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結果を述べると、俺は10連勝した。前後に配置した流線型の防風壁が、想定以上の仕事をしてくれたのである。ただ試験とは無関係なのだけど、想定外のこともあった。それは鈴姉さんを加えた100人全員が、俺の最後の挑戦を見ていたこと。しかも鈴姉さんは母さんに聞いたらしく、2.7倍ゴブリンではなく2.8倍ゴブリンに俺が挑戦した経緯も、皆に話していたのだ。それもあり10連勝した俺へ、拍手と歓声をみんな盛大に送ってくれた。なんつうかもう、嬉しくて気絶しそうだった。
それから30分経った、午後6時半。予想だにしなかった豪華夕食会が始まった。再三の繰り返しになるけど、順位試験を今日初めて受けた俺は、試験後は豪華夕食を堪能できるって知らなかったんだね。俺達は大いに食べ、大いに語り合って夕食を楽しんだ。そして食事を終えた5分後の午後7時、食堂に全員が再び集まる。シンと静まった食堂に、鈴姉さんの声が響いた。
「これより、新たな戦闘順位を発表する。だがその前に、皆に映像を見てもらう。本来これは、戦士のみが視聴可能な映像だ。しかし映像の一部に限り、皆が視聴できるようこの星のマザーコンピューターが特例で許可してくれた。全員、心して見るように」
母さんありがとう、と胸の中でお礼を述べると同時に照明が落ち、食堂の北の壁いっぱいに映像が映し出された。『闇族と戦争を開始して1000年、人類滅亡が最も間近に迫った日』 というタイトルのそれは冴子ちゃんが話してくれた、第一太団長と闇王の一騎打ちの映像だった。闇王はぼかされ直視できないにもかかわらず、一騎打ちの様子が浮かび上がるや、背中に冷水を浴びせられたかのように体が震え始めた。武者震いではないそれは、恐怖の震え。映像だろうとぼかされていようと根源的な恐怖に襲われ、体の震えが止まらなくなってしまったのである。それは皆に共通し、食堂内のその現状を認識するなり俺は叫んでいた。
「輝力は闇人の恐怖を遠ざける。みんな、心身を輝力で満たそう!」
俺の呼びかけに、101号室と201号室の19人が「「「「了解!」」」」と応えた。続いて方々から承諾の声が返され、10秒後には震えている子は一人もいなくなっていた。鈴姉さんの「うむ、さすがは戦士の卵だ」との誇らしげな声が皆の耳に届く。輝力に加えて誇りにも満たされた皆へ、鈴姉さんは語りかけた。
「知ってのとおり900年前の第十次戦争において、勇者パーティーは闇王に敗北した。闇王と戦える強者で生き残っていたのは、第一太団長ただ一人だった。ここまでは周知されているが、これ以降は戦士にのみ明かされる機密だ。その一騎打ちの最中、太団長は未知のスキルを獲得し、人類史上最速の戦闘を繰り広げ、闇王を見事打ち破った。だが致命傷を負っていた太団長の救助は間に合わず、未知のスキルの詳細を人類は未だ知れずにいる。しかしスキルは知れずとも、人類は偉大なことを学んだ。それは、人類を滅亡の縁から救ったのは、新スキルを獲得する挑戦心だったということだ。この学びを活かすべく、また第十一次戦争への布石も兼ね、戦士の卵たちの新スキル獲得を奨励する試みがなされたが、それは失敗に終わった。未熟さ故に、挑戦と無謀を混同する若者が続出したのだ。順位試験や戦士試験で無謀な試みをして、実力を発揮できなかった者が大勢いたのだよ。これを受け、新スキル獲得を奨励する表向きの試みは破棄されたが、未公表の試みは継続されることになった。それは順位試験や戦士試験の最中に新スキルを獲得した者への、加点だ。今回の試験では、翔がその対象となった。が、あることが問題視され、翔への加点は見送ることになった。問題視されたのは、順位試験を翔が今回初めて受けたということ。仮にこれが四回目だったら、前の三回と比べることで今回のスキル獲得を挑戦による成果と認められたに違いない。しかし比較対象がないため、挑戦と無謀の区別は不可能とマザーコンピューターは判断したのだ。翔、これは決定だ。承服してくれ」
「はい、承服します。お手数かけました」
母さんの決定に、異論などある訳がない。俺は心からそう述べ、また母さんにもテレパシーでそう伝えた。鈴姉さんと俺のやり取りを母さんが直接見ているって、勘が熱弁していたんだね。それはもちろん当たっており感謝のテレパシーがすぐ返信されてきて、見守られている気がして俺はニコニコになった。だが続けて送られてきた、
『今夜はいつにも増して熟睡するのよ』
には正直困った。意味が分からず疑問顔を浮かべてしまいそうになり、『今ここで疑問顔になったら不満顔って誤解されちゃうじゃないですか!』『アハハ、ゴメンごめん』なんてテレパシー会話を、母さんとしたものだった。
ま、続きは寝る前にでもすることにして。
「翔、ついでに許してもらいたい事がある。翔が昨日まで戦っていたゴブリンを今日の試験に選んでいたら順位がどうなっていたかを、ここで発表したいんだ。許してくれないだろうか」
「もちろん許します。なんでもジャンジャン言っちゃってください」
食堂の方々から「太っ腹~~」系の声を掛けてもらったので、「どーもどーも」とおどけて返した。湧き起った笑いに乗っかり誰かが「新スキル獲得を認められていた場合の順位も発表してください」と頼んだところ、鈴姉さんは快諾した。
「よし、ついでにそれも暴露しよう。なんでもジャンジャン言ってくださいという、翔の言質も取っているしな」
「「「「ヒャッハ―――ッッ!!」」」」
食堂にいるほぼ全員が、跳び上がって喜んでいる。えっとみんな、暴露話が楽しいのは同意だけど、跳び上がってまで喜ぶことなのでしょうか? という暴露される側の当惑などそっちのけ、鈴姉さんはジャンジャン暴露した。
「昨日まで戦っていたゴブリンと今日も戦っていたら、断トツの成績で翔は筆頭だった。新スキル獲得を認められていた場合は断トツではないにせよ、順当な成績で筆頭だった。ちなみにマザーコンピューターによると、仮に翔が4歳と5歳と6歳の順位試験を受けていたら、すべてぶっちぎりの100位だったらしい。三大有用スキルを一つも持っていなかった翔はそれを獲得すべく、単調な基礎訓練を3年間愚直に続けた。それが実り三つとも獲得したとたん、6歳から7歳のたった1年で戦闘順位を610万近く上げたのだそうだ。『こんな変人は私も初めて』と、マザーコンピューターは言っていたな」
「へ、変人? 俺って変人なんですか??」
「うむ、私が保証しよう。翔は類まれなる、生粋の変人だ!」
「ヒッ、ヒエエエ~~」
「「「「ギャハハハハ―――ッッッ!!!」」」」
類まれなる大爆笑が食堂に発生した。誰もかれもが、腹を抱えて笑い転げている。生粋の変人と保証されたときは極度に困惑したけど、こうも皆に楽しんでもらえたのだから、収支は大黒字だな! てな具合に嬉しくて仕方なくなった俺は皆と一緒になって、腹を抱えて笑い転げていた。
というアレコレを経て、新たな順位が発表された。といっても順位に沿って名前が呼ばれるなんてことは無く、各々の手元に本人にのみ見える指向性2Dが映し出されただけだった。それへ視線を落とした俺の目に、2位という文字が映る。大きな大きな、安堵の息が口から洩れた。正直、心底ホッとした。俺の生来のキャラは、集団の後ろで目立たずニコニコ微笑んでいる、ただのモブ。これでやっと普通に過ごせる、筆頭などという分不相応な役から解放されたぞと、俺は安堵したのだ。
そんな俺の胸中を正確に汲んでくれる仲間達に囲まれているのは、疑いなく幸せなこと。隣の奴が「翔、肩の荷が下りたようだな」と俺の背中を叩いたのを皮切りに、「お疲れ様」系のいたわりの言葉を次々掛けてもらえた。素直に嬉しくて開けっぴろげに笑ったところなぜか大ウケし、子猿共がやいのやいのやり始める。言うまでもなく俺もそこに含まれ、ただの子猿になってはしゃいでいたのだけど、
「・・・おい、翔」
との小声が鼓膜を突如震わせた。それは音量をかなり落とした小声だったにも関わらず、深刻な気配がギンギンしたからだろう、子猿たち全員の耳に届いたらしい。9匹の猿共が一斉に、しかしおそるおそる声の主に視線を向けると、そいつは201号室の女子達のいる方角を極々控えめに指さした。そいつも加わった10匹の猿が、前にも増しておそるおそる指さされた方へ顔を向ける。そこにいたのは、顔を両手で覆い泣いている舞ちゃんだった。その丸まった背中と強張った肩から、つらい想いをしているのがひしひしと伝わってくる。そのとたん自分でも分からないのだが俺は立ち上がり、すると舞ちゃんの右隣にいた女子二人も、満足げに頷いて立ち上がった。その二人が、俺の左隣に座っていた男子二人をきつく睨む。たぶん男子二人は、睨まれた意味を解ってなかったと思う。しかし本能で理解したのか二人は弾けるように席を離れ、その結果俺と舞ちゃんの間に無人の四席が出現した。この頃には俺も自分が立ち上がった意味を把握していたので舞ちゃんの右隣へ移動して、腰を下ろす。舞ちゃんは必死になって俺に謝罪しようとするも、口を開けたら嗚咽してしまうと悟ったのだろう。目線を合わせるだけに留め、その代わり頭を幾度も下げてくれた。8歳の女の子にこれほどの心労を強いた自分に怒りが爆発しそうだったが、それは自分が楽になるための怒りでしかない。そんなの二の次三の次にして、俺は舞ちゃんに償うべきなのである。そのさい最も大切なのは、舞ちゃんの涙の訳を理解していること。的外れな謝罪しかされていないのに許すことを周囲が強要してくる前世の日本のような、そんな子供じみた社会をこの星はとっくに卒業しているのだ。俺は心を澄み渡らせ、舞ちゃんに初めて会った日からの一年間を振り返ってゆく。舞ちゃんの胸中は分からずとも、分かろうとする努力は全身全霊でした。その甲斐あって有力候補は心に浮かんだが、決めつけは厳禁。とはいえ自分を優先し探り探り話すのはもっと厳禁なので、俺は腹を決めて語り掛けた。
「舞ちゃんに初めて会ったのは、ちょうど一年前の今日だったね。先陣を切るのが苦手な子が玄関で困っているように感じて、俺は虎鉄と一緒にその子を迎えに行った。初対面の俺には誠実に、そして虎鉄には優しく、舞ちゃんは挨拶してくれたよ」




