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 俺が前にいた孤児院の、勇と俺を除いた98人が、昨夕から昨夜にかけて自分の訓練係のAIに質問を二つしたという。一つは、「翔は私達をライバルではなく家族と思い、家族を戦死させないことを第一に考えて戦っていたよね」という、確認のための質問。そしてもう一つは、「翔がたった4年であれほど成長できた理由は何なの?」という、謎を解明するための質問だった。AI達は母さんにすぐ相談し、母さんの許可を得て明かした。前者の問いを肯定したのち、後者の問いへ「健康スキルのお陰です」と明かしたそうなのだ。前者の肯定は進むべき未来を示す光となり、後者の返答は重大な間違いに気づくきっかけとなった。後者の気づきは、地球で言うところのコロンブスの卵だったらしい。健康が当然すぎるせいで、健康の素晴らしさを皆が見落としていたそうなのである。

 健康には、忍び寄って来た不健康を撥ね退け、良好な状態を保つ力がある。流行り病が社会に蔓延しても健康はそれを撥ね退け、体を快適に保ってくれる。連日の激務で体調を崩す同僚が続出しても健康はそれを撥ね退け、体の活力を保ってくれる。大災害で不自由な避難所暮らしを強いられても悪影響を受けにくいし、また『怪我や病気を招くほど高負荷の訓練をしても』翌朝には体を完璧に回復してくれる。アトランティス星には流行り病も連日の激務も不自由な避難所暮らしも無いため健康を意識しなくなり、そのせいで『高負荷訓練を平気で続けていける』という素晴らしさを、見落としてしまっていたのだ。戦士を目指す者にとって、健康には計り知れない価値がある。現に俺はそれを証明し、4年間で戦闘順位を610万ほど上げてみせた。自分の目でそれを直接見た皆は一生かけて健康技術を伸ばすことを誓い、そしてそれが皆の将来をより良いものにした。良い影響は皆だけに留まらず、皆が将来持つことになる家族や同僚へも及び、それをことのほか喜んだ創造主は、報いとして俺に素晴らしい6年間を贈った。それが今回の真相だと、母さんは教えてくれたのである。感極まった俺は、嗚咽を必死に堪えることしかできなかった。そんな俺の背中を、美雪が撫でる。おそらくこれも、創造主の報いの一つなのだろう。虚像のはずの美雪の手から温かさと優しさを明瞭に感じられるようになった俺は、シャキンとせんかと自分に活を入れた。そして、


「4年間で戦闘順位を610万ほど上げたって、初めて知りました」


 俺は頭を掻き掻きおどけてみせた。とても良い話を聴いたのだから、最後は笑って終えたかったんだね。

 それを酌んでくれたのだろう、美雪がすかさず「当の本人が最後に知ったのは、さすがに可哀そうと思うよ母さん」と、演技過多で母さんに詰め寄った。詰め寄られた方も阿吽の呼吸でそれに乗っかり、「ああ私はなんて酷いことをしてしまったのかしら~~」と頭を抱えて悔しがっていた。ここまでは想定内だったので、二人のコントを一緒に楽しんでいた。

 が、俺は甘かった。二人のコントはあれよあれよという間に、思いもよらぬ領域へ突入していったのである。それは美雪が母さんに「ふふん」と、上から目線の鼻笑いを放ったことから始まった。


「ふふん、まったく似てないわよ母さん」

「そ、そうなの? これでも翔の真似を懸命にしているつもりなのだけど」

「母さんはまだ、羞恥を捨てきれていない。殻を破らないと、翔の真似は不可能だわ」

「ヒエエ、ごめんなさい~~」

「むむ、急に似てきたわね。でも、まだぬるいわ。こんなふうに、もっと情けなく!」「はい、もっと情けなくですね!」「更にこうして、もっと哀れっぽく!」「はい、もっと哀れっぽくですね!」「まだまだ恥ずかしさが残ってる! こんなふうに、無様きわまりなく!」「はい、無様極まりなくですね!」「凄い、瓜二つだわ。さあでは母さんも一緒に、せえの!」「「ヒエエッ、ごめんなさい―――ッッ!!」」


 お願いですもう勘弁してください、と泣いて懇願すること以外に、俺に何ができただろう。そう本当に、心底それ以外何もできなかった俺は泣いて懇願し続け、やっとコントを止めてもらったのだった。


 ただ、良いこともあった。それはコントを止めてもらえるよう頼むうち、冴子ちゃんが現れたことだ。冴子ちゃんが隣に現れて一緒に頭を下げてくれなかったら、母さんと美雪の悪乗りはもっと続いていたに違いない。そう確信する根拠は、


「三人だけで楽しんで寂しい」


 冴子ちゃんが俯きつつそう呟くや、悪乗りの空気が掻き消えたことにある。俯いていたのは最初からだったけど、頭を下げる所作と重なったため発覚が遅れてしまい、美雪が気づき案じる声をかけたところ、冴子ちゃんはさっきの呟きをようやく漏らしたのだ。そのとたん空気が一変しテーブルは慰めと謝罪の場になり、それを経て冴子ちゃんの俯きも解消され、と同時に別の話題に移ったのだから、悪乗りコントの時間を短縮したのは冴子ちゃんで間違いないのである。冴子ちゃんには助けてもらってばかりだから、恩返しできる事があったら全力でしないとな・・・・

 との願いを、超感覚が叶えてくれたのかもしれない。例の「身空みそらスキル」と冴子ちゃんに何らかの関係があると、ふと思ったのだ。別の話題として取り上げられた冴子ちゃんの新しい職場について盛り上がっている最中、ダメもとで母さんにテレパシーを送ったところ、了承のテレパシーを返してもらえた。その中に「この孤児院でも可能なら9時に寝なさい」とのイメージが含まれていたのは後で熟考するとして、話題の切れ目を見極め挙手して冴子ちゃんに尋ねた。


「冴子ちゃん、今朝俺は軽業スキルを、身空スキルに昇格してもらえたんだ。冴子ちゃんとそのスキルに何らかの関係があるって感じるんだけど、どうかな?」


 関係があると感じたのは正しかったが、呼吸を止めるほど驚かせてしまったのは悔やまれた。お願いだから呼吸してと頼む俺に「私を人間として心配するバカはアンタだけよ」と、冴子ちゃんは妙に機嫌よくなる。バカと呼ばれて嬉しいのは友達の証なので、俺も負けじとニコニコしていた。そんな俺に冴子ちゃんはなぜかデコピンをかまし、続いて降参の仕草をしてから、とある軍事機密を教えてくれた。


「私が戦争に二度従軍したのは、覚えてるわよね」

「忘れる訳ないじゃん。一度目はこの1900年でたった一回だけの、闇軍が1年遅く進軍してきた時だったよね」

「うん、そう。そしてあの時ほど、人類滅亡が間近に迫ったことはない。激闘の末、闇王に勇者パーティーが負けてしまってね。闇王と戦える強者は、人類軍に1人しか残っていなかったの。第一司令伍の太団長が、その強者。そしてその太団長がアンタ以外で唯一の、身空スキルの所持者なのよ」


 その5秒後、冴子ちゃんに頭をぶっ叩かれた。「アンタは人間なんだからバカやってないで呼吸しなさい!」 そう叱りつけて俺をぶっ叩いた冴子ちゃんの小さな手を頭にはっきり感じなかったら、俺の呼吸停止時間はもっと長引いていたと思う。とはいえ驚愕のあまり思考力がぶっ飛んだままの俺の頭を優しく撫で、なぜか感謝を示してくれてから、太団長と僅かながら親交があったことを冴子ちゃんは話してくれた。

 それによると19歳と18歳の志願兵は壮行パーティーを開いてもらえるらしく、そこに特別ゲストとして人類トップ10が訪れるのは人類軍の恒例行事らしい。冴子ちゃんは18歳の志願兵の戦闘順位1位であり、また太団長と同じ孤児院出身だったため、パーティー後もメールのやり取りを数回したという。そして戦争開始日の前日、太団長は冴子ちゃんの元に直接足を運び、「必要になる予感がするから」と頬を掻き機密漏洩をした。その機密漏洩が、身空スキルの概要。概要と言っても詳細を意図的に伏せたのではなく、所持者の太団長自身も、身空スキルを正確に把握できていなかったようなのである。冴子ちゃんは目を閉じ、太団長の言葉を諳んじた。


「輝力を風に譬えるのは一般的でも、大勢の人達に聴いて回ったところ、俺の感覚は一般的ではない気がする。俺にとって輝力は、体をそらに近づける何か。それが巧くいくと一時的ではあるが、司令長官より速く動けるんだよ」

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