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「なるほど、謎がだいたい解けたよ。僕の健康スキルは天賦の才だったけど三大有用スキルを持たなかったため、原則が適用されず健康スキルを教えてもらえた。でも訓練2日目の早朝に獲得した軽業スキルには原則が適用され、伏せられたんだね」
「うん、百点満点。三大有用スキル以外のスキルを7歳で初めて教える理由は、他にもあるの。思い付くかな?」
「むむ、ちょっと待ってね・・・・」
前世の俺なら数時間かかったはずの考察を今は数秒で終えてしまうのだから、脳関連のスキルも持っていそうだな。という余計なことは伏せ、質問にだけ答えた。
「一つ。新しい孤児院で初対面の仲間に振る、格好の話題になるから。二つ。戦士になれるか否かは7歳の試験で大まかに推測可能なため、否の可能性の高い子は、将来の職業を7歳から考え始める必要があるから。三つ。戦士になる可能性の高い子も、現在の所持スキルを基に自分の戦闘スタイルを探り、自分で自分を育ててゆく必要があるから。こんなところかな」
凄い凄いと美雪は盛大に褒めてくれた。かなり過剰に思えたがどうも美雪は、脳関連の話題を俺があえて伏せたことを見抜いた上で、盛大に褒めていたようだった。
「この星では戦争の三年前まで、戦士と社会人の二足の草鞋を履くことが可能。よって戦士になるか否かに関係なく、職業関連のスキルも非常に重要なの。ただし、何事にも例外はある。職業スキルが高すぎて慢心の危険性がある場合、職業スキルを明かすか否かは保留になる。つまり翔は、保留されているのね。という訳で、母さんから伝言。『翔が慢心する危険性は極小。だから職業スキルを知りたいなら教えるし、知りたくないなら秘するし、質問があったら質問していいよ』ですって。翔、どうする?」
「はい、質問があります」
「何なりとどうぞ」
「僕はつい最近、数学と物理と化学と機械工学を学び始めたよね。この四つにもスキルがあるなら、僕は高すぎたりする?」
「つい最近始めたことを考慮すると、間違いなく高すぎるわね」
「わっ、じゃあ秘密にして。前世の僕は残念脳だったから、慢心すまいと努めても、慢心しちゃうと思うんだ」
「前世の翔が残念脳だったなんてまったく同意できないけど、了解しました。職業スキルは伏せますね・・・・でもその代わり!」
美雪は途中で不自然に言葉を切り、悪戯っぽく笑って俺の焦燥を不要に掻き立ててから、ぶちまけた。
「その代わり、軽業スキルについて説明しましょう。翔の軽業スキルは、昨日の時点で特級。これは次の戦争までに勇者級を狙える等級だけど、今朝の翔の軽業を精査した母さんは、この1900年間で所有者がたった一人しかいない未公開スキルを翔に適用しました。それは、身空スキル。体の内部を空にできるこのスキルは古代アトランティス本国において・・・・あ~残念、時間がないからまた後にしましょう」
「え? ええっ! それじゃ蛇の生殺しだよ酷すぎるよ!!」
「あら? こうして私と話す時間を散々後回しにしたのは、誰かしら?」
「ヒエエッ、ごめんなさい~~!!」
ああやっぱりまだ怒ってたんだ失敗した~~と今更頭を抱えても、それぞまさしく後悔先に立たず。もしくは覆水盆に返らずの体現者となった俺は、着替えて朝食に間に合う時間ギリギリまで、美雪に詫び続けたのだった。
筆頭の訓練場は、孤児院から最も近い場所にある。それが幸いし着替えの時間を辛うじて確保できたのか、それともそれが災いしギリギリまで詫びさせられたのかは、定かでない。だが筆頭の役目である、
「いただきます!」
「「「「いただきます!!」」」」
をこなせたのは、マジ助かった。俺がいない場合は最初の「いただきます!」を準筆頭が代行してくれるとはいえ、初仕事を舞ちゃんに押し付けるのは非常に心苦しいからさ。
ちなみに昨日の夕食会は、鈴姉さんがその役を担ってくれた。顔を合わせて初めての食事なのだから、筆頭や準筆頭などに縛られず食事を楽しんで、と配慮してもらえたんだね。確かに今日から室長や副室長や片付け係の責任者とかが、生活に関わってくるんだよなあ。
そうそう食事中に初めて知ったのだけど、準筆頭は必ずしも戦闘順位2位ではないらしい。筆頭とは異なる性別の戦闘順位1位が、準筆頭になるのだそうだ。もっとも輝力で戦うアトランティス人に戦闘力の性差はないので、だいたい男女で筆頭と準筆頭を分け合うそうだけどね。
こんなふうに有益な情報を食事中に仕入れられたのは、皆が活発に話しつつご飯を食べていたからだ。その方が断然楽しいし、また楽しさ以外にも、悩みを相談する場として食事時間は優秀であることが判明した。きっかけになったのは、俺だった。朝食開始にギリギリ間に合った俺は遅れた理由を当然皆に訊かれ、やり取りの途中で「音を立てずに着替えるのが意外と難しくてさ」と打ち明けたところ、
「「「「じゃあ皆で考えようぜ!」」」」
なんて嬉しいことを言ってもらえたのである。たぶんそれが、皆に伝わったのだと思う。多種多様な案が次々発表され、するとウケ狙いの珍妙な案を宣うお調子者もお約束で出て、みんなでゲラゲラ笑っているうち、最良の改善策がいつの間にか出来上がっていたのだ。それはパジャマを着ずシャツとパンツで寝て、翌朝の着替えを掛け布団の足側に用意しておく、というものだった。これならパジャマを脱ぐ時間も、ロッカーを開けて着替えを取り出す時間も、そして使用済みパジャマを洗濯カゴに入れる時間も必要なくなる。断言しよう、こういう単純明快ですぐ実行可能なものこそが、最良の改善策なのだと。
「明日の朝からさっそくやってみるよ、みんなありがとう!」
「おう、そうしろ」「なあみんな、こんなに早く解決できた俺らって、凄くね?」「そうだそうだ、俺らは凄い」「だろ!」「だな!」「「「「ヒャッハ~~!!」」」」
てな具合にすぐ子猿化するのも、また俺らなんだけどさ。
筆頭や室長などの役職がこの新孤児院で初めて生じたように、食後の後片付けという仕事も、新孤児院で初めて生じたものの一つだった。前の孤児院で課せられていたのは、仕事ではなく義務。自分の寝床の後始末のような自分一人の整理整頓を義務付けられていただけで、食堂の食後の後片付けという他者の分の整理整頓を持ち回り制の仕事としてこなすのは、これが初めてだったのである。仮に前の孤児院でも持ち回り制の仕事があったら、訓練場に四年間こもり続けるなんて不可能だったな。ははは・・・・
後片付けといっても、7歳児がするのだから仕事量は微々たるもの。食器とトレイは各自が然るべき場所に下げるし、食器洗いのような厨房の仕事もないし、床の掃除などもない。仕事として指定されているのは水やお茶の入ったピッチャーと各種調味料を下げることと、テーブルの水拭き及び乾拭きと、椅子の整理整頓の三つだけ。鈴姉さんを加えた101人が食事するテーブルは確かに広いし、椅子も101客あるが、皆で協力すればほんの数分で終わる作業なのは否めない。なのになぜ家事ロボットに任せないかと言うと、教育の一環として位置づけられているからだ。テーブルを汚したまま放置したら、自分の不始末の処理を仲間に強いることに、なってしまうからね。
同じ理由により、後片付けの仕事をサボる奴もいない。食後のデザート無しという罰則が嫌だからサボらないのではなく、共同生活をしている仲間を大切にしているから、そんなこと絶対にしないのだ。昨夕初めて出会ったとは思えないほど、みんな仲が良いからさ。という訳で、
「さあ力を合わせて、とっとと終わらせるぞ!」
「「「「オオ―――ッッ!!」」」」




