できないまま困惑していると、使用人が騎士を呼んだのだろう。
城内が慌ただしくなる。
「まずい……」
理由はわからないけど、この状況は非常にまずい。
このままでは捕まってしまう。
一先ず私は逃げることにした。
理由を探るのは落ち着いてからだ。
見つからないようこっそり部屋を抜け出し、普段は使われていない部屋に隠れた。
「ここなら……」
「慌ててどうしたのかしら? アリエル」
「――! お姉様……」
逃げ込んだ部屋にはお姉様がいた。
「どうしてここに……」
いや、問題はそこじゃない。
彼女は今、アリエルと呼んだ。
この容姿を見て、私がアリエルだと知っていた。
その答えは……。
「まさか、お姉様の仕業なの?」
「勘のいい子ね。でも、私じゃないわ」
もう一人、彼女の背後から現れる。
フードで顔を隠しているけど、雰囲気が不気味で……何だか怖い。
「初めまして、女王陛下。私はセミラミス。毒の魔女と呼ばれております」
「魔女……」
そうか、私の姿を変化させたのは魔法なのか。
この世界にも魔法はある。
ただし、使える人間はほとんどいない。
魔法が使える女性は魔女、男なら魔人と呼ばれ畏怖の念を抱かれる。
私も話に聞いていただけで、実際に会ったことはなかった。
もはや都市伝説だと思っていた。
「魔法を解きなさい。こんなことをして、大問題になるわ」
「ふふっ、それが何? 私の目的は自分が女王になることよ」
「そんなことのために……」
魔女と手を組んだというの?
「そんなこと? あなたにはそんなことでも、私には重要なことなのよ!」
お姉様は声を荒げる。
「あなたにわかる? 私の気持ち……ずっと選ばれなくて、期待されなかった私の惨めさが」
「……」
「私が女王になるはずだったのよ。あなたじゃない。私がふさわしいのよ!」
知っている。
彼女が内心、そう思っていたことなんて百も承知だ。
けれど、こんな強引な手段を取るとは思わなかった。
「今ならまだ間に合うわ」
「何が間に合うの? あなたの時代はもうおわったのよ。それを私だけじゃない。彼も望んでいるわ」
「彼?」
「――元女王陛下」
「――! ランド公爵」
私の背後に、ランド公爵が現れる。
そうか。
彼も共犯なのか。
「あなたは僕を優遇する気もなかった。このままでは夫にもなれないのでね」
「そういうこと……」
彼は野心家だった。
私と結婚すれば、王族の一員になれる。
それを狙って、ずっとアプローチを続けていたけど、最近は静かだった。
諦めて、別の手段を考えたのだ。
「婚約は破棄しましょう。代わりに、彼女が婚約してくれます」
「そういう約束ですから」
「お姉様……」
「悔しい? 自分が築いてきたものを奪われる気分はどうかしら? もうあなたは女王じゃない。その姿は呪いよ。解く方法なんてないわ!」
「……」
「これから一生、あなたは女王には戻れない。アリエルにも戻れない。可哀想に……」
そうか。
戻れないのか、私は。
元の姿にも、女王の地位にも……。
ならこれで……。
「じゃあもういいわ」
「……は?」
「女王になりたいのでしょう? だったら勝手にすればいい。私はもうアリエルじゃないし、関係ないから好きにするわよ」
「……何を、言っているの?」
開き直った私に、お姉様は戸惑っていた。
魔女は驚き、ランド公爵も目を疑っている。
彼女たちは知らない。
私の本心を。
「私が望んで女王になったと思う? そんなわけないじゃない」
「あなた……」
「むしろ感謝しているわ。辞め時もなかったから、これなら諦めて辞められる」
いささか強引なやり方だけど、これで晴れて自由の身だ。
こんなに嬉しいことはない。
期待してくれたお父様や、国民には申し訳ないと思うけど……。
それも全部、お姉様たちが引き継いでくれるらしいし。
「頭がおかしくなったのかしら?」
「私はいつも通りですよ。これが私、本来の私……そういうわけなので、王城を出る準備をします。一度部屋に戻ってもいいですか?」
「……いいわけないでしょう?」
「え?」
「あなたは真実を知っている。だから――」
◇◇◇
「……ですよねぇ……」
私は牢獄にぶち込まれてしまった。
当然だろう。
犯人から動機まで、何もかも知っている私を放置はできない。
処刑されなかったのは、お姉様の優しさかもしれない。
「はぁ……」
せっかく自由になれたと思ったら、獄中生活か。
このまま一生を終える?
冗談じゃない。
かといって魔法……呪いだっけ?
そのせいで姿は別人、しかも非力な少女に変えられた今、自力でここを抜け出すことなんて……。
「なんで私がこんな目に……」
ここに来てようやく、苛立ちと怒りが芽生えた。
その時だった。
私の身体の中に、今までなかった力を感じる。
「これは……」
力は巡っている。
それが何なのか理解するのに、理屈はいらなかった。
私の脳裏に、使い方が流れ込む。
「いけるわね」
私は牢獄の壁に手を触れる。
イメージするのは熱だ。
音を出して破壊するとバレてしまう。
熱で溶かそう。
高熱を、牢獄の壁を溶かすだけの熱をイメージする。
身体の中を巡っていた力が、手のひらに集まる。
熱が伝わる。
高熱は形となり、壁を溶かした。
「できた!」
間違いない。
私の身体に流れ始めたのは魔力だ。
魔女にしか使えない魔法が、私にも使えるようになった。
呪いを受けた影響?
理屈はわからないけど、この力を使えば脱出できる。
「やってやるわよ」
どうせここにいても寂しく死ぬだけだ。
居場所がないなら、国の外に出よう。
私はもう、女王じゃない。
アリエルという名も、今日を境に呼ばれなくなる。
それでいい。
私は、自由になりたかった。
◇◇◇
「逃げ出したですって?」
「も、申し訳ありません……」
アリエルに代わり、姉のシエリスが女王代行となった。
正式な就任はまだである。
現在、騎士たちを使って女王の捜索に当たっている……ということになっている。
見つかるはずもなかった。
女王アリエルは、もういないのだから。
「どうやって逃げたの?」
「それが、壁に穴が……」
「穴?」
シエリスはため息をこぼす。
傍らには補佐役となった魔女セミラミスがいた。
「どう思う?」
「問題ありません。あれは継続しております」
「そう。捜索しなさい。もし抵抗するなら、無理やり連れ戻してもいいわ」
「はっ!」
呪いは継続している。
姿は戻っていない。
ならば脅威にはならないと、シエリスは考えていた。
「復讐でもする気かかしら? 無駄なことを」
もう女王の地位は自分のもの。
この国をまとめ、支配するのは彼女ではない。
その優越感と勝利の余韻に、彼女は酔いしれていた。
これからどれほど苦労するかも知らずに。
◇◇◇
森の中をひた走る。
脱獄もとっくにバレているだろう。
少しでも早く、この国を抜ける。
「はぁ……そろそろ国境かしら」
脱獄して一週間が経とうとしていた。
服はボロボロ、顔も汚い。
逃げるのに必死で、まともに食事や睡眠もとっていなかった。
元の私ならとっくに倒れている。
魔力があるおかげなのか、いつもよりも元気だ。
「さすがに疲れたわね……」
腰を下ろす。
逃げたはいいものの、これからどうするべきか。
何も定まっていない。
自由に生きる。
それができるようになったけれど……。
「自由って、どうすればいいのかな……」
今の私は空っぽだ。
空っぽの自分に、何ができるのかわからなかった。
そこへ脅威が迫る。
「魔物の気配!」
即座に立ち上がる。
すでに囲まれていて、唸り声が響いていた。
「レッドアイ……ウルフ系の魔物ね」
この辺りは魔物も多い。
すでに魔物とは何度かぶつかり、魔力のおかげで退けられた。
今回も同じだ。
魔力を扱い、炎をイメージ!
「燃えなさい!」
手のひらから放たれた炎がウルフを燃やす。
魔力の扱いにもだいぶ慣れた。
空っぽと言ったけど、この力を手に入れられたのは幸運だった。
「呪いに感謝なんて変な……」
身体に力が入らない。
まさか……。
「魔力切れ?」
ここにきて、魔力が尽きてしまった。
回復までには時間がかかる。
体力もないのに、無理矢理走ってきた弊害だ。
まずい。
本当にまずい。
まだウルフは残っている。
「っ……」
ダメだ。
上手く力が入らない。
動かない身体を、魔力で無理やり動かしていただけなんだ。
もう私の身体はボロボロで、今にも意識が飛びそうになる。
「逃げ……ないと……」
食われてしまう。
そんな終わり方は一番嫌だ。
こんなことなら、牢獄にいたほうが安全だった?
情けないことを考えてしまう。
人は死に際に多くのことを思い出し、後悔を募らせる。
ああ……結局私は、何のために生まれ変わったのだろう?
「伏せろ!」
「――!」
私は言われるまま、頭を下げた。
襲い掛かるウルフ。
それを刃が斬り裂き、退ける音がした。
「間一髪、だな」
「……あなたは……」
「俺か? 通りすがりの騎士だ」
「――!」
振り向いた横顔には、見覚えがあった。
懐かしさすら感じる。
私は彼を知っている。
そうか。
ここはもう、彼の国の領土なのだ。
いつの間にか私は国境を越えて、隣国アルザードに入っていた。
彼の名は――
「レント・アルザード」
アルザード王国、第二王子。
そんな人物がなぜ、森の中に一人でいる?
訳がわからなかった。
ただ、知人に出会えたことにホッとして、思わず声をかけようとした。
私のことを覚えている?
無理だ。
今の私は、アリエルじゃないから……。
「間に合ってよかったよ。アリエル」
「……?」
今、なんて……。
「私が……アリエルだって、わかるの?」
「もちろん。十年ぶりくらいだけど、忘れるはずないよ。君の魂は、他にはない輝きがあるからね」
別に、アリエルであることにこだわりはない。
所詮は第二の人生だ。
女王でもなくなった私は、一生アリエルには戻れない。
それでいいと思っていた。
けれど……。
涙がこぼれてしまった。
「あれ……」
そうか。
私は不安だったんだ。
自分が何者でもなくなって、一人になってしまった現実から目を背けていた。
それを気づかされ、私を知ってくれている人に、救われた。
「ところでその姿は……」
「あなたこそ、なんでここに?」
「それは天啓があったからだよ」
「天啓? ああ、そういえばあなた、聖人だったわね」
女神の加護を直接受け、様々な恩恵を持つ存在。
男性の場合は聖人、女性なら聖女。
彼はその一人であり、女神の加護によって見えないものが見える目を持っている。
彼の眼は、他人の魂が見えるらしい。
そして天啓とは、女神様からのお告げだ。
「今日、ここで君を助ける。そういう天啓だった」
「……そう」
意地悪なんて言ってごめんなさい。
女神様は、ちゃんと私にも救いの手を差し伸べてくれたらしい。
「立てるか?」
「ごめんなさい。今は無理よ」
「そうか。じゃあ少し休憩しよう。あまり景色はよくないけどな」
「そうね」
彼は私の隣に座る。
「十年ぶりか」
「ええ」
「随分と変わったな」
「それは皮肉?」
私と彼は、十年前に知り合った。
隣国の王族同士だったから、顔を合わせる機会は何度かあって。
彼は私を見て、こういった。
君、どうしてそんなに魂が綺麗なの?
意味不明だった。
彼がそういう力を持っていると知ったのは最近のことだ。
けれどその日から、私たちはよく一緒に遊ぶようになった。
短い時間だ。
王族同士だから、頻回に会えるわけじゃない。
でも、楽しかった。
彼は私を王女としてではなく、一人の女の子として扱ってくれたから。
「何があったんだ? 君のその姿は……」
「面白い話じゃないわよ」
「面白さはいい。ただ、何があったのか教えてほしい。どうして君がここにいるのか」
「天啓は教えてくれなかったの?」
「天啓があったのは、ここに来れば君に会えるということだけだよ」
「大雑把なのね」
もしも彼が無視していたら……今頃私は死んでいた。
「私は――」
助けられたこと。
そして、彼は友人だからこそ、話してもいいと思った。
何があったのか。
私がもう、女王には戻れないことを。
「そんなことが……! 今すぐに戻ればまだ間に合うかもしれない」
「レント?」
「僕も協力しよう。君が女王に戻れるように」
「……いいわよ、そんなこと」
「え?」
「私は女王に戻りたいなんて思っていないわ」
呆気にとられる彼に、私は本心を伝えた。
彼は尋ねてくる。
「その気はないって……それだけされて、復讐しようとも思わなかったのか?」
「面倒臭いじゃない」
「面倒って……」
「だってそうでしょう? 私の代わりをしてくれるなら嬉しい限りだわ。私はずっと、女王なんて地位は望んでいなかった。ただ……自分がしたいように、生きたかっただけなのに……」
それはきっと我儘なのだろう。
王族に生まれたなら、自由なんて許されない。
彼も王族だから理解できるはずだ。
「じゃあ君は、これからどうするんだ?」
「そうね……女王じゃない私として、普通に生きて、普通に幸せになりたい……それだけ」
「普通に……か。難しいんじゃないのか?」
「そうね。自覚してる」
たとえ女王でなくなっても、今の私に普通は難しいことだ。
すでに母国には戻れない。
誰でもない私は、どこへ行っても馴染めないだろう。
加えて呪いと魔力……不安な要素が多すぎる。
「どこか山奥でひっそりと暮らすしかないわね」
「それで幸せ?」
「……どうかな。わからないけど……」
幸せは人それぞれだ。
やってみたら案外、幸せと感じるかも……。
「俺の国に来ないか?」
「え?」
突然のお誘いに私はびっくりする。
冗談かと思ったけど、彼は笑顔で、さらに真剣だった。
「君も知ってると思うけど、うちの状況はよろしくない」
「アルザード王国ね」
事情は把握している。
隣国のことだ。
女王として耳に入っている。
アルザード王国は今、国が三つに分かれていた。
「何とかしたいんだけど、中々うまくいかなくてね……そこで、君の知恵を借りたいんだよ」
「まさか私に、女王になれとでも?」
「いわないよ。ただちょっとだけ力を貸してほしい。その代わり、君の衣食住と安全は俺が保証する。やりたいことは、これから見つければいいだろ?」
「……確かに」
そういう生き方も、ありかもしれない。
誰ともわからない人を頼るより、私を知ってくれている人に頼るほうが安心できる。
「でもいいの? 面倒になるわよ」
「かもな? けどここで君を見送ったら、後悔すると思うんだ」
「後悔……」
「天啓にしたがってここへ来た。これは女神の導き……なら、出会いは運命だろう?」
運命……。
確かにその通りで、奇跡的な出会いだった。
私は彼に救われた。
その恩もある。
「仕方ないわね。恩もあるし、ちょっとくらいなら手伝ってあげるわよ」
「本当か?」
「代わりに、約束は守ってよね」
「もちろん、君の生活と安全は、この俺が保証しよう。女神に誓ってね」
その誓いに嘘はない。
私はため息をこぼし、少しだけ気持ちが軽くなった。
「それじゃ、いつまでもこんな場所にいられないな」
「え、ちょっ!」
彼は私を抱きかかえた。
お姫様を連れ出すように、少し強引に。
「行こうか。アリエル」
「もうアリエルじゃないわ」
「そう? なら新しい名前を考えよう」
「そうね」
新しい名前か。
自分で考えるのは面倒だし、彼に考えてもらうとしよう。
第二の人生の、第二幕。
そのスタートには、ちょうどいい。
この運命から、私の新たな人生が始まった。
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締切詰まっている中で始めちゃったので、モチベ次第になります!