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「「「「オオ―――ッッ!!」」」」
てな具合に、101号室の野郎共は拳を天に突き上げた。各部屋の人数が丁度10人だったので、部屋毎の持ち回り制にしたんだね。そのうち交流を兼ね、それぞれの部屋から2人ずつを集めて計10人にする等々も計画しており、野郎共は何気にそれを楽しみにしていた。なんてったって俺達は、フル〇ン50本同盟だからな!
かくして子猿十匹は半ば遊び感覚で仕事を始めようとしたのだけど、想定外の声がかかった。なんと、
「男子の皆さん、私たち5人も後片付けに加わっていいかな?」
舞ちゃんを始めとする女の子たち5人が、そう声を掛けてくれたのである。驚きのあまり口をポカンと開けたままの子猿達に笑いを堪えつつ舞ちゃんが教えてくれたところによると、昨日の夕食後に管理AIが女子の部屋を訪れ、管理AIを泣かせた罰を男子達が自主的に申し出たことを説明したらしい。実を言うと昨夜のミーティングでは、男子が調子に乗って管理AIを泣かせたという情報のみが広まり、自主的な罰の件を女子は知らなかったのだ。知らなかったため男子を非難したが、知ったとなるとあの非難は過剰だったと女の子たちは反省したという。ではどうしようという話になり、すぐ謝罪に行く案も出たが、それより何十倍も良い案があると管理AIは声を潜めた。子供は大抵、内緒話が好きなもの。瞳を輝かせて耳を澄ませる女子達に、管理AIは知恵を授けた。「当初の予定に従い、女子5人も後片付けに加わるの。男子は申し訳ないと思う以上に女子がいることを喜び、張り切って仕事をするから、通常より早く終わるはずよ」 舞ちゃんによると、女子全員がそれにすぐ同意したそうだ。
という説明を終えた舞ちゃんが、「だから私達はここにいるの。男子の皆さん、私達も一緒にいていい?」とすがる眼差しになる。そのとたん、
「もちろんいいよ!」「嬉しいよありがとう!」「「「やった~~~!!」」」」
男子達が跳び上がって喜んだのは言うまでもない。管理AIの言葉どおり申し訳ないと思う以上に、女の子がいることを俺達は喜んだんだね。そんなふうに喜ばれたら嫌な気はしなかったのだろう、女の子たちは花の笑みで謝意を述べてくれた。すると男子は全員もれなく照れ照れになり、よって先ほどを数倍する気合でもって、
「野郎ども、死ぬ気で働くぞ!!」
「「「「ウオオォォ―――ッッ!!」」」」
俺達ははりきりまくって後片付けを始めた。もちろん女の子たちも手伝ってくれて、男女の共同作業はやはり楽しく、にこにこキビキビ働いていたら、なんと3分で作業が終わってしまったのである。15人全員でハイタッチを交わし、喜び合ったものだ。
その後は、皆でおしゃべりした。しかし今後の予定もあるのでしぶしぶお開きになり、階段前で盛大に手を振って解散となった。前世の記憶のある身としては「ホント男ってチョロいよなあ」と思わなくもないが、男女の仲が良いに越したことは無い。これからの六年間を同じ寮で過ごすなら尚更だろう。部屋に戻った俺はすぐさま管理AIへ、感謝のメールを送った。
というのが、午前6時40分の話。朝食が6時から6時25分までなので、説明やおしゃべりを加えてもこの程度だったんだね。午前の訓練の前に勉強を1時間したい俺としては、すこぶるありがたい。トイレで用を足し洗面所で歯を磨き、戦闘服に着替えて部屋を出たのが、6時55分。勝手の分からない初日の今日は仕方ないにせよ、明日は5分早く部屋を出られたらいいな。などと考えつつ、俺は食堂へ歩いて行った。
食堂には、出入り口が三つある。一つは東側に設けられた、居住エリアと食堂を繋ぐ出入り口。もう一つは西側にある、玄関と食堂を繋ぐ出入り口。そして最後の一つが北側から延びる、個別自習室と食堂を繋ぐ階段だ。その階段に足を踏み入れ、三階を目指し上ってゆく。居住エリアが二階にある女子は、日々の生活で男子以上に階段を使わねばならない。よって自習室は男子を三階にすることで、バランスを取ろうとしていると管理AIは語っていた。でもこの程度じゃ女子の階段使用数に、全然足りないとも言っていたな。
自習室は原則として、好きな場所を選んでいい。ただ集団生活に配慮し、自習室を滅多に使わない人は、階段から離れた場所を選ぶのが望ましいとされる。望ましいとされるものはもう一つあり、それは使用する部屋を固定しないこと。機嫌の悪い時は誰にでもあり、そしてそういう時にいつもの部屋を先に使われていたら、カチンとくるのが人というものだからだ。また望ましいではなく、禁止されている行為もある。戦闘順位を部屋決めに持ち込むのがそれだ。戦闘順位の高い方が快適な部屋を使えるなんて主張は、喧嘩のもとだからね。
そんなアレコレがあったため、階段から近くも遠くもない無難な部屋を使う計画を俺は立てていた。ちなみに管理AIによると個別自習室を使う子供より、部屋に備え付けの机を使う子の方が、7歳ではまだ圧倒的に多いという。実際俺が101号室を出る時も、既に7人が机に向かっていた。前の孤児院は、体育館ほどの広さの居室兼寝室で、100人による相部屋生活をしていたようなもの。したがって勉強も、皆と一緒にする方が落ち着くのかもしれない。
そうこうするうち階段からほどよく離れたので、目についたドアを開けてみる。個別自習室は想像より狭く、幅1.5メートル奥行き2メートルくらいだろう。プロレスラーのような巨漢には手狭でも、この孤児院にいるのは13歳までだから問題ないかな。
時刻は6時58分。スキル等の話し合いは昼食時にすることにして、椅子に座るなり美雪に数学を教えてもらった。朝食前の平謝りを話題にせず先生に徹してくれた美雪には、感謝している。
7時53分に数学を終え、訓練場へ向かった。屋外トイレに助けられ、7時59分に準備運動を始めることができた。慣れれば58分に始められると思うが、それでも101号室を出る時間を5分早めるのは必須だな。などと考えつつ準備運動を終えたところで、
シュワ~~ン
70メートル前方に、リーダーゴブリンが1体映し出された。体格から推測するに、強さは並ゴブリンの六割増しの、いわゆる最強ゴブリンだろう。ゴブリンは強くなるにつれ、ぶ厚い筋肉を纏うようになる。この厚みなら六割増しで間違いないと思うが、なぜ今日は70メートルも離れた場所に出現したのかな? との疑問が脳をよぎるや、重大な見落としに気づいた。今日は7歳の試験後に行う、戦闘訓練の初日。合格者のみに課す新たな訓練の開始日として、今日は打ってつけの日だったのだ。俺がようやくそれに思い至ったと、察したのだろう。厳しい訓練を始める前に共通する厳しい口調で、美雪は俺に話しかけた。
「前方にいるのは今日が初戦闘の、並ゴブリンより2倍強いゴブリン。翔、準備運動が足りないなら言って」
「70メートルあれば、交差までに調整可能だよ」
「了解。では、戦闘開始!」
戦闘開始の声と共に俺は走り出した。宣言どおり全力疾走30メートルで必要な準備運動を終え、2倍ゴブリンと交差する。輝力圧縮8倍を一瞬で32倍にするフェイントがこのゴブリンには通用せず、背中に冷たい汗が流れた。幸い俺には、ほぼ無尽蔵の体力がある。したがって持久戦に持ち込めば勝てるはずだが、同じ見落としを繰り返してはならない。今日は新しい訓練を始める、打ってつけの日。つまり2体目のゴブリンが現れて戦闘に参加するという初めての状況になっても、不思議は何もないんだね。
また俺は「2体目のゴブリンが現れるかもしれない」ということへの対応策も、既に思い付いてた。それは、2体目のゴブリンを想定して戦闘を進めることだ。まったく想定していなかったら油断と判断され、2体目をかえって出現させてしまうと思われる。よってそう判断されぬよう、2体目を想定して最初から戦えばいいんだね。このゴブリンでそれをするのは相当困難でも、不可能ではないという感触を交差時に得ていた。ならば、それをするのみ。そう覚悟し、俺は戦いを進めていった。それが功を奏し、
「翔、おめでとう」




