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「翔は、鞘が開閉する仕組みを知ってる?」


 母さんに問われた。知らないよ、と首を横に振ってようやく、創像そうぞう界の仕組みを一つ理解した。それは創像界では、無意識も創造の対象になるという事。無意識下で行われた鞘の自動開閉が、その証拠と言えよう。鞘が開閉する仕組みを俺は微塵も知らないのに、普段とまったく変わらず鞘は自動で開閉したからね。

 とここまで考えたとき、


「あれ?」


 俺は首を傾げた。知らず知らずのうちに戦闘服を着ていたのは、無意識で解決した。訓練場に立っている自分を認識した瞬間、戦闘服を着ている自分を無意識に考えたから、戦闘服が創造されたのである。でも、それだけだろうか? 俺が創造したのは、戦闘服だけだろうか? ひょっとして俺はこの体も・・・・・

 

「母さんあの、今から試しに俺の右手を消してみます。意図的にすることですから、どうか驚かないでくださいね」


 それは母を心配させたくないという、息子として当然の願いだったのだけど、どうやら俺は大失敗したらしい。顔をパッと輝かせた母さんが、俺をギュウギュウ抱き締めたのだ。


「私を心配してくれたのね! 母さん嬉しいわ~~」


 なんて感じに心底喜んでもらえたのは嬉しいけど、それでもやはり大失敗と言うしかない。理由は、母さんが美人過ぎることにある。端的に言うとこの母は、スタイルも良すぎるんだね。むむう・・・・

 ただこの状況を『創像界における自分の体の創造の実践』と瞬時に捉えたのは、自分を褒めていいだろう。俺は聴覚以外の感覚を閉じた自分を創造し、スタイルの良すぎる母さんのアレコレを意識しないことに成功したのだ。母さんもそれにすぐ気づき、するとなぜか非常に感謝された。その感謝に悲しみの気配を感じ、「どうしたの?」と尋ねてみる。母さんは俺を、海に放り出された人が浮き輪にすがるように抱き締めながら、大聖者兼マザーコンピューターならではの寂寥について打ち明けていった。

 それによると母さんは、誰にも心配してもらえない数万年を生きているという。大聖者の母さんには沢山の直弟子と、もっと沢山の孫弟子と、超沢山のひ孫弟子がいるそうだけど、その人達は母さんに絶対的な信頼を寄せる余り、母さんを案じることが無い。それはマザーコンピューターとしての自分も同じで、美雪や冴子ちゃんのように全てのAIは自分を慕い好きでいてくれても、スペックが違いすぎるからか案じるという感覚をみんな持たないそうなのである。そんな生活を数万年も続けていたら、寂しくならない方がおかしい。俺はそう、心から思ったのだ。

 という感想を正直に伝えたところ、「ありがとう~」と母さんは嘘泣きではない涙を流していた。前世と今生を合わせ、親孝行を初めてしたような気が胸にせり上がってくる。だから俺も泣いたはずだけど、触覚を閉じていたためそれも定かでない俺なのだった。


 その後、落ち着きを取り戻した母さんに教えてもらったところによると、無意識に体を創造したという俺の見解は当たっていた。意識投射は厳密に説明すると、意識の焦点を体外へ『ずらす』ことらしい。つまり意識だけが外に出るのだけど、人にとって体はあって当たり前なため無意識に自分の体を想像し、それが創造に繋がるのだそうだ。

 また母さんによると、理論思考の得意な人は意識投射が不得意な、ゆるやかな傾向があるという。実を言うと前世の俺は、意識投射の訓練を数十年続けたのに最後までできず仕舞いだった。かといって理論思考という事もなく、まあ俺のことだから残念人間の一言で済ませられると思っていたのだけど、想定外の言葉がすぐ近くから降り注いだ。


「前世の翔も理論思考が得意な、優秀な頭脳の持ち主だったわよ」


 にわかには信じられないが、母さんが嘘を言うはずない。けどそれは後で考えるとして、今日の意識投射について尋ねたら、難解な説明がまたもやすぐ近くから返ってきた。


「輝力の防風壁を形成するには、輝力に含まれる力の一つの源命力げんめいりょくを用いねばならないの。7歳の試験前に予想されていた、苦しみの日々を翔が過ごしていたら、源命力に目覚めるのは数年後だったと思う。でも今の孤児院で素晴らしい一年間を過ごし、長足の成長を遂げた翔は今日の試験で源命力をまあまあ使いこなしていたから、そろそろ可能かなって思ってね。夢に入ってみたら案の定、私の創ったこの世界にこうして連れて来られたのよ」

「えっとつまり、母さんがこの世界を創ったように、人は現実と勘違いする程の世界を無意識に創れるってことですか?」

「ええそうよ。私の創った私と息子だけがいる、この世界のようにね~~」


 息子という語彙を使い誤魔化そうとしているのがみえみえだが、最後の「ようにね~~」がビブラートのように聞こえたことから、母さんは俺の頭に頬ずりしたと推測される。かつ衣擦れの音が右耳に隣接する場所で聞こえるため、母さんは今も俺を抱きしめているのだろう。寂しさを紛らわせる役に立てたのは、確かに嬉しい。だが同時に、時間が気になっているのも事実。この世界で母さんを初めて見かけて駆け寄ったとき、母さんは俺の手を取りどこかへ連れて行こうとした。でも俺が泣いてしまったのでそれは中断され、そして今もその中断は継続しているのだ。ここは母さんのためにも、俺の方から切り出すべきなのだろう。俺は覚悟を決めて、母さんに語り掛けようとした。のだけど、


「ちょっと待ってね」


 の声とともに、右耳から衣擦れの音が遠ざかっていった。続いて座っている位置を変えている音が聞こえてきて、何をしているのだろうと首を傾げていたら、左耳のすぐ近くから思いもよらぬ音が聞こえてきた。ヤバい、また泣いてしまうと必死で抵抗した俺の頭頂辺りから、母さんの声が降り注いだ。


「翔の触覚をちょっといじって、温度だけ感じるようにするね。これは私の、感謝の印。母さんはこれくらいしかしてあげられないの。ごめんね、翔」


 左耳のすぐ近くから聞こえてきたのは、心臓が鼓動する音。その音に、温かな体温が加わる。母さんは俺を、心臓の音と温もりで包んでくれたのだ。

 必死の抵抗もむなしく涙腺が決壊するのを、俺ははっきり感じたのだった。


 泣いている最中に初めて知ったのだけど、前世と今生の二回に渡って両親がいなかったことは、俺の心に深い傷を負わせていた。傷は比喩ではなく、かと言って心に亀裂が入っていたという訳でもない。ただ創像界という特殊な次元にいるからか、俺はその心の傷を視覚で明瞭に捉えることができた。心の一部が、痛みを伴う波長に侵食されていたのである。その侵食部分へ、母さんの心臓の音と温もりが染みていく。染みるにつれ、痛みを伴う波長が中和され、消滅していく。中和はどんどん進み、遂に侵食部分のすべてが綺麗さっぱり消え失せた。消え失せるとともに抵抗も消えたのだろう、鼓動と温もりが俺の心の隅々に行き渡ってゆく。それを介し、知った。ああこれが、親の愛情を感じ取った赤子の気持ちなのだと。

 それを心ゆくまで味わい、俺は母さんから身を離した。不思議というか不思議では無いというか、体の感覚がなくても体を完璧に制御できたのだ。座る位置も左へずらし、元の距離感に戻してから、閉ざしていた感覚を元に戻した。右隣を見上げた先に、母さんの笑顔がある。想いがふと、口をついた。


「母さんのお陰で、母親を追い求める幼い俺を卒業できたよ。今の俺は思春期くらいだと思うから、過度な接触はもう控えてね」

「えっとつまり、母さんがこの世界を創ったように、人は現実と勘違いする程の世界を無意識に創れるってことですか?」


上記を理解していないと、以下のような人達が現れてしまいます。


「幽体離脱で実際に見たから死後の世界はこうなっている。私が正しい!」

「臨死体験で実際に見て来たから過去のコレの真相はこうだ。私が正しい!」

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