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「翔、おめでとう」


 2体目を見ることなく、初日の初戦を白星で終えられた。戦闘に費やした時間は、約10分。並ゴブリン2体との戦闘では決して流れなかった一筋の汗が、頬を伝っている。しかし呼吸は荒くなっておらず、手首の脈を計っても心拍は70程度。膝や足首にも、極度の疲労は感じられない。そう報告したところ美雪は唐突に、四年越しの秘密を暴露した。


「実をいうと、昨日まで戦っていたゴブリンは本物のゴブリンの、数十分の一の強さしかなかったの。翔、ごめんね」

「な、なんですと~~!!」


 2倍ゴブリンに白星を上げようが腰を抜かしかけた俺は、しょせんヘタレ者なのだった。


 その後、美雪が説明してくれたところによると、本物よりべらぼうに弱いことを伏せるのは、戦士育成に不可欠な措置らしい。言われてみれば確かにそのとおりで、たとえば集団戦における連携技術は、勝たないことには育てられない。連携が不甲斐ない内は負け続けるが、上達するにつれ勝てるようになり、そして常勝をもって「この強さのゴブリン戦における連携技」は完成する。完成したらゴブリンを強くして連携技の難度を上げ、常勝をもって完成とし、ゴブリンを再び強くする。これを繰り返すことが連携技を上達させる最短方法だと、納得することが出来たのだ。ただ、


「一応訊いてみるけど、本物のゴブリンの正確な強さは、今は明かせないんだよね」

「それはそうよ。やる気を失わせる訳にはいかないわ」


 との返答には、顔を引き攣らせてしまった。いやはや次の試験を突破するには、強さ何十倍のゴブリンに勝たねばならないのかな、アハハハ・・・・

 なんて具合に頬をピクピク痙攣させていたのだけど、


「ん? 強さを仮設定して試算すればよいのか」


 そう閃いたので、早速やってみた。

 美雪の「数十分の一の強さしかない」という発言を基に本物のゴブリンの強さを50倍に設定すると、13年後の20歳で勝つには、単純計算で1年毎に3.9倍強いゴブリンに勝てば良い。なら6年後は、23倍になる。また1年毎に3.9倍するなら、1ヵ月で0.32倍か。あくまで50倍の超単純計算だけど、今までと同じ成長速度では、戦士になるなど到底不可能って事になる。むむ、燃えて来たぞ!!


「も、もしも~し。翔あなた、とんでもなく高い設定をしているんじゃないでしょうね!」


 大層慌てた美雪の声が、鼓膜を不意に震わせた。続いて、冷や汗を大量に流す美雪が目に映る。と同時に、俺の全身からも冷や汗がドッと噴き出した。美雪はアトランティス星の全AIの中で、ささやかなミスを最もするAIと母さんは言った。また美雪がミスをするのは俺を心配した時に限られ、そして現状の慌てぶりから推測するに、美雪は今かなり危険な状況にあると思われる。ささやかなミスではない重大なミスを、たとえば正確な倍数を口走ってしまうような看過できないミスを、しでかす可能性が非常に高いのだ。と直感したため全身から冷や汗が噴出したのだけど、これは悪手だった。美雪を落ち着かせるには、まずは俺が落ち着かねばならなかったのである。よって俺は自分を落ち着かせる仕草を、演技過多でした。幸い美雪は、俺の演技過多の理由に気づいたらしい。美雪も自分を落ち着かせる仕草を演技過多でして、俺達は二人同時に噴き出した。しばし笑いあったのち、頃合いを計って切り出した。


「姉ちゃん安心して。本物のゴブリンの強さを50倍に設定したら、これまでの成長速度じゃ足りないって分かって、やる気が燃え上がったよ。僕、頑張るね!」


 だが、俺は甘かった。落ち着きを取り戻していたはずの美雪が「ご、50倍なんて!」と、目を剥いてしまったのである。俺は頭を抱えた。「とんでもなく高い設定をしているんじゃないでしょうね!」から「50倍なんて!」と目を剥いた仕草までを総括すると、「50倍は多すぎよ」というニュアンスにならなくもない。そう美雪は、情報漏洩の嫌疑をかけられても反論できない事を、してしまったのだ。

 そのことに、美雪も気づいたのだろう。美雪も俺と同じく頭を抱え、二人でウンウン唸っていた。

 そんな、残念な子供達の残念っぷりを見ていられなかったのか、母さんが白光の姿で現れた。


「まったくこの子たちは、ホント手がかかるんだから。その程度は不問にしますから、体育館の生活スペースに今すぐ移動しなさい」

「「了解です!」」


 俺と美雪は焦って応え、体育館へまっしぐらに駆けて行った。けどその最中、こうして並んで走ったのはこれが始めてなことに気づいた俺と美雪は、頬がほころぶのをどうしても止められなかったのだった。


 生活スペースのテーブルに並んで座り、二人そろって背筋を伸ばすや、白光が向かい席に現れた。屋外なら白光でも諦めがつくけど、屋内は無理。走っている最中とはあべこべに、俺は失意のどん底へ落ちて行った。けどそれでは、情報漏洩を不問にしてくれた母さんに失礼だ。よって普段の表情になるよう顔をゴシゴシこすっていたら、女性二人の楽しげな笑い声が耳に届いた。それだけでも失意の表情は消し飛んだのに、白光から人の姿になった母さんが正面に座っていたとくれば、笑顔の爆発は避けられない。全身で喜びを爆発させた俺へ、「わかったわかった私が降参」と母さんは白旗を上げた。そして美雪に顔を向け、


「美雪の凄さを改めて知ったわ。厳格な空気を、翔の前でよく保っていられるわね」


 とおどける。美雪もノリノリで「母さん、私の苦労を理解してくれてありがとう~」と返し、俺の前で厳格さを保つ苦労話を二人はキャイキャイ始めた。その華やいだ表情のまま、母さんは俺に体ごと向けた。


「私は降参したのですから、この時間を翔の質問に答える時間にしましょう」

「重ね重ねありがとうございます」


 重ね重ねという語彙を使うことで、美雪の情報漏洩疑惑を不問にしてくれた謝意も示してから、昨夕以降ずっと抱いていた仮説を母さんに披露した。


「新しい孤児院では人間関係に苦労すると母さんに言われていましたが、ここに着いてから僕はずっと幸せなんです。皆とことん良い奴らですから、今だけたまたま仲良くできているとは考えにくいと思います。良好なこの関係が六年間続くように、思えてならないのです。ならば、なぜそうなったのか? 仮説として最も有力なのは、『昨日の試験結果が想定外に良かったため、気の合う奴らのいる孤児院に偶然入れた』だと感じています。母さん、どうでしょうか?」


 質問したはずなのに返ってきたのは、極上の笑みと頭ナデナデだった。たとえ心の中でハテナマークを量産していようと、こんなふうに撫でられたら豆柴化は不可避となる。地面を転がりまくって喜ぶ俺に母さんは、母親ならではの想いを教えてくれた。


「子の成長は母親を喜ばせると同時に、寂しさも抱かせるの。成長するにつれ、してあげられる事が少なくなっていく寂しさを、抱かずにはいられないのが母親なのよ。なのに翔は今、成長した姿とまだまだ未熟な姿の両方を見せることで、私の寂しさを和らげてくれた。孝行息子に恵まれたなあって思ったら、自然と頭を撫でていたのね」


 無意識に撫でた時間がもったいないから意図的に撫でさせなさい、と解るような解らないようなことを言い、俺の髪を両手でぐしゃぐしゃにしてから、母さんは本題へ移った。


「翔の仮説の訂正箇所は、一つだけしかないわ。最後の『偶然入れた』が、そのたった一つね。他者の成長を助ける行為を創造主はことのほか喜ぶから、報いも多くなる。その報いの増加分が、翔をこの孤児院に導いた。翔が今ここにいるのは偶然ではなく、創造主の贈り物だったのよ」

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