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七章 準四次元の初授業、1

「母さん、本当にごめんなさい」

「ううん、考え足らずだったのは私。翔がこれほど、母さんを好きだったとはねえ」


 横並びに座る母さんはそう言って、俺の頭をワシャワシャ撫でた。これほど好きだったの箇所に反論しようにも的確すぎて反論できなかったのに、こんなふうに愛情たっぷり撫でてもらったら、抵抗の演技すら不可能になるというもの。手だけを実体化して頭をワシャワシャされたことは幾度かあったけど、体全部を実体化した今のワシャワシャは、やはり一味も二味も違ったのだ。といっても俺と母さんのいるここは、三次元物質界ではないんだけどね。


 ここが物質世界ではないと知ったのは、つい数分前のこと。全てを忘れて泣いていた時は忘れていたため仕方なかったにせよ、我に返ったとたん恥ずかしさと申し訳なさの大津波に襲われた俺は、母さんから咄嗟に身を離した。そんな俺に母さんは、「翔の気持ちも解るけどあんなに勢いよく離れられたら傷ついちゃうじゃない」と演技丸出しで文句を垂れ、俺はそれに平謝りした。幸いそれは十数秒で終わったので話題変更も兼ね、「今更ですがここはどこなのですか?」と問うたところ、「ヒントを出すわ」と母さんはニッコリ微笑んだ。その直後、


 ポン♪


 と小気味よい音をたて、レジャーシートが空中にいきなり出現したのだ。そのレジャーシートが、あたかもフワリフワリの見本のように空中を漂い、地面に敷かれる。母さんはその上に腰を下ろし、次いで「立ってないで座りなさい」と自分の隣をポンポン叩いた。言われたとおり腰を下ろし、右隣の母さんを見上げる。50センチ離れて立っていた時は天頂へ目をやるつもりで頭を後ろに傾けたものだが、隣に座ると首の傾斜はほんの少しで済んでしまう。スーパーモデルどころではないほど、母さんの脚は長いのだ。いや脚のみならず顔を含む容姿すべてが、人とは到底思えないクオリティなんだよなあ。なんてことを考えていたら「母親だからって女性を見つめすぎよ」と、左右の頬をつままれてしまった。「ヒエエ、そんなつもりじゃなくて!」「あら、そんなつもりって、どんなつもり?」「ヒッ、ヒエエ~~」「アハハハ~~」 などとワイワイやっていたら、母さんに再び抱き寄せられてしまったのである。ここに至りようやく、一瞬たりとも気を抜けないことに気づいた俺は、ほのかな花の香りや温かさや柔らかさ等々を胸中号泣しつつ意識の外へ追いやり、レジャーシートの何がヒントなのかを必死で考えた。幸運にも短時間で思い付けた候補を、活舌に注意しつつ発表した。


「ひょっとして、俺の夢の中とか?」


 小気味よい音とともにレジャーシートが空中に突如出現し、見本のようにフワフワ漂って地面に敷かれる。この現象の合理的な説明は、「母さんが意図的にそれをした」になると思われる。大聖者の母さんは物質世界でもそれを容易くするに違いないが、寝ていたはずの俺がここにいることを加味すると、「俺の夢の中に母さんがやって来た」というのが最も自然な気がしたんだね。すると、


「まったくこの子は、説明に一番時間がかかる定番中の定番の返答を、してくるんだから」


 母さんは何が嬉しいのか、俺の左右の頬を盛んにつんつんし始めた。いかに意味不明だろうと、頬をつんつんされて俺が喜ばない訳がない。レジャーシートが破れるほど俺は尻尾を振り、そんな俺に母さんはクスクス笑いながら、指で空中に『創像そうぞう』という文字を書いた。


「アトランティス星では四次元を、創像そうぞう界と呼んでいるの。翔、準四次元の二つの性質を、覚えている?」

「距離が有って無いことと、物質の形の土台があることの、二つですよね」

「む、ここで撫でたら話が中断してしまうから我慢しなきゃ。とにかく、その二つで正解。そして今日はその二つに、性質をもう一つ加えましょう。それは、想像と同時に創造されるということ。こんなレジャーシートをこんなふうに出現させ、こんなふうに漂わせて地面に敷く。それを思い描くと同時にそれが創造されるのが、準四次元及び四次元の性質なのよ」

「ってことは、ここは夢ではなく準四次元なんですね!」

「そうそれが、説明に時間を最も要することね。翔は地球にいたころ、夢を見ている最中に幽体離脱した人の体験談を、瞳を輝かせて読んでいたわよね」


 はいそうですと答えた俺に母さんが語ったところによると、夢で幽体離脱を、言い換えると意識投射をする人は意外と多いそうだ。本人は夢と思っているため記憶に残らないことも多々あり、また多々あることは他にもあって、それは「意識投射中の自分を他者に見られる」との事らしい。つまりどういう事かと言うと!


「どわっ! それを『お化けに遭遇した体験』って誤解している人が、多々いるって事ですか?!」

「そうなの、多々いるのよ」

「ヨッシャ――ッ!」


 地球時代の謎の一つが解明されてガッツポーズをした俺を、母さんは更に喜ばせた。防犯用のデジタルカメラには可視光外の光を捉える機種があり、意識投射中の人がたまたまその波長にいると、映像に残ることがあるのだそうだ。つまりどういう事かと言うと!!


「どわっ! それを『お化けを捉えた防犯カメラの映像』ってネットに上げる人が、いるんですね!」

「ええ、いるわね」

「ッシャャ――ッッ!!」


 心霊写真や心霊動画が大好きだった俺は吠えずにはいられなかったが、隣にいるのは母さん。大聖者の時間を奪ってはならないと自分に言い聞かせ、吠えるのは一度に留めて姿勢を正した。


「翔」「はい、母さん」「バカな子ほど可愛いって言うでしょ、もっとハメを外してもいいのよ」「実体化した母さんと今こうして横並びに座っているだけで、ハメを外すほど嬉しいので十分ですよ」「ふふふ、ありがとう。そうそう、実体化ね」 


 実体化という語彙に何かを思い出したのか母さんは俺に、自分の体を触ってみなさいと言った。素直に従うも、何の変哲もないいつもの俺だった。しかし母さんがそう言うのだから重要な教えのヒントがあるに違いなく、目を凝らして体中をペタペタしていたら、気づいた。下着姿で寝ていたのに、なぜ俺は戦闘服を着ているのだろう?

 ピンと来て、創像そうぞう界について説明した母さんの言葉を思い出してみる。えっと、想像と同時に創造されるんだったよな。じゃあこの戦闘服も、俺が創造したのかな? でもこの訓練場に一人で突っ立っていた時点で、既に戦闘服を着ていたように感じる。ならばそれはひとまず置いて、白薙を創造できるか試してみよう。

 体中をペタペタしたさい、白薙を背負っていないのは確認済。その背に、白薙がある感覚を思い出していく。5年の付き合いに助けられ瞬きする間もなくありありと思い出すことができ、するとその途端、背中にさやが当たっている感触を覚えた。こうなったらもう、試してみようと思う必要すらない。普段どおり右肩の後ろに伸ばした右手が、これまた普段どおり白薙のつかを握った。と同時に、鞘の割れる感覚がしたので白薙を抜いて・・・・いや、母さんがすぐ隣にいて危ないから抜くのはよそう。そう考え白薙を鞘に押し付け、割れた鞘が元に戻ったのを背中で確認してから、柄を握っていた右手を離した。視線を感じたので目をやると、母さんがニコニコ顔で俺を見つめていた。ああ本当に、母さんの隣で白薙を抜かなくて良かった。たとえ1兆分の1未満だろうと、危険があるなら止めて正解だったのである。俺は自分の判断に満足し、母さんに負けずニコニコしていたら、


「翔は、鞘が開閉する機械的な仕組みを知ってる?」

想像するや創造されることを、想像即創造と私はしばしば表現します。


そしてあくまで私の知っている範囲ですが、想像即創造を理解したうえで幽体離脱体験や臨死体験を紹介および解説している人を、私はネットで一度も見たことがありません。


ショックを受ける人や怒りを覚える人が大勢いるでしょうが、それが現実ですね。

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