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先陣を切るのが苦手という箇所で、舞ちゃんは平静を半分取り戻した。虎鉄に優しく挨拶してくれたの箇所は舞ちゃんの表情を柔和にしたけど、それは虎鉄のお陰であって俺の功績ではない。俺は油断せず先を続けた。
「食後の後片付けを男子達で始めようとした時、手伝うことを申し出てくれたのは舞ちゃんだった。健康増進の勉強会で最前列に座り、最も熱心に参加してくれたのも舞ちゃんだった。その後も同種のことが続いたから、俺はずっと思っていたんだよ。先陣を切るのが苦手な面が、舞ちゃんにはあるのかもしれない。でもたとえあったとしても、舞ちゃんは準筆頭の役目を受け入れて日々を過ごしている。舞ちゃんが努力家なのも、日々の訓練を見れば明白だ。だから舞ちゃんは大変な努力を人知れず行い、この一年を過ごしてきたんだろうなって、俺は思ってたんだ」
舞ちゃんは平静を粗方取り戻したが、お気に召さない事もあったらしい。準筆頭の役目を受け入れて日々を過ごしている、の箇所がそれだ。しかも俺には到底うかがえない、乙女心への無理解を悲しむ表情を舞ちゃんがチラリとしたため、ヘタレな俺は内心ビビリまくっていた。幸い母さんが「気にせずそのまま続けなさい」とのテレパシー送ってくれて、ホント言うとそのテレパシーは溜息まじりに送られてきたのでそっちも気になるのだけどそれは脇に置いて、助言に従いこのまま押し切ることにした。
「けど俺は、基本的にダメ人間でね。俺は自分のことしか考えず、筆頭の責任を舞ちゃんに押しつけてしまった。舞ちゃんにとったら、一年間の努力が更なる重責を招いたことになるって、俺は見落としていたんだよ。舞ちゃん、俺の考え足らずだった。ごめんね」
この謝罪に打算は一切ない。舞ちゃんは心の中で、この一年間の努力を後悔したかもしれない。努力したせいで筆頭という先陣を切る役になってしまったと、悔やんだかもしれない。それが努力家の舞ちゃんの人生に、努力への忌避という影を落とすかもしれない。その可能性に気づいた俺にできるのは、誠心誠意謝ることしか無かったのである。
対する舞ちゃんは、俺が基本的にダメ人間なのとは真逆の、基本的に良い人だった。先頭に立つのが本当は大の苦手なことを舞ちゃんは認めた上で、必死に努力したこの一年に後悔を少し感じたと、俺に打ち明けてくれたのである。ただ涙の理由は他にもあるらしく、けどそれについては「ないしょ!」と明るく微笑んだ事もあり、ないしょのままにしておくのが最善と俺は判断した。けどまあそれは、後で考えるべきこと。舞ちゃんが明るく微笑んだ今を、決して逃してはならないのだ。俺はヘタレな自分に鞭を打ち、堂々と語り掛けた。
「舞ちゃん、俺は今回の件で重大な見落としに気づいた。闇人との戦争の日付は、一週間単位で予測可能だよね。よって戦士は自分の体調が最高になる一週間と、戦争が予想される一週間をピッタリ合わせなければならない。その実践訓練の一つが、順位試験のような気がする。毎年決まった日に行われる順位試験に最高の自分で挑めるよう、長期計画を立てていなければならなかったんだ。それへの見落としが、ゴブリンを強化する日に試験日が重なるという失敗を招いてしまったって、今やっと気づくことが出来たよ。俺は同じ過ちを繰り返さず、来年の試験に最高の自分で挑む。その最高の自分には、もちろん努力も含まれる。健康スキル持ちの俺が本気の努力をするって、ここで誓うよ。だから舞ちゃんも安心して一年間努力して・・・・そうだ! 今回のお詫びに舞ちゃんにだけ、俺の健康スキルに関する秘密を教えちゃうね」
舞ちゃんも安心して一年間努力して、の箇所までに舞ちゃんは完全復活していた。それに安堵したお陰で「舞ちゃんにだけ秘密を教えちゃう」という案を思い付けたのに、母さんと冴子ちゃんが盛大な溜息をついている気がなぜか強烈にした。それへの疑問もさることながら、母さんの隣に冴子ちゃんはいても美雪がいないことが気になったけど、
『舞さんの耳元で教えてあげなさい』
と美雪がテレパシーを送ってきたためそれをする事にした。顔を輝かせている舞ちゃんの耳に口を寄せ、「健康スキルの等級は神話級なんだ」と囁く。神話級がしっかり伝わったのだろう、舞ちゃんは目が零れるほど瞠目し、「エエエッッッ!!!」と驚愕していた。俺はそれに満足しかけたがその間も無く、
「「「「俺にも教えろ――ッッ!!」」」」
周囲の子猿共が俺を羽交い絞めにしやがったのである。秘密を知りたい気持ちは十分解っても、それは不可能。不可能な理由を女の子たちは子猿共より理解しているのだろう、彼女達は舞ちゃんに「良かったね!」「おめでとう!」系の言葉をひっきりなしに掛けていた。白状すると何がおめでとうなのかホントは意味不明だったのだけど、舞ちゃんがとても幸せそうにしているので、それを後押しする返答を子猿共にした。
「ふふん、教える訳ないじゃんか。これは俺と舞ちゃんだけの、秘密なんだよ」
それからの数分間は、ハテナマークを量産するだけの時間になった。子猿共は「熱い熱い」を繰り返し、女子は女子で盛大にキャイキャイ始めるという、心底意味不明の数分間が続いたのである。鈴姉さんだけはそんな俺に同情の眼差しを向け、かつ手元に指向性2Dを送ってくれた。そこには孤児院の責任者として俺の健康スキルの等級を母さんに教えられていたことと、「前の孤児院の男子にも教えていたんじゃない?」との問いが書かれていた。ヤバイ忘れてたと頭を抱えた俺に「女の子では最初ってことを強調すればOK」とアドバイスしてくれた鈴姉さんには、感謝しかない。頃合いを計りパンパンと手を叩き、新順位発表会を早急に終わらせてくれたとくれば尚更だ。俺は心の中で鈴姉さんに手を合わせて、食堂を後にした。
――――――
その日は普段より10分早くベッドに潜り込んだ。今夜はいつにも増して熟睡するよう、母さんに言われていたからだ。みんな俺の早寝に慣れっこな事もあり誰にも邪魔されず、消灯40分前の就寝を俺は果たした。
ふと気づくと、訓練場に立っていた。ハテナマークを二つ三つ生産するも、気持ちを静めて辺りを見渡していく。うららかな春の日差しが燦々と降り注ぐ、慣れ親しんだ訓練場が周囲に広がっていた。それは春の日の訓練場に他ならないのだけど、
「あれ?」
ハテナマークを浮かべるだけでは足らなくなり、そう声に出して首を傾げた。続いて、記憶を懸命に探ってゆく。えっと俺は今、寝ているんじゃなかったっけ・・・・
「ふふふ、驚いた?」
母さんの声が後方から届いた。振り返り母さんを視界に捉えるや一目散に駆け寄っていき、50センチちょい手前で止まる。その頃には、母さんにこうも素早く駆け寄った訳を理解できていた。だって母さん、3Dの虚像じゃないんだもん。
「翔、あなたを案内したい場所があるの。ついていらっしゃい」
母さんが俺に手を差し出す。その手を取った俺は、我慢できず泣いてしまった。「大切な時間を無駄にしちゃってごめんなさい」 声に出してそう謝りたかったのに、涙を止められずどうしてもそれを言えなかった。母さんは地に膝を付き、そんな俺を抱きしめる。
前世であれほど憧れた、母と呼べる人に抱きしめてもらった俺は、全てを忘れて泣き続けたのだった。




