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 ホント訳がわからない。なぜ俺はこうも堂々としているのだろう。ひょっとして俺、憑依されているとか? などと頭の隅でブツブツ呟いている小さな自分を放置し、母さんが送ってくれたテレパシーに基づいて話した。


「人は通常、肺の上部に空気を送り込むだけの呼吸をしています。息を長めに吸おうと意識してようやく、上部と中部の両方を使うのが現状です。肺の下部も使えるようになるには腹式呼吸と呼ばれる訓練が必須ですが、腹式呼吸の危険性を理解していないと、高確率で胃下垂を招いてしまいます。どうか皆さん、甘く考えないでくださいね」


 母さんのテレパシーには、『講義に使うCG映像も私が用意しておくね』とのイメージも含まれていた。それに従い顔を横へ向けると、人の肺から腸までのCG映像が空中に投影された。映像は二つあり、一つは正面から見た映像、もう一つは横から見た映像だ。その肺の下部を指さし、「下部のみで呼吸する様子を映します」と言ったところ、鼻から入った空気が肺の下部に貯まっていく様子が流れた。ほどなく肺の下部が満杯になり、これ以上は無理になった瞬間、横から見た映像がピカピカ光った。光に釣られ目を向けた横向きの映像のお腹が、前へポッコリ膨らんでいく。すると膨らんだ場所に腸が移動し、それに伴い腸の上部に内蔵のない空白が生まれ、その空白へ胃が移動した。胃の移動は下へなされたため、胃が元々あった場所の上部に空白が生まれる。新たに生まれたその空白は、肺の下端に隣接する場所。そこへ肺の下部が広がることにより、満杯だったはずなのに空気を更に押し込むことが出来た。と同時に、CG映像の横にこんな文が現れた。


『本当だ、教わったとおり下腹を膨らませる腹式呼吸をしたら、想像以上に大量の息を吸い込めたぞ』


 その後もCG映像は腹を膨らませるタイプの腹式呼吸の訓練を続け、肺の下部により多くの空気を詰め込めるようになっていったが、それは胃を押し下げ続けることと同義。当初は腹式呼吸を止めれば元の位置に戻っていた胃が、だんだん戻らず居座るようになっていく。こうして内臓圧迫を伴う胃下垂に、その人はなってしまったのだった。

 という映像が終わったので皆へ顔を向けたところ、「これ危険じゃん」系の表情を全員もれなくしていた。機は熟したと判断し、解決策を提示する。


「このように、腹を膨らませるタイプの腹式呼吸ばかりをしつこくすると、内臓に悪影響が出てしまいます。よって皆さんは、腹を膨らませないタイプの腹式呼吸をしてください。下部が満杯になったら無理せずそこで止め、次は中部に空気を送り込む。そこも満杯になったら次は上部に空気を送り、そこも満杯になったら食道も満杯にすることで、呼吸器の全てをまんべんなく使いきる。皆さんには、この呼吸法を習得してもらいます。慣れたら逆の、上部から下部へ空気を入れていく呼吸も、挑戦してくださいね」


 そんなの難しいよ~~系の意見が食堂に溢れた。それを予期していた俺はいたずら小僧の笑みで、チチチと人差し指を横へ振ってみせる。そして、講義前半の本命を放った。


「大丈夫だよ安心して。みんなのAI教育係が体内のCG映像をリアルタイムで映してくれるから、それを見ながらすれば楽勝だよ」


 その途端みんなキョトンとするも、瞬き一回分の時間が経つころには全員が納得顔になっていた。その機を逃さず、俺は声を張り上げる。


「はいは~い、時間も丁度半分なので後半に移りま~す。注目してね~~」


 手を小気味よくパンパン叩く自分に、あり得ないほど強烈な既視感を覚えたが、今は脇に置き講義を優先した。


「次は、呼吸の長さです。息を吸うことを吸気きゅうき、息を止めることを止気しき、息を吐くことを呼気こきとここでは呼びます。それぞれの長さは、各々の心臓の鼓動に合わせて行います。AI教育係に協力してもらって、安静時の平均脈拍を計っておいてください。吸気、止気、呼気のそれぞれで鼓動が早くなったり遅くなったりする場合は、慌てず惑わされず、平均脈拍に沿って呼吸してください。慣れればそのうち、一定になりますから」


 各自の心臓の鼓動に合わせて行うと説明するや、気の早い子たちが自分の脈を計り始めたのでそう釘を刺した。やる気があるのはとても嬉しいけど、今は時間がないからね。


「人体は、心臓の鼓動の8回を基本にして創造されています。よって吸気に8鼓動、止気に8鼓動、呼気に8鼓動が基本と思われがちですが、止気の間は脳幹に意識を集中しやすいため、止気を16鼓動にすることを勧めます。止気中に意識を脳幹に集中しやすい理由は、呼吸を司っている脳の部位が脳幹だからです。脳幹後方には松果体もありますから、一石二鳥ですね」


 一石二鳥という語彙に頬をほころばせる子もいたが、それは少数だった。8鼓動16鼓動8鼓動の計32鼓動は長すぎるよ、というのが大半の本音だったのである。

 けどまあそれは、至極普通の感覚と言える。よって最初期の初心者には、折衷案がきちんと用意されていた。最初期の初心者という語彙は、避けるのが無難だけどさ。


「もちろん最初から、8鼓動16鼓動8鼓動の計32鼓動を完璧にこなすのはほぼ無理。俺達は体がまだ小さく、肺も小さいからね。難しいと感じたら、最初は4-4-4でしてみて。それに慣れたら4-8-4。それも慣れたら8-16-8だね。でも8-16-8も本命ではなく、基礎初級の本命は16-32-16。とはいえ7歳じゃ肺も小さいから、8-16-8で十分かな。その代わり」


 松果体を拡大して映してください、と顔を横に向けて頼んだ。まこと適切な拡大映像を、母さんが映してくれる。後で感謝のテレパシーを送らないとな、と胸中呟きつつ、講義を締めくくる最後の部分の説明を始めた。


「その代わり松果体を、このように光らせてください。清らかな新雪のイメージの白銀に、空の青が細いすじになって入っている、この光ですね。この光を浮かび上がらせる背景の色は各自の自由ですが、個人的には澄み切った青空を連想する青や、清潔感のある白をお勧めします。この映像は、このまま5分間映します。俺はもう眠いので、部屋に帰りますね」


 嬉しいことに、終わるのが早すぎる系の非難の集中砲火に俺はさらされた。頭を掻き掻きおどければ非難は回避できたが、「残り1分あるぞ!」はそうもいかない。それもそうだと降参した俺は、下垂体のCGを追加でお願いし、それを金色に光らせてもらった。


「金色は下垂体の色だから、松果体には決して使わないでね。前世の星では沢山の宗教が金儲けの手段になっていて、宗教施設内は金色まみれだったよ。だから止めてね~~」


 今日は参加してくれてありがとう、次は一週間後にしよう。と最後に付け加えたら、嬉しいことに大ブーイングが起こった。けど大きな大きなアクビをこれ見よがしにしたら、みんな「お休み~」と言ってくれた。俺もお休みと返し、トイレに向かう。

 そして誰もいない部屋に戻り、掛け布団の足側に運動着と靴下を用意し、母さんに感謝のテレパシーを送ってから、俺は眠りの境界を越え・・・・る寸前、思い出した。

 ついさっき皆に教えた内容よりもっと踏み込んだ内容を、二つ前の前世で俺は新人達に教えていたのだと。

 だが、人里離れたチベットの寺院で過ごした前々世の記憶を回想している内に俺は睡魔に負け、眠りの境界を越えたのだった。


 ――――――


 翌朝から、代わり映えしない日々が続いた。みんなメチャクチャ良い奴らだし、訓練はしこたま順調だし、健康増進の勉強会もすこぶる盛況だしといった感じの、いいこと尽くしの毎日が淡々と続いたのである。こんなに楽しく充実していて、かつ衣食住の心配が一切ない生活など、前世では考えられない。毎晩就寝前に「ホント幸せだなあ」と、しみじみ思いつつ俺は一日を終えていた。

 代わり映えしないと言っても、小さな変化は三つあった。一つは2か月毎に、0.1倍刻みでゴブリンを強化できたことだ。2か月で毎回きっちり強化できたなら代わり映えしてないじゃんと突っ込まれそうだけど、それでも努力が実るのをこうして確認できるのは嬉しいもの。母さんも「10歳未満はこのペースで十分」と特別に教えてくれたので、俺は不安なく訓練に励んだ。

 変化のもう一つは、輝力操作で起こった。体の周囲に、風を防ぐ壁を形成できるようになったのだ。今はまだ防風率5%でも、輝力量を増やすことで創造力を増やし、輝力操作に長けることで壁の形成に長ければ、防風率100%も可能なはず。100%にしたらそれはそれで問題が出そうだけど、それはそのとき考えればいい。今は防風率を少しでも高めるべく、輝力量増加と輝力操作の向上に努めていた。

 変化の最後の一つは、舞ちゃんのいる201号室と俺のいる101号室が仲良くなったことだ。そのきっかけになったのは、舞ちゃんの才能。本人も知らなかったそうだけど、舞ちゃんには呼吸法の豊かな才能があったのである。勉強会の二回目までに8-16-8呼吸を習得し、16-32-16呼吸さえ1か月かからなかった。鼻腔の開閉機能も3か月で会得し、右鼻腔のみ呼吸と左鼻腔のみ呼吸と両鼻腔呼吸の使い分けすら、たった半年で可能にしてしまったのだ。チベットで呼吸法を教えていた俺のみならず母さんもこれには驚き、先へ幾らでも進めて良いことになった。ただ進めてみたところ、舞ちゃんのちょっとした弱点が発覚した。脳の特定箇所に複雑な形状を描き、それを動かすのが苦手だったのである。母さんによると、男は集中に長け女は瞑想に長ける緩やかな傾向があるらしい。それが舞ちゃんには、とても顕著に出た。複雑な形状を思い描きそれに運動を付与する能力は、集中力に分類される。けど傾向が顕著に出た舞ちゃんは、そこで躓いてしまったんだね。しかし躓いたと言っても、そこに至るまでの日数がべらぼうに早いのだから悲観は不要。単純な形から始めて、それを少しずつ複雑にしていけば、それで十分だからさ。

 そう伝えたところ舞ちゃんも納得し、のんびり焦らず続けていくと約束してくれた。また瞑想は大得意だったため、松果体を光らせることなら何時間続けても苦にならないとの事だった。俺的には、そっちの方が凄まじく羨ましいというのが本音。白状するとこのヘタレ者は、瞑想が少し苦手だったからね、アハハハ・・・・

 少々脱線したので話を元に戻そう。

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