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連載候補短編

【連載版スタートしました!】残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~

作者: 日之影ソラ

【作者からのお願い】

ご好評につき、連載版をスタートしました!

同タイトルで連載します。

ページ下部にリンクがありますので、ぜひぜひ続きを読んでください!

リンクが見つからない場合は、お手数ですが以下のアドレスをコピーしてお使いください。


https://ncode.syosetu.com/n5925iz/


 私は女王になんてなりたくなかった。


「女王陛下! 西方の国民が飢餓に苦しんでおり、政府に支援を訴えているようです」

「内容を確認しましょう。資料は」

「こちらに」


 大臣から提出された資料に目を通す。

 飢餓に苦しんでいるとかいうから、よほど大きな自然災害でもあったのかと思った。

 しかし資料を読むと、どうにも自然災害ではないらしい。


「なるほどね。この地域を治めているのは誰?」

「アルフロード公爵家です」

「そう。なら公爵家に伝えなさい。国民から取り立てる税金を今の半分にするようにと」

「よ、よろしいのですか?」


 困惑する大臣に、私は呆れながら答える。


「よく見なさい。この規模の領地と領民の数に対して、これは取り過ぎよ」


 資料には国民からの訴えも書かれていた。

 その中の大半が、お金がないという訴えで占められている。

 働いても働いても、大金を領主に搾取されてしまう。

 そんな状況で天候の悪化から不作が続き、国民は苦しんでいたが、領主は何も対応しなかったようだ。


「し、しかしアルフロード家は名家です! 我が国の財政を支える貴重な……」

「いくら財政を支える重要な役割があっても、国民を見捨てるような行いをしているなら見過ごせないわ。国民は国にとって血液なのよ。血液なくして身体は動かないわ」

「ですが……このような対応をして、アルフロード家は何というか」

「文句があるなら直接言いにくればいいのよ。私が相手をしてあげるわ」


 この手の相手には慣れている。

 貴族は自分の利益や地位を優先する者たちが多い。

 彼らにはこの国の人間、という意識がどうにも低いらしい。

 地位や権力は大切だ。

 優劣、上下関係なくして社会は成立しない。

 全員が平等、並列なんて世界は作れないし、作った所で秩序がない。

 優遇される者、そうでない者は存在する。

 それでいい。

 重要なのは、何を評価するべきか。

 平民だろうと貴族だろうと、この国を支え貢献してくれるなら、対等に評価すべきだ。


「いい? あまりに文句を言うなら、この地は王国に返上してもらうわ」

「よ、よろしいのですね?」

「ええ、私がそう言っていた。伝えなさい」

「かしこまりました」


 大臣は苦虫をかみつぶしたような顔をして去っていった。

 彼も貴族の一員だ。

 この後、アルフロード家が怒ることを理解している。

 しかし私はそれに屈しない。

 貴族だから、なんて優遇はしないことを、彼もよく理解している。


 私、ユーラスティア王国、第十七代国王アリエル・ユーラスティアはそういう人間だ。

 常に考えているのは国益。

 この国を繁栄させ、未来まで守る。

 そのために必要なことなら、たとえどんな手段を用いようとも実現させる。

 今回は国民の訴えを聞くことになったけど、もちろん逆もある。

 どちらかを支持すれば、どちらかに嫌われる。

 両方を救い、みんな仲良くなんてのは夢物語だ。

 そんなことが可能なら、世界からとっくに争いはなくなっているだろう。

 私は王国のためになる選択をし続ける。

 必要なら貴族でも切り捨てるし、騒いでいる国民を武力で制圧したこともあった。

 当然、反感は生まれる。

 けれど半数以上の人々が、私の政策を支持してくれていた。

 国はしっかり回っている。

 私のやり方は時に過激だけど、何も横暴をしているわけじゃない。


「今日はここまでね」


 すっかり夜だ。

 私は執務室から出て、寝室へと向かう。


 道中、面倒な人と出会ってしまった。

 彼女は廊下を塞ぐように立っている。

 無視したかったけど、この様子じゃ無理そうだ。


「こんばんは。アリエル」

「……何の御用ですか? シエリスお姉様」


 シエリス・ユーラスティア。

 私の実の姉であり、本来ならば彼女が女王になるはずだった。


「用がなければ話しかけてもいけないの? 随分とお高くとまっているわね」

「私は女王です。いくらお姉様であっても、意味のない時間を過ごすわけにはいきません」

「……生意気ね。お父様に気に入られていたから女王になれただけの癖に」

「そうですね」


 見ての通り、聞いての通り、彼女は私のことを嫌っている。

 当然だろう。

 本来ならば女王になれたのに、お父様の死後、遺言で私が女王になってしまった。

 あの時の彼女の顔は印象的だった。

 絶望と怒りを、私にぶつけるような顔だったから。


「用件がないなら、私は失礼します」

「愛想のない子ね? そんなだと、ランド様にも呆れられてしまうわよ」

「……なぜ、ランド公爵の名前を出したのですか?」


 ランド・クロータリア公爵。

 私の婚約者の一人。

 女王である私には、複数人の婚約者がいて、その中で最も位の高い人物だ。

 そういえば、最近は顔を見ていない。

 重要な会議の場でも、ほとんど会話をしていなかった。


「先ほどまでランド様とお茶会をしていたのよ」

「そうですか。彼はお元気でしたか」

「ええ、私と一緒で楽しそうだったわよ」

「……そういうことですか」


 なるほど。

 最近私の元に現れないのは、彼女と仲良くしていたからか。

 私は小さくため息をこぼす。


「話は以上ですか? 私は行きます」

「少しは悔しそうな顔をしなさいよ」


 小声は聞こえていたけど、あえて無視して立ち去ることにした。

 私の婚約者を奪って優位に立ちたかったのでしょうけど、生憎私はそんなことに興味はない。

 婚約者と言っても、家柄から勝手に決められた相手だ。

 そこに愛はないし、運命もない。

 何より婚約者が一人じゃないし、仮にランド公爵が離れても、私には何の問題もなかった。

 お姉様の頑張りは、ハッキリいって徒労だ。


「そんなだから! 血も涙もない女王なんて言われるんじゃないの?」

「……」


 お姉様は私の背後から、大声で悪態をついた。

 聞こえないふりをする。

 応えたところで意味はないから。

 実際、彼女の言う通りだ。

 私は女王として、すべきことは何だってやってきた。

 そんな私を、人々は残虐非道の鬼女王と呼ぶ。

 合理主義で情は通じないとか。

 別に構わない。

 私はなんと呼ばれようと……。


「なんて、思っているわけないじゃん」


 私は自室に到着すると、ベッドに倒れ込んで悪態をついた。

 枕に抱き着き、大きくため息をこぼす。


「はぁ……今日も疲れた」


 何度もため息をこぼして、私はだらけた顔を見せる。

 多くの人は、私を完璧主義者とか、弱みを見せず、感情も表に出さないと思っている。

 まさに女王として君臨するための存在。


「あー、面倒くさい」


 実際はどうか?

 この通り、内心では働きたくないし、できることなら一日中ゴロゴロしていたい。

 そう、これが本当の私だ。

 私は女王になんてなりたくなかった。


「でも仕方ないじゃない。私がやらないといけなかったんだから……」


 私は元々、この世界の人間ではなかった。

 もっと別の世界で生まれ、不運にも事故にあって命を落とした。

 そんな私の人生を不憫に思ったのか。

 女神様は私を、この世界に生まれ直させてくれた。

 それには感謝している。

 しているけど……。


「何も王族にしなくていいじゃない」


 女神様はちょっぴり意地悪なのだろう。

 前世で一般人でしかなかった私が、今世では王族の一員に生まれ直すなんて。

 おかげで私には自由なんてなかった。

 王女なんだからさぞ贅沢できただろうって?

 確かに裕福ではあったけど、想像以上にプレッシャーが大きかった。

 私の父親、前国王は厳格な人で、あの人のほうが情なんて感じなかった。

 私にはシエリスという姉がいて、基本的に王になるのは一番上の兄弟や姉妹だ。

 しかし前国王、すなわち私たちのお父様は、格式や立場よりも能力で人を見ていた。

 

 私は人生二度目だし、前世ではそれなりの学校に通って、読書も好きだったからいろんな本を読んでいた。

 参考書から歴史本、漫画も大好きだ。

 王の振る舞いや礼儀作法、政治についてもそれなりの知識があった。

 これは大きなアドバンテージだった。

 私がまだ十歳の頃、父が国の政策で困っている時、私はアドバイスをしてしまった。

 以前に漫画で読んだシチュエーションにそっくりだったから、こうすればいいじゃないかと言ってしまった。

 父はその通りに実行し、無事に問題は解決した。 


「失敗したなぁ」


 そう、失敗だ。

 あれが一番の悪手だったと、今ならわかる。

 困っている父を見て、子供ながらに何とかしたいと思ってしまった。

 あの日以来、父は私に国のことで相談をしてくるようになった。

 頼られるのが嬉しかった私は、前世の知識をフル活用して、父の悩みに応えていった。

 いつしか周囲も、そんな私を特別に見るようになった。

 子供のうちから大事な会議に参加したり、国土の一部を任せられ、領主の役割を担って経験を積んだり。

 今から思えば、あれもいずれ女王になるための練習だったのだろう。


 二年前。

 父は病でこの世を去った。

 遺言には、次の王は私に、と書かれていた。

 周囲の貴族たちも私を推薦し、私はユーラスティア王国の女王となった。

 多くの人が祝福してくれる中で、お姉様は特に怒りを露にしていた。

 元から仲が良くなかったけど、女王になったことが決定的となり、彼女は私の邪魔をしようと画策している。

 大抵は無意味で、私は気にしないようにしているけど……。


「国民からは重圧、貴族からも期待、その上、身内からは恨まれるとか……私に味方はいないの?」


 女王としての私には多くの支持者がいる。

 けれど、本当の私を知る者はいない。

 もしも私がこんなだらしない人間だと知ったら、人々は幻滅するだろう。

 お父様から国を任された身だ。

 失敗はできないし、期待には応えなければならない。

 表の仮面は分厚く、毎日一人になってようやく落ち着くことができる。


「……こんな生活、いつまで……」


 続けなければならないのだろうか?

 いいや、わかっている。

 死ぬまでだ。

 私が女王であるうちは、この日々に終わりはないだろう。

 逃げ出せるなら逃げたい。

 本当の私は、のどかな場所でゆったりと、好きな人たちと一緒に……幸せに暮らしたいだけなのに。

 

「本当に意地悪ね。女神様は」


 使命さえなければ、そんな未来もあったかもしれない。

 今ではもう、夢物語だ。


  ◇◇◇


 夜の王城に明かりが灯る。

 そこは普段使われていない部屋だった。


「準備はできているのね?」

「はい。もちろんでごさいます。姫様」

「失敗は許されないわよ」


 シエリスの前に立っているのは、フードを被った女性だった。

 彼女は王城で働く者ではない。

 そもそも、ただの人間ではなかった。


「失敗すればどうなるか……わかっているのでしょうね?」

「はい。失敗などありえません」

「そう」

「姫様のほうこそ、私との約束を違えないでください」

「わかっているわ。私が女王になったら、あなたを側近として迎え入れる。必要な物は全て与える……そうでしょう?」

「はい。代わりに私は、あなたが女王として君臨できるお手伝いをします」


 二人は友人でもない。

 ただの協力者、否……共犯者である。

 そして共犯者はもう一人いる。

 遅れて部屋に入ってきたのは、位の高い貴族の男性だった。


「本当に大丈夫なのか?」

「もちろんです。ランド様」


 女王の婚約者もまた、悪事を企てる一人だった。

 彼らの目的はただ一つ、女王を引きずり下ろし、自分たちがトップに立つこと。

 それぞれの思惑はあれど、手段は一致していた。


「失敗はない。今夜、決行するわ」

「わかった。僕も準備はしておこう」

「ここから先は私の役目です。どうか期待してください」

「ええ、期待しているわ。毒の魔女セミラミス」


 彼女は魔女と契約を結んだ。

 その契約は絶対であり、違えることはできない。


  ◇◇◇


 違和感はあった。

 身体が重いような、軽いような。

 まるで身体から何かが抜け落ちたような感覚だ。


「ぅ……」


 もう朝だ。

 今日もたくさん仕事があるから、早く起きて準備しないといけない。

 私は気だるい身体を無理やり動かした。


 違和感。


「あれ?」


 ベッドから降りる時、転びそうになった。

 いつもと違ったのは、足が地面につくタイミングだった。

 少し遅かった気がする。


「寝ぼけているのね」


 シャキっとしなくては。

 朝から大事な会議もあるのだ。

 だらけた姿は絶対に見せられない。

 私は事前に用意された着替えに手を伸ばす。

 使用人を呼んで着替えを手伝わせることもできるが、これくらいは自分でやれる。

 前世が一般人だった頃の癖だ。

 

「ん? なんか大きい?」


 サイズが合わなかった。

 間違って違うサイズを用意されたのだろうか。

 私はため息をこぼし、使用人を呼んだ。


 すぐに使用人がかけつける。


「お呼びですか? 女王陛下」

「この服、ちゃんとした大きさのものに交換してくれる?」

「大きさ……!」

 

 彼女は私を見て、酷く驚いた顔をした。

 私は首を傾げる。


「どうしたの?」

「……あなたは、誰ですか?」

「は? 何を言っているの? 私は――」

「た、大変です! 女王陛下のお部屋に、知らない女性が!」


 使用人は取り乱して部屋を出てしまう。

 これは何のドッキリだ?

 慌てて私は追いかける。


「待ちなさい! 何を言っ――!」


 部屋にある大きな鏡に、その理由が映っていた。

 鏡の前に立っているのは私だ。

 私なのに、私じゃない。

 髪の色は黄色から赤になり、背丈も縮んでいる。

 すでに二十代に入っていた私の身体は、十代中盤の体格へと変化し、顔も……。


「誰?」


 知らない女の子になっていた。

 私は感覚を確かめる。

 間違いなく、映っているのは私だ。

 手鏡も取り出して確認したけど、この顔が映っている。

 見ず知らずの少女が、私になっていた。

 理解できないまま困惑していると、使用人が騎士を呼んだのだろう。

 城内が慌ただしくなる。


「まずい……」


 理由はわからないけど、この状況は非常にまずい。

 このままでは捕まってしまう。

 一先ず私は逃げることにした。

 理由を探るのは落ち着いてからだ。

 見つからないようこっそり部屋を抜け出し、普段は使われていない部屋に隠れた。


「ここなら……」

「慌ててどうしたのかしら? アリエル」

「――! お姉様……」


 逃げ込んだ部屋にはお姉様がいた。


「どうしてここに……」


 いや、問題はそこじゃない。

 彼女は今、アリエルと呼んだ。

 この容姿を見て、私がアリエルだと知っていた。

 その答えは……。 


「まさか、お姉様の仕業なの?」

「勘のいい子ね。でも、私じゃないわ」


 もう一人、彼女の背後から現れる。

 フードで顔を隠しているけど、雰囲気が不気味で……何だか怖い。


「初めまして、女王陛下。私はセミラミス。毒の魔女と呼ばれております」

「魔女……」


 そうか、私の姿を変化させたのは魔法なのか。

 この世界にも魔法はある。

 ただし、使える人間はほとんどいない。

 魔法が使える女性は魔女、男なら魔人と呼ばれ畏怖の念を抱かれる。

 私も話に聞いていただけで、実際に会ったことはなかった。

 もはや都市伝説だと思っていた。


「魔法を解きなさい。こんなことをして、大問題になるわ」

「ふふっ、それが何? 私の目的は自分が女王になることよ」

「そんなことのために……」


 魔女と手を組んだというの?


「そんなこと? あなたにはそんなことでも、私には重要なことなのよ!」


 お姉様は声を荒げる。


「あなたにわかる? 私の気持ち……ずっと選ばれなくて、期待されなかった私の惨めさが」

「……」

「私が女王になるはずだったのよ。あなたじゃない。私がふさわしいのよ!」


 知っている。

 彼女が内心、そう思っていたことなんて百も承知だ。

 けれど、こんな強引な手段を取るとは思わなかった。


「今ならまだ間に合うわ」

「何が間に合うの? あなたの時代はもうおわったのよ。それを私だけじゃない。彼も望んでいるわ」

「彼?」

「――元女王陛下」

「――! ランド公爵」


 私の背後に、ランド公爵が現れる。

 そうか。

 彼も共犯なのか。


「あなたは僕を優遇する気もなかった。このままでは夫にもなれないのでね」

「そういうこと……」


 彼は野心家だった。

 私と結婚すれば、王族の一員になれる。

 それを狙って、ずっとアプローチを続けていたけど、最近は静かだった。

 諦めて、別の手段を考えたのだ。


「婚約は破棄しましょう。代わりに、彼女が婚約してくれます」

「そういう約束ですから」

「お姉様……」

「悔しい? 自分が築いてきたものを奪われる気分はどうかしら? もうあなたは女王じゃない。その姿は呪いよ。解く方法なんてないわ!」

「……」

「これから一生、あなたは女王には戻れない。アリエルにも戻れない。可哀想に……」


 そうか。

 戻れないのか、私は。

 元の姿にも、女王の地位にも……。

 ならこれで……。


「じゃあもういいわ」

「……は?」

「女王になりたいのでしょう? だったら勝手にすればいい。私はもうアリエルじゃないし、関係ないから好きにするわよ」

「……何を、言っているの?」


 開き直った私に、お姉様は戸惑っていた。

 魔女は驚き、ランド公爵も目を疑っている。

 彼女たちは知らない。

 私の本心を。


「私が望んで女王になったと思う? そんなわけないじゃない」

「あなた……」

「むしろ感謝しているわ。辞め時もなかったから、これなら諦めて辞められる」


 いささか強引なやり方だけど、これで晴れて自由の身だ。

 こんなに嬉しいことはない。

 期待してくれたお父様や、国民には申し訳ないと思うけど……。

 それも全部、お姉様たちが引き継いでくれるらしいし。


「頭がおかしくなったのかしら?」

「私はいつも通りですよ。これが私、本来の私……そういうわけなので、王城を出る準備をします。一度部屋に戻ってもいいですか?」

「……いいわけないでしょう?」

「え?」

「あなたは真実を知っている。だから――」


  ◇◇◇


「……ですよねぇ……」


 私は牢獄にぶち込まれてしまった。

 当然だろう。

 犯人から動機まで、何もかも知っている私を放置はできない。

 処刑されなかったのは、お姉様の優しさかもしれない。


「はぁ……」


 せっかく自由になれたと思ったら、獄中生活か。

 このまま一生を終える?

 冗談じゃない。

 かといって魔法……呪いだっけ?

 そのせいで姿は別人、しかも非力な少女に変えられた今、自力でここを抜け出すことなんて……。


「なんで私がこんな目に……」


 ここに来てようやく、苛立ちと怒りが芽生えた。

 その時だった。

 私の身体の中に、今までなかった力を感じる。


「これは……」


 力は巡っている。

 それが何なのか理解するのに、理屈はいらなかった。

 私の脳裏に、使い方が流れ込む。


「いけるわね」


 私は牢獄の壁に手を触れる。

 イメージするのは熱だ。

 音を出して破壊するとバレてしまう。

 熱で溶かそう。

 高熱を、牢獄の壁を溶かすだけの熱をイメージする。


 身体の中を巡っていた力が、手のひらに集まる。

 熱が伝わる。

 高熱は形となり、壁を溶かした。


「できた!」


 間違いない。

 私の身体に流れ始めたのは魔力だ。

 魔女にしか使えない魔法が、私にも使えるようになった。

 呪いを受けた影響?

 理屈はわからないけど、この力を使えば脱出できる。


「やってやるわよ」


 どうせここにいても寂しく死ぬだけだ。

 居場所がないなら、国の外に出よう。

 私はもう、女王じゃない。

 アリエルという名も、今日を境に呼ばれなくなる。


 それでいい。

 私は、自由になりたかった。


  ◇◇◇


「逃げ出したですって?」

「も、申し訳ありません……」


 アリエルに代わり、姉のシエリスが女王代行となった。

 正式な就任はまだである。

 現在、騎士たちを使って女王の捜索に当たっている……ということになっている。

 見つかるはずもなかった。

 女王アリエルは、もういないのだから。


「どうやって逃げたの?」

「それが、壁に穴が……」

「穴?」


 シエリスはため息をこぼす。

 傍らには補佐役となった魔女セミラミスがいた。


「どう思う?」

「問題ありません。あれは継続しております」

「そう。捜索しなさい。もし抵抗するなら、無理やり連れ戻してもいいわ」

「はっ!」


 呪いは継続している。

 姿は戻っていない。

 ならば脅威にはならないと、シエリスは考えていた。


「復讐でもする気かかしら? 無駄なことを」


 もう女王の地位は自分のもの。

 この国をまとめ、支配するのは彼女ではない。

 その優越感と勝利の余韻に、彼女は酔いしれていた。

 

 これからどれほど苦労するかも知らずに。


  ◇◇◇

  

 森の中をひた走る。

 脱獄もとっくにバレているだろう。

 少しでも早く、この国を抜ける。


「はぁ……そろそろ国境かしら」


 脱獄して一週間が経とうとしていた。

 服はボロボロ、顔も汚い。

 逃げるのに必死で、まともに食事や睡眠もとっていなかった。

 元の私ならとっくに倒れている。

 魔力があるおかげなのか、いつもよりも元気だ。


「さすがに疲れたわね……」


 腰を下ろす。

 逃げたはいいものの、これからどうするべきか。

 何も定まっていない。

 自由に生きる。

 それができるようになったけれど……。


「自由って、どうすればいいのかな……」


 今の私は空っぽだ。

 空っぽの自分に、何ができるのかわからなかった。


 そこへ脅威が迫る。


「魔物の気配!」


 即座に立ち上がる。

 すでに囲まれていて、唸り声が響いていた。


「レッドアイ……ウルフ系の魔物ね」


 この辺りは魔物も多い。

 すでに魔物とは何度かぶつかり、魔力のおかげで退けられた。

 今回も同じだ。

 魔力を扱い、炎をイメージ!


「燃えなさい!」


 手のひらから放たれた炎がウルフを燃やす。

 魔力の扱いにもだいぶ慣れた。

 空っぽと言ったけど、この力を手に入れられたのは幸運だった。


「呪いに感謝なんて変な……」


 身体に力が入らない。

 まさか……。


「魔力切れ?」


 ここにきて、魔力が尽きてしまった。

 回復までには時間がかかる。

 体力もないのに、無理矢理走ってきた弊害だ。

 まずい。

 本当にまずい。

 まだウルフは残っている。


「っ……」


 ダメだ。

 上手く力が入らない。

 動かない身体を、魔力で無理やり動かしていただけなんだ。

 もう私の身体はボロボロで、今にも意識が飛びそうになる。


「逃げ……ないと……」


 食われてしまう。

 そんな終わり方は一番嫌だ。

 こんなことなら、牢獄にいたほうが安全だった?

 情けないことを考えてしまう。

 人は死に際に多くのことを思い出し、後悔を募らせる。


 ああ……結局私は、何のために生まれ変わったのだろう?


「伏せろ!」

「――!」


 私は言われるまま、頭を下げた。

 襲い掛かるウルフ。

 それを刃が斬り裂き、退ける音がした。


「間一髪、だな」

「……あなたは……」

「俺か? 通りすがりの騎士だ」

「――!」


 振り向いた横顔には、見覚えがあった。

 懐かしさすら感じる。

 私は彼を知っている。

 そうか。

 ここはもう、彼の国の領土なのだ。

 いつの間にか私は国境を越えて、隣国アルザードに入っていた。


 彼の名は――


「レント・アルザード」


 アルザード王国、第二王子。

 そんな人物がなぜ、森の中に一人でいる?

 訳がわからなかった。

 ただ、知人に出会えたことにホッとして、思わず声をかけようとした。


 私のことを覚えている?


 無理だ。

 今の私は、アリエルじゃないから……。


「間に合ってよかったよ。アリエル」

「……?」


 今、なんて……。


「私が……アリエルだって、わかるの?」

「もちろん。十年ぶりくらいだけど、忘れるはずないよ。君の魂は、他にはない輝きがあるからね」


 別に、アリエルであることにこだわりはない。

 所詮は第二の人生だ。

 女王でもなくなった私は、一生アリエルには戻れない。

 それでいいと思っていた。

 けれど……。

 涙がこぼれてしまった。


「あれ……」


 そうか。

 私は不安だったんだ。

 自分が何者でもなくなって、一人になってしまった現実から目を背けていた。

 それを気づかされ、私を知ってくれている人に、救われた。


「ところでその姿は……」

「あなたこそ、なんでここに?」

「それは天啓があったからだよ」

「天啓? ああ、そういえばあなた、聖人だったわね」


 女神の加護を直接受け、様々な恩恵を持つ存在。

 男性の場合は聖人、女性なら聖女。

 彼はその一人であり、女神の加護によって見えないものが見える目を持っている。

 彼の眼は、他人の魂が見えるらしい。

 そして天啓とは、女神様からのお告げだ。


「今日、ここで君を助ける。そういう天啓だった」

「……そう」


 意地悪なんて言ってごめんなさい。

 女神様は、ちゃんと私にも救いの手を差し伸べてくれたらしい。


「立てるか?」

「ごめんなさい。今は無理よ」

「そうか。じゃあ少し休憩しよう。あまり景色はよくないけどな」

「そうね」


 彼は私の隣に座る。

 

「十年ぶりか」

「ええ」

「随分と変わったな」

「それは皮肉?」


 私と彼は、十年前に知り合った。

 隣国の王族同士だったから、顔を合わせる機会は何度かあって。

 彼は私を見て、こういった。


 君、どうしてそんなに魂が綺麗なの?


 意味不明だった。

 彼がそういう力を持っていると知ったのは最近のことだ。

 けれどその日から、私たちはよく一緒に遊ぶようになった。

 短い時間だ。

 王族同士だから、頻回に会えるわけじゃない。

 でも、楽しかった。

 彼は私を王女としてではなく、一人の女の子として扱ってくれたから。


「何があったんだ? 君のその姿は……」

「面白い話じゃないわよ」

「面白さはいい。ただ、何があったのか教えてほしい。どうして君がここにいるのか」

「天啓は教えてくれなかったの?」

「天啓があったのは、ここに来れば君に会えるということだけだよ」

「大雑把なのね」


 もしも彼が無視していたら……今頃私は死んでいた。


「私は――」


 助けられたこと。

 そして、彼は友人だからこそ、話してもいいと思った。

 何があったのか。

 私がもう、女王には戻れないことを。


「そんなことが……! 今すぐに戻ればまだ間に合うかもしれない」

「レント?」

「僕も協力しよう。君が女王に戻れるように」

「……いいわよ、そんなこと」

「え?」

「私は女王に戻りたいなんて思っていないわ」


 呆気にとられる彼に、私は本心を伝えた。

 彼は尋ねてくる。


「その気はないって……それだけされて、復讐しようとも思わなかったのか?」

「面倒臭いじゃない」

「面倒って……」

「だってそうでしょう? 私の代わりをしてくれるなら嬉しい限りだわ。私はずっと、女王なんて地位は望んでいなかった。ただ……自分がしたいように、生きたかっただけなのに……」


 それはきっと我儘なのだろう。

 王族に生まれたなら、自由なんて許されない。

 彼も王族だから理解できるはずだ。


「じゃあ君は、これからどうするんだ?」

「そうね……女王じゃない私として、普通に生きて、普通に幸せになりたい……それだけ」

「普通に……か。難しいんじゃないのか?」

「そうね。自覚してる」


 たとえ女王でなくなっても、今の私に普通は難しいことだ。

 すでに母国には戻れない。

 誰でもない私は、どこへ行っても馴染めないだろう。

 加えて呪いと魔力……不安な要素が多すぎる。


「どこか山奥でひっそりと暮らすしかないわね」

「それで幸せ?」

「……どうかな。わからないけど……」


 幸せは人それぞれだ。

 やってみたら案外、幸せと感じるかも……。


「俺の国に来ないか?」

「え?」


 突然のお誘いに私はびっくりする。

 冗談かと思ったけど、彼は笑顔で、さらに真剣だった。


「君も知ってると思うけど、うちの状況はよろしくない」

「アルザード王国ね」


 事情は把握している。

 隣国のことだ。

 女王として耳に入っている。

 アルザード王国は今、国が三つに分かれていた。


「何とかしたいんだけど、中々うまくいかなくてね……そこで、君の知恵を借りたいんだよ」

「まさか私に、女王になれとでも?」

「いわないよ。ただちょっとだけ力を貸してほしい。その代わり、君の衣食住と安全は俺が保証する。やりたいことは、これから見つければいいだろ?」

「……確かに」


 そういう生き方も、ありかもしれない。

 誰ともわからない人を頼るより、私を知ってくれている人に頼るほうが安心できる。


「でもいいの? 面倒になるわよ」

「かもな? けどここで君を見送ったら、後悔すると思うんだ」

「後悔……」

「天啓にしたがってここへ来た。これは女神の導き……なら、出会いは運命だろう?」


 運命……。

 確かにその通りで、奇跡的な出会いだった。

 私は彼に救われた。

 その恩もある。


「仕方ないわね。恩もあるし、ちょっとくらいなら手伝ってあげるわよ」

「本当か?」

「代わりに、約束は守ってよね」

「もちろん、君の生活と安全は、この俺が保証しよう。女神に誓ってね」


 その誓いに嘘はない。

 私はため息をこぼし、少しだけ気持ちが軽くなった。


「それじゃ、いつまでもこんな場所にいられないな」

「え、ちょっ!」


 彼は私を抱きかかえた。

 お姫様を連れ出すように、少し強引に。


「行こうか。アリエル」

「もうアリエルじゃないわ」

「そう? なら新しい名前を考えよう」

「そうね」


 新しい名前か。

 自分で考えるのは面倒だし、彼に考えてもらうとしよう。

 第二の人生の、第二幕。

 そのスタートには、ちょうどいい。


 この運命から、私の新たな人生が始まった。 

【作者からのお願い】

最後まで読んで頂きありがとうございます!


ご好評につき、連載版をスタートしました!

同タイトルで連載します。

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締切詰まっている中で始めちゃったので、モチベ次第になります!

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― 新着の感想 ―
[一言]  続きが出来たら読ませていただきます。  感想での要望が多ければ、日之影さんのモチベーションが上がるかと思い書かせていただきました!
[良い点] 面白い [気になる点] 続きが気になる
[一言] 続きが気になります ぜひお願いしますm(_ _)m
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