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「わかるよ、最後は緊張するもんね」
「うん、緊張する。空君がいてくれてホント助かったよ。ママ先生との別れの挨拶が長引いて、このままだと次の孤児院で最後のルームメイトになりますよって幾度も注意されたのに、耳を貸さなかったことを凄く後悔していたんだ」
「いやいやママ先生との別れはつらいって、遅れて当然だよ」
「そ、そうだよね!」
「そうだそうだ~~!」
などとワイワイやっているうちに101号室に着いたので、俺がドアをノックし最初に足を踏み入れる。それに合わせて「お待たせ~」と明るく言ってみたら、
「「「「待ってたぞ~~」」」」
フレンドリーな声が一斉に帰ってきた。感謝の眼差しを高橋君に向けたところ、高橋君は俺に親指をグイッと立てた。頼りになる好男子に恵まれホクホク顔になり、その気持ちのまま自己紹介したら、皆もホクホク顔で自己紹介してくれた。はっきり言って、皆の第一印象は最高だ。だからだろうか、気づくと俺は無意識に提案していた。
「ねえみんな、これから風呂に全員で入らない?」
「「「「イイネそれ!!!」」」」
さっき以上にフレンドリーな声が一斉に返ってきた。こうなればもう、計算は不要。俺らはワイワイしつつ部屋を出て、ワイワイやりつつ連れションし、そして子猿のように騒ぎながら風呂を楽しんだ。その最中の湯船の中でベッドとロッカーと机の所有者を決める話題が出て、湯船の中だったため方法は即座に決まり、
「3、2、1、ゼロ!」
ゼロとともに息を限界まで吸って一斉にお湯に潜った。息を長く止めていられた順に、好きな場所を選べるようにしたんだね。けどこの方法は、バカの一言に尽きた。なぜなら順番が決定すると同時に、孤児院の管理AIの怒声が浴室に響いたからだ。
「この子猿ども! お湯に潜るのは許可していても、呼吸止め競争は規則違反だって全員知っているでしょう!!」
「「「「ゴメンナサイ~~!!!」」」」
声を揃えて謝まったがもちろん許してもらえず、俺ら10人は素っ裸のまま床に正座し、管理AIに叱られる事になった。するとそれが、やたら羨ましく思えてくるのがバカな子猿というもの。
「な、なぜなの? なぜ浴室にいる全員が先を競うように、呼吸止め競争を始めちゃったのよ?!」
管理AIの心底困惑した声が浴室に響いた。俺らは勝ったとばかりに、全員で勝鬨を上げる。しかし俺達は、しょせん子猿にすぎない。シクシク泣き始めた管理AIに恐慌をきたし、調子に乗ってしまったことを全員で土下座して詫びた。だが管理AIは、男子が一致団結して反旗を翻したことがよほど堪えたのか、シクシク泣き続けている。こりゃ本格的にマズイという事になり皆で意見を出し合った結果、食事後の片付けを十日間する罰を自ら申し出ることにした。後片付けは、男女5人ずつの10人一組で行う仕事。それを男子のみですれば、女子は後片付けが一回減る。よってこの申し出は女子受けも良いのではないか、と誰かが述べたんだね。皆が積極的に意見を出し合ったのもさることながら「女子受けも良い」の箇所で異様に盛り上がったことから、皆の精神年齢は聞いていたより1歳多い小六くらいな気がしたけど、それはさて置き。
「十日だけ?」
管理AIは十日では不満なようだった。ためしに暗算したら、管理AIが正しいように思えた。六年間の後片付けの回数は、219回という膨大な数になる。それを一回増やし220回にしたところで、罰を申し出た事にはならないと俺も感じたのだ。皆にそう伝えたところ、賛同の声を多数もらうことが出来た。それは嬉しかったけど誰かが悪戯っぽく「じゃあ日数は筆頭に一任するよ」とほざくや、
「「「「異議な~~し」」」」
と、みんな一致団結して悪ふざけに乗っかったのは堪えた。しかも皆が皆、俺をニマニマ見つめているとくれば諦めるしかない。俺は管理AIに、十日の三倍にあたる三十日の後片付けを申し出た。「妥当でしょう」と認め、管理AIの気配が消える。皆に団結して裏切られ、管理AIの気持ちを理解した俺は正座のまま項垂れていた。するとその丸まった背中を、
「お疲れさま、筆頭」「初仕事、お疲れ」「うむ、よくやった」「「「そうだそうだ~~」」」
と大勢の野郎共が軽快に叩いてくれた。そのとたん俺は笑顔になり、そんな自分に我ながら呆れてしまったが、これが性分なのだから仕方ないのである。などと開き直ったのが、どうもウケたらしい。
「ブハッ」「面白い奴だなお前」「うむ、テメェは楽しい」「男はバカじゃないと、楽しくねぇしな」「それを言うなら俺ら全員、バカじゃね?」「新しい孤児院の初日から、素っ裸で叱られたんだからな」「そうそう、滅多にいないバカだぜ」「なあこれって、伝説じゃね?」「そうだ、俺らは伝説を打ち立てたんだ!」「50本のフル〇ン、バンザ~イ!」「ブハッ、フル〇ン50本って」「でも俺、それ超気に入ったんですけど」「確かに!」「異議なし!」「じゃあ皆でせえの!」「「「「50本のフル〇ン、バンザ~イ!!!」」」」
てな感じに大層盛り上がり、最後は50人全員で湯船に浸かって風呂を終えたのだから、これで良かったのだと俺は考えている。
裸の付き合いで団結したからか、その後の夕食会も大いに楽しめた。それが女の子たちの緊張をほぐしたらしく、女子と男子はすぐ打ち解けて話すようになった。野郎同士で盛り上がるのも良いが、女の子と会話が弾むのも好いもの。かくして100人は夕食会を満喫し、そしてその終盤、素晴らしい時間をもたらした功労者として女子は男子を称えてくれた。野郎共はお風呂場に続き食堂でも、万歳する事になったのだった。
続くミーティングも、俺以外の99人にとってはおおむね楽しい時間になったと思う。なぜ俺以外かというと、筆頭として議長を務めねばならなかったからだ。戦闘服が赤から黄に変わった事などの連絡事項はどうにかこなせても、罰則の説明をするのがキツかった。男子は罰則を、既に受けていたからね。よって妙な空気を男子達はまとう事になり、するとそれを某女子がド直球で指摘した。夕食会で男女が打ち解けたことが、仇になってしまったのだ。必死で誤魔化そうとする男子も数人いたけど、男女の舌戦において男が圧倒的に不利なのは世の常。誤魔化そうとする男子達が墓穴を掘る前に、俺が代表して女子達へ、管理AIを泣かせてしまったことを明かした。「がっかりした」「功労者って称えるんじゃなかった」「ホントよね」「「「ね~~」」」」と、お叱りの集中砲火が俺に浴びせられる。副議長を務める準筆頭の舞ちゃんが執り成してくれなかったら、俺は泣いていたかもな・・・・
まあミーティング後に男子49人から詫びられ「気にするなってアハハ」と偽りなく返したら、男同士の結束が更に強まったので、全然いいんだけどさ。
結束が更に強まったこともあり、7時半以降は親密な時間となった。それは101号室に限ったことではなく、男子の全部屋に共通する現象だったらしい。ママ先生との別れのつらさや、戦士になる試験の厳しさや、戦争への不安等々を俺達は赤裸々に打ち明けて行った。そういう時間は、あっという間に過ぎるもの。ふと気づくと就寝10分前になっており、寝る準備を皆で慌ててした。その最初にトイレを選んだ奴らが大勢いて、そいつらと並んで用をたしている最中、「ん? お前の部屋も親密話をしてたのか?」「あれ、お前らの部屋も?」と発覚したものだからさあ大変。それについて盛り上がりかけたが、
「気持ちは解るけど、今日はあなた達をもう罰したくないの」
すんでのところで管理AIの涙声が鼓膜に届いた。野郎共は平謝りに謝り、部屋へ戻ってゆく。俺だけは大用の個室に入って、美雪に謝罪メールを送ったけどね。
今夜の就寝時間は、普段より30分遅い。でも運動量が少なかったため、問題ないはず。ただ運動量の少なさに反し、精神力の消費量は多かったらしい。9時半になり照明が落ちて30秒も経たぬ間に、強烈な睡魔が襲ってきたのだ。俺はそれに逆らわず、身を任せる。
こうして7歳時の試験及び新しい孤児院での生活一日目は、終了したのだった。




