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「101号室の10人が全員集るのは、何時ごろでしょうか」
「およそ12分後の、午後5時10分です」
「僕と舞ちゃんは、とりわけ早く着いたんですね」
「午後の試験で25戦まで勝ち進んだのは、翔さんと舞さんの2人だけです。25戦するため試験は数分長引きますが、その孤児院は子供達の満足度が非常に高く、院長先生との別れに時間をかけ過ぎない傾向があります。準機密ですが、飛行車の最終出発時刻に急き立てられ院長先生と強制的に別れさせられる孤児院が、全体の90%ですね」
「えっと、知っているでしょうが僕は訓練場に引きこもっていたせいで、孤児院の規則に無知もいいとこです。準機密と筆頭について、教えてもらえますか?」
「準機密も筆頭も、7歳の試験に合格した子供だけに適用されます。筆頭は、毎年4月1日の試験で孤児院内の戦闘力が1位になった子が担います。準機密は、筆頭にだけ明かされる機密です。来年の4月1日の試験で仮に翔さんが筆頭ではなくなったら、一年間で知り得た準機密を口外しないでくださいね」
「はい、決して口外しません。それと、僕のスキルの等級について質問したいのですが、まだそれを確認していないんです。すぐ確認しますから、少し待ってもらえますか?」
くすくす笑い、もちろん待ちますとお姉さんは答えてくれた。せめてお姉さんの名前を知りたいけど、それを訊いたら待たせる時間を長引かせることになる。俺は腰のバッグからアルバムを素早く取り出し、挟まれていたスキル表に目をやった。その直後、呼吸をしばし忘れるほど驚いてしまった。
3歳のスキル審査では、輝力量と輝力操作と剣術適正の三大有用スキルを一つも持っていなかったのに、今は三つとも持っていた。それは想定していたけど、等級は外れた。三つとも想定より一つ高い、基礎中級だったのである。外れたのはもう一つあって、それは健康スキルの等級が英雄級だったことだ。健康スキルは生まれ落ちた瞬間から神話級と思い込んでいたが、違ったらしい。ならば現時点で英雄級なのは、成長に照らし合わせると順調なのか? それとも遅れていたり進んでいたりするのか? 疑問は尽きずとも、時間をこれ以上かけてはならない。軽業スキルの名も記載されているスキル表から無理やり目を離し、待たせてしまったことを詫びて、質問が二つある旨をお姉さんに伝えた。
「二つの質問の最初は、三大有用スキルの等級が想定より一つ高い、基礎中級だったことです。僕はなぜ、等級を上げられたのでしょうか?」
「それについては美雪と、冴子と、母さんの三人とも驚いていました。母さんから伝言を授かっています。『基礎初級の上限ギリギリになるとの私の予測を超え、翔は中級を獲得しました。その仕組みは、戦闘中の志にあったと私は考えます。あなたは9人の班員をライバルではなく、家族と思い戦っていると私は感じました。それは創造主の意向に沿ったため、実力以上の輝力と創造力があなたに流れ込んだ。それが予測を超えた仕組みだと、私は考えます。翔、見事でした』 だそうです。翔さん、おめでとうございます」
等級を上げられた事への質問は、湯船の中でするべきだった。湯船の中なら目から溢れる心の汗を、誤魔化せたかもしれないからさ。
なんて悪あがきは無様なのでせず、両手で目をゴシゴシこすって二つ目の質問をした。
「もう一つの質問は、健康スキルの等級についてです。現時点で英雄級なのは、順調に成長しているのでしょうか? それとも、遅れていたり進んでいたりするのでしょうか?」
「それに関しては、美雪の伝言があります。『神話級が未知の等級だったことを、黙っていてごめんなさい。責めは後で改めて聴くとして、今は健康スキルの進捗を話します。強健なアトランティス人は転生時に健康スキルを望まないのか、翔以前の歴代最高等級は、第一司令伍のメンバーが所有していた聖級でした。ただ3歳時は基礎初級、20歳でも基礎上級にすぎず、健康増進の研究を始めるなり等級が急成長したことから、人々の健康に寄与することが成長を促すと予想されています。母さんの予測をも超えてなった筆頭は、天啓なのかもしれませんね』 以上です。美雪へ伝言がありましたら、承ります」
「人々の健康に寄与することが成長を促す、の箇所でピンときましたから、後で姉ちゃんとじっくり話し合います。ですから今は」
俺は視線を若干下げ、前へ二歩進む。そしてそこに立っている気がしきりとする美雪の手を取り、話しかけた。
「姉ちゃん、神話級が未知の等級だってことを、僕のために黙っていてくれてありがとう。責める気持ちなんてまったく無いから安心してね。それと、今朝からずっと会えてなくて寂しいけど、姉ちゃんと話せるのは就寝直前になると思う。もう少し待っててね」
視界の隅に違和感を覚え、そちらへ目をやる。そこは脱衣場と廊下を繋ぐドアで、ドアの上半分を占める透明な箇所に光学迷彩が展開したように思えた。しかしそれを、目を凝らして確認することはできなかった。美雪が立っていると感じていた場所に寸分たがわず美雪の3Dが浮かび上がり、俺を抱きしめたからだ。幸い美雪は膝立ちになっていたので胸ギュウギュウは避けられたけど、時間の余裕があまり無いのがホントのところ。然るに少々困っていたら、美雪の斜め後ろに母さんのメールが映された。『私の特権で脱衣場内を見えなくしているけど、翔のルームメイトが約2分半後に揃うわ。翔、美雪を落ち着かせてあげて』 何となく、母さんに丸投げされた気がしたけど、悪い気はしない。泣きじゃくる美雪の背中を優しく叩き、話しかけた。
「姉ちゃん、僕のルームメイトがそろそろやって来ると思うんだ。手伝ってほしい事があるんだけど、頼める?」
「どんなことでも任せなさい!」
と即座に了承しつつも俺から身を離そうとしない美雪に、こりゃホント丸投げされたんだなと胸中クスクス笑いつつ、頼んだ。
「初対面のルームメイトの、名前と顔を一致させることが僕にはできない。食堂に移動している最中や食堂にルームメイトがいたら、僕だけに分かる方法で教えてくれないかな」
「姉ちゃんに任せなさい!」
今回ばかりは身を離して了承してくれた。それでも両手を俺の両肩に添えていたので美雪の右手を取り、「さあ一緒に行こう」と声をかける。一緒に行こうの箇所で花が咲いたような笑顔になり、美雪は立ち上がった。すかさず、でも自然になるよう心掛けて美雪の手を引き、並んで歩き始める。極上の笑みの美雪には悪いが、こうして手を繋いでいられるのは脱衣場内のみ。俺はドアに手をかけ、「姉ちゃんの姿がなくても僕には姉ちゃんのいる場所が分かるから、安心して」 そう語り掛けた。美雪は泣き笑いになるも、自身の3Dを消す。美雪と管理AIのお姉さんと母さんに謝意を述べ、俺は脱衣場を後にした。
廊下に出るや視界の右上に、俺だけに見えるよう調整された2Dカウントダウンが浮かび上がった。残り1分18秒あるので、早歩きすれば間に合うはず。俺は大股の早歩きで食堂を目指した。
十数分前とは異なり、複数の子供が廊下を歩いている。幸いその子たちは部屋番号とその下の名簿が気になるらしく、俺に注意をほぼ払っていない。子供達のいない廊下の北側を、俺はサクサク歩いて行った。
102号室の前に差し掛かった丁度そのとき、俺にだけ見える指向性矢印と「10人中の9人目、高橋君」との文字が視界に映った。その矢印が指し示す、ちょっぴりオドオドしながら廊下に現れた子へ話しかけた。
「こんばんは、高橋君だよね。俺は同じ101号室の、空翔。高橋君が10人中の9人目なんだ。最後の1人を迎えに行ってくるから、101号室で待っててね」
いきなり話しかけられ、高橋君は最初驚いていた。だが俺の話した内容は、部屋で待ち構えている初対面の7人へ投げかける最高のネタと言える。それに気づき、安堵したのだろう。「空君こんばんは。了解したよ、部屋で待ってるね」 高橋君は明るく応え、手を振ってくれた。俺も手を振り返し、廊下を後にした。
三十分近い時間を経て再度訪れた食堂では、十数人の子供達が鈴姉さんに挨拶していた。その内の1人に矢印と、「十人目の斎藤君。このグループで100人全員が孤児院に到着した」との文字が浮かび上がる。後ろ姿を一瞥しただけでかなり緊張しているのが伝わって来るから、斎藤君はグループの最後尾を歩いてくるんじゃないかな。との予想は当たり、挨拶を皆と一緒に終えた斎藤君はグループの最後尾になるよう巧みに移動し、目論見を見事達成していた。しかし達成しつつも、斎藤君はこっそり小さく嘆息した。仮に、このグループが最後なことを鈴姉さんに聞いたとすると、嘆息も頷ける。自分以外の全員が待ち構えている場所に、最後の1人として入っていくのは、性格がよほど明るくない限り気が重いものだからだ。ならば、それを踏まえて行動するに越したことはない。俺は斎藤君の視界に自然と入るよう意識して歩を進め、斎藤君がこちらに気づくと同時に胸元で小さく手を振り、小声で話しかけた。そこまでしても斎藤君は俺が急に現れて驚いていたが、「101号室に一緒に入ろう」の箇所で、大きな大きな安堵の表情になった。機を逃さず、共感できると伝えておく。
「わかるよ、最後は緊張するもんね」




