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 太団長と闇王の一騎打ちに、その証拠があるらしい。太団長が闇王との死闘を制したのは、司令長官より速く動けたからなのだそうだ。太団長の率いる第一司令伍は、闇軍のナンバー2と戦う。ナンバー2も歴代一の強さだったが、太団長が軽傷を負っただけでナンバー2に勝てたのも、人類軍随一の速さに秘密があったとの事だった。ただ闇王を制したといっても、ほぼ相打ちだったため太団長の救助は間に合わなかった。もし間に合っていたら、闇王との戦闘中に速度が急上昇したことから、身空スキルの詳細を人類は知ったに違いないと嘆く声が未だ後を絶たないという。そう語り終えた冴子ちゃんが、


「翔、思い当たることはある?」


 艶やかさの増した瞳で俺に問いかけた。「体をそらに近づける何かという説明に、小骨が喉に引っかかった感触を覚える。けどそれ以上は、何も感じられない」と、俺は正直に答えた。冴子ちゃんのかんばせに、900年間積もり続けた諦念が浮かぶ。それを笑顔で必死に覆い隠し、謝意まで述べた冴子ちゃんになぜか怒りを覚えた俺は、「なんか腹が立った」と再度正直に告げたのち、叱責を覚悟してぶちまけた。


「冴子ちゃんは、身空スキルを持っていた太団長とピッタリ同じ階級の、第一太団長だったんだよね。そして冴子ちゃんは以前、『私にとって大概の男は物足りなかった』と言っていた。冴子ちゃん、身空スキルの詳細は俺が必ず突き止める。だから太団長に抱いた初恋に、もう苦しまないで欲しい」


 その直後、冴子ちゃんの3D映像にノイズが走った。母さんと美雪がこれまで耳にした最も優しい声で、ノイズの走り続ける冴子ちゃんに語りかけた。


「冴子が担当しているインフラは、私が担当するわ」

「冴子の職場の戦士養成学校には私が行く。母さんと私に任せて、思いっきり泣いて」


 ノイズが一層酷くなり、映像が途切れ途切れになった。フリーズしかけなのだろう、ほんの少し動いて途切れることを冴子ちゃんは繰り返している。けどそれもようやく終わり、


「ッッッ―――ッッッ!!!」


 声にならない声を上げ、冴子ちゃんは泣き続けた。母さんと美雪が俺に顔を向け、900年分の感謝を述べてくれた。特に母さんはお礼として、戦士になる最終試験のゴブリンの正確な倍率を俺に教えると申し出た。けど俺は、それを辞退する。


「母さん、ささやかなミスを意図的にしたら、ささやかなミスではなくなってしまうよ。それに僕は、いかなる理由があろうと冴子ちゃんをこうも泣かせた自分が、どうしても許せないんだ。許せない僕に、お礼なんていらない。母さん、美雪、僕は自分の言葉に責任を持つため、訓練を再開します。冴子ちゃんを、どうかよろしくお願いします」


 母さんと美雪に一礼し、冴子ちゃんへ体を向けて腰を直角に折ってから、俺はテーブルを離れた。

 ここまでは、凛々しく振舞えたと思う。だが外に出てドアを閉めたさい、重要な質問をし忘れていたことに気づき、頭を抱えてしまった。「苦しみが無くなったのですから、母さんが言っていた三つの学びも、俺は得られなくなったのですか?」との、質問を。


 頭を抱えるのを止めドアから離れ、休憩上がりの準備運動を始める。準備が整ったので美雪を呼んでみたところ、いつもどおり現れてくれた。冴子ちゃんの仕事を代行していても、俺のサポートに支障は一切ないと確約した美雪へ、謝意を述べたのち尋ねた。


「ゴブリンの強さの倍率を、0.1倍刻みで変えられる?」

「容易く変えられるわ」

「じゃあ、2.1倍のゴブリンをお願い。それに勝ったら、次は2.2倍ね」

「了解。あの、翔・・・・」


 くちごもった美雪へ素早く顔を向ける。その1秒後、俺は首を傾げた。想定とはまったく異なる表情を、美雪がしていたのだ。頬をバラ色に染め顔を少し俯かせ、やたらモジモジしている美雪に、冴子ちゃん関連ではない何らかの重大事件が起きていると判断した俺は、反射的に駆け寄ろうとした。が、それは成されなかった。なぜなら美雪の隣に急遽現れた冴子ちゃんが、


「このアホ!」


 美雪を叱りつけたからだ。この時はまだ、眼前の光景の不可解さより冴子ちゃんが元気そうにしていることを喜ぶ気持ちが勝っていたけど、次の光景はそうもいかなかった。冴子ちゃんが美雪の耳に顔を寄せてゴニョゴニョ呟くや、美雪の首から上が一瞬で真っ赤になったのだ。それでもお構いなしに冴子ちゃんは美雪の耳にゴニョゴニョし続け、美雪は顔を両手で覆い首を横へ小刻みに振りつつも、冴子ちゃんの言葉を一言も聴き洩らすまいとしている。対して俺は眼前の不可解すぎる光景への困惑と、訓練が一向に始まらない心配への相乗効果によって、涙目になりかけていた。すると、


「バカ娘たち、いいかげんにしなさい!!」


 母さんの雷がバカ娘たちに落ちた。もちろん雷は比喩だが「落ちて来たものがあった」のは本当で、上空から落ちてきたおりに美雪と冴子ちゃんは目出度く閉じ込められたのである。礼を述べる俺に母さんは頭を下げ、娘たちの行いを詫びる。ここに至り、自分達が何をしでかしたのかをようやく悟ったのだろう、美雪と冴子ちゃんは訓練場の土の上に背中を丸めて正座した。そんな二人へ怒りの眼差しを向け続ける母さんに、俺は語り掛けた。


「美雪と冴子ちゃんは、AIの平均寿命からしたらまだ十代の年頃娘ですよね。その年頃なら二人の振舞いも十分理解できますし、また二人は僕にとってもかけがえのない大切な人達ですから、母さんも怒る演技をほどほどにしてくださいね」


 母さんは瞳を潤ませ、俺に再度頭を下げる。その姿につくづく思った。母さんはこの宇宙を代表する、母親なのだろうなあ、と。


 0.1倍刻みでゴブリンを強くする要望は、母さんが叶えてくれた。人の姿の母さんに戦闘を見てもらうのは、これが初めて。嬉しさに暴走しようとする心の手綱を握り続けるのは苦労したけど、その甲斐はあった。2.1倍に危なげなく勝っただけでなく、2.2倍にも勝利できたのである。ただ2.2倍は紙一重だったのは否めなく、続いて2.3倍に挑戦したところ、あっけなく負けた。休憩がてら母さんと戦闘分析し、2.2倍に危なげなく勝つための課題をあぶり出してゆく。剣術スキルと輝力操作スキルの等級向上もさることながら、輝力量増加による速度上昇を主目標にするのが最善との結論を得られた。輝力量を増やせば圧縮比率が同じでも、速度は増すからね。この結論と、身空スキルの鍛錬を二大柱にして、一日のスケジュールを一から組み直してゆく。二人でああだこうだと意見を出し合い完成させたスケジュールを、俺が発表した。


「母さんのテレパシーにあったとおり、夜9時に就寝し翌朝5時に起床。訓練場の体育館へ移動し輝力量増加を12分、身空スキルを意識した輝力操作を12分行う。続いて屋外に出て、身空スキルを意識した軽業に12分励み、5時45分に朝練終了。着替えて食事、6時50分からの一時間を勉強に費やす。8時から午前の訓練を開始し、2.2倍ゴブリンと連戦する。昼食と食後の昼寝は以前と変わらず、午後2時から4時55分までを戦闘訓練、5時から1時間を勉強とする。午後の2時間55分の戦闘訓練の内容は、美雪と話し合って決める。夕食後は自由だが候補としては、健康スキルに興味のある仲間達との勉強会を考えている。以上です。母さん、どうでしょうか?」

「訂正箇所を見つけたわ」

「おお、何なりとどうぞ!」

「訂正箇所は、午後の戦闘訓練の内容を『美雪と話し合って決める』のところね。私は美雪のように、訓練の邪魔なんて絶対しないわ。だからそこを、私に代えちゃえましょう」


 おどけてそう言い、母さんは檻の方へ顔を向けた。釣られて俺もそちらへ視線をやったところ、美雪と冴子ちゃんが土下座を必死に繰り返していた。音声をカットしていても、二人の切実な謝罪の言葉をしっかり耳にした俺は、どうか許してあげてくださいと母さんに頼んだ。母さんは慈母の表情で俺に頷いたのち、鬼の形相になって娘たちに近づいていき、「次は無いよ!」と一括して檻を消した。檻が消えても二人はその場から離れず、額も地に押しつけたままでいる。そんな娘たちの頭を、左右の手でそれぞれ撫でてから、母さんは元の次元へ戻っていった。

 母さんが元の次元へ戻っても、二人は暫し同じ姿勢でいた。けど冴子ちゃんが上体を起こしたので全力で駆け寄ったところ、冴子ちゃんは涙を拭き拭き笑顔になり、感謝と謝罪を俺に述べてくれた。俺は膝立ちになって冴子ちゃんの手を取り、気持ちを十分受け取ったことと、今度時間を作りゆっくり話したいことの二つを伝えた。冴子ちゃんは嘘でない笑顔を浮かべて、元気よく頷く。俺も嘘でない笑顔を浮かべたところで、冴子ちゃんも元の場所へ戻っていった。

 冴子ちゃんが戻っていっても、美雪は額を地につけたままだった。俺は美雪の正面に移動し、膝立ちで語りかける。


「13歳の試験に合格し、そして身長が同じになったら、姉ちゃんを美雪って呼んでいいかな?」


 美雪は体をピクッと小さく痙攣させた。続いてゆっくりゆっくり顔を上げ、泣き笑いの表情で首を縦にくっきり振る。俺は膝を一歩進めて美雪を抱きしめ、背中をポンポンと二度叩いて立ち上がった。そして休憩上がりの準備運動を始め、それが終わった丁度その時。


「2.2倍ゴブリン、出すよ」

「了解!」

「では、戦闘開始!」


 俺と美雪は阿吽の呼吸でそうやり取りし、訓練を再開したのだった。

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