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 舞ちゃんをお願いと母さんに頼まれてようやく、今回の件の難しさに気づいた。母さんが大聖者なことを俺は知っており、その大聖者に太陽叢強化訓練を教えてもらったことも俺は知っているが、舞ちゃんにとってそれらは未知のこと。この訓練がどんなに素晴らしくとも俺の教え方が悪いと、舞ちゃんに拒絶されてしまうかもしれないのだ。幸いこの1年で信頼をそこそこ得ているはずだけど、油断は禁物。ならばどう話を切り出し、どのような授業内容にしようか? と早速考えようとした自分を抑えて、俺は応えた。


「舞ちゃんの太陽叢強化訓練の件に最善を尽くし、信頼を得て、必ず成し遂げます」

「ん、よろしくね」


 母さんはニコニコし、俺の頭を撫でた。母さんがそれを俺一人のためではなく、舞ちゃんのためにもしていることを悟った俺は、黙って撫でられ続けるしかなかったのだった。


 そのあと再び母さんは、「他に質問はある?」と訊いてきた。何となく引っかかるモノがあり、母さんの双眸へ視線を向ける。「もうこの子ったら、母さんが美人だからってそんなに見つめちゃダメよ~」などと苦しい言い訳を始めた母さんに確信を抱いた俺は、眼力を意図的に強めてみせた。とたんにソワソワしだした母さんを今ここで守れるのは、俺しかいない。


「母さん、手を貸して」

「あら。どうしたの~」


 心から嬉しそうに両手を差し出してきた母さんはやはり、ほんの少しの寂しさを拭えずこの数万年を過ごしてきたのだろう。大聖者だろうと5万年以上生きていようと、そんなの関係ない。俺は母さんの両手を握り、ありったけの誠意を込めて語りかけた。


「俺を連れて行こうとしていた場所に行かなかったせいで、不都合な事態になっていたりしない? もしそうなら、俺はどんな事だってするよ。またそれが俺の取り越し苦労だったとしても、どこへ行こうとしていたかくらいはそろそろ教えて欲しいな」


 母さんの双眸から、涙がドッと溢れた。ヘタレの俺は通常なら、この状況に恐慌をきたしたに違いない。しかし創像界という特殊な次元だからか、それとも本物の親子になれたからなのかは定かでないが、


「母さんそれ半分、嘘泣きだよね」


 と、俺は看破できたのである。

 それからは正直、大変だった。俺の手を振り払って俺に抱きつこうとする母さんと、それを阻止すべく決して手を離そうとしない俺の、熾烈な攻防が続いたのだ。


「は、半分本物ならいいじゃない!」「そりゃ本物の分はいいけど、もう半分の嘘泣きの理由を知らない限り、抱きつかれるのを俺は拒否するよ」「なんて無慈悲なの! 母さんは翔をそんな無慈悲な子に育てた覚えはありません!」「あ~はいはい。そうやって誤魔化している限り、時間が無駄に過ぎるだけだね~」「い、いいから手を離しなさいよ!」「へん、やなこったい」「ムキ~!」「おや、この世界には猿がいるのかな?」「ムッキッキ~~!!」


 なんて感じに最後はコントになったけど、母さんは結局降参して洗いざらい白状した。それによると俺が行くはずだったのは、地球出身のひ孫弟子候補を集めた勉強会だったらしい。地球はオカルトと宗教とスピリチュアリズムによる間違いだらけの神秘学が横行しているため、一旦それを白紙に戻さないと、ひ孫弟子の教育に支障をきたすそうなのである。元重度の中二病患者を自称する俺は、「オカルトと宗教とスピリチュアリズムによる間違いだらけの神秘学」の箇所に諸手を上げて賛同したのち、感涙にむせび泣いた。ああこれでやっと正しい神秘学を学べる母さんありがとうと、涙とともに感謝したのだ。そんな俺を母さんも自分のことのように喜んでくれて、その時点では抱きつかれることを前向きに考えていたのだけど、それは長く続かなかった。長く続かなかった理由は、これだ。


「翔とこうして過ごす時間は、この上ない癒しになるの。だから勉強会ではなく今後も私が直接教えたいな、抜け道を見つけられないかなって、そればかりを考えてしまってね。そんなふうになったことが強いて言えば、不都合な事態なのよ」


 抜け道という語彙が使われていることから、勉強会に通うのが正規の手順と推察される。そこには相応な理由があるに違いなく、母さんもそれを熟知しているはずなのに、抜け道を探さずにはいられなくなってしまった。このような二律背反は俺のような凡人にはただの日常でも、大聖者にとっては問題あるのだろう。

 というアレコレを俺如きにほじくり返されるのは母さんにとって苦痛かつ面倒と思われるが、「俺にも状況を把握させてよ」と請い、質問させてもらった。


「大聖者には休日や、余暇を楽しむ時間はないの?」「それがねえ、私達って基本的に疲れないの。仕事も充実しているから、仕事がらみのストレスもないわね」「肉体でいても、睡眠さえ取らないってこと?」「瞑想を1時間すれば、23時間快適かつ活発に活動できるの。その1時間が、睡眠と言えなくないかな」「むむ、良い情報を仕入れたけどそれは後にして、勉強会に出席している人達の年齢や人数を知りたいな。俺の学友になるかもしれない人達だからさ」「確かにそうね。最年少は翔、最年長は100歳ちょっと、全員出席したら20人くらいかしら。授業は講義形式だけど、テストや単位はない。ひ孫弟子の正規の講義に支障なくなったと判断されたら、その時が卒業。月一回の出席で十年近くが一応の目安だけど、人によってまちまちね」「ひ孫弟子とかの弟子になっても、戦士を目指したり戦士になれたりするのかな」「私達は各自の自由を尊重するから、もちろんなれるわ。弟子ではなくなったら、つまり聖者以上になったら無理だけどね」「理由を訊いてもいい?」「むむむ・・・」


 母さんは暫く考えたのち「今はさわり程度すら無理みたい」と、舌先をちょこんと出してはにかんだ。年上美女の可愛い仕草の破壊力は半端ないな! と内心感嘆したのはバレバレだろうがせめて揶揄を回避すべく、質問を続けた。


「俺は月一回ぜひ出席したいけど、訓練に支障が出たりするかな?」「健康スキルが神話級だろうと、睡眠時間の確保だけは忘れないで。そうすれば訓練と講義の両立は、難しくないと思うわ」「了解。あと講師の先生は、どんな人なのかな」「ふふふ、それはナイショ」「なっ、ナイショなの?!」「ええそうよ。翔だって母さんの可愛い仕草に・・・・」「つ、次の質問はですね!」


 悪あがきで質問を続けようとするも、それはなされなかった。母さんが俺の左肩を抱き、自分に抱き寄せたからだ。いかに母さんが飛び抜けたメリハリボディを有していようと、この程度なら例の物に体が触れて困ることは無い。だから落ち着いていたら、母さんは左手で俺の左肩をポンポンして、頭をこちらにコテンと倒した。何となく俺も頭をコテンとすると、ほのかな花の香りに包まれた。夢心地になっているうち、自然とアクビが漏れる。母さんが子守唄を謳うように、俺に話しかけた。


「翔、年に数度でいから、こうしておしゃべりしましょう。様々な年齢の人達が出席する勉強会でこそ得られる学びを息子から奪おうとした、ダメな母親でごめんなさい」


 母さんはこれっぽっちもダメじゃない、完璧で最高の母さんだよ。

 そう辛うじて伝えられたのが、今日の最後の記憶となったのだった。

「地球はオカルトと宗教とスピリチュアリズムによる間違いだらけの神秘学が横行しているため、一旦それを白紙に戻さないと、ひ孫弟子の教育に支障をきたす」


滂沱の涙・・・・( ;∀;)

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