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「美雪が酒果を初めて食べて寝てしまったとき、母さんの護衛を冴子ちゃんに頼んだよね」「そうだったわね」「あのとき俺は冴子ちゃんに、お詫びも兼ね次の酒果は冴子ちゃんにも食べてもらうことを、申し出なければならなかった。失念してしまいゴメン」「そうしてもらえたら嬉しかったのは、否定しないわ」「うん、ゴメン。その時を逃しただけでなく、つい数週間前の二度目の酒果でも冴子ちゃんを招待しなかった。これもゴメン」「ん~、バカンスの時のことは謝らなくていい。呼ばれても、行けなかったと思うし」「翼さんへの遠慮だよね」「うん、そう。だからあの時のことはおしまい」「わかった、おしまいにする」「ありがとう。じゃあ自分のことだし、私が整理していい?」「もちろん良いよ」


 冴子ちゃんは謝意を述べ、今回の件の整理をした。曰く、母さんの護衛をしたとき次の酒果の約束をされたとしても、人生初の飲酒が今日より早まることは無かった。よって護衛時の失念に気づき謝ってもらえただけで、失念のことは水に流せる。またお茶会自体が十年以上なく、理由も正当だったから、今日ここに呼んでもらえただけでそれも水に流せる。だからこれ以上俺は謝らなくていいが、それとは別に尋ねたいことがある。いいかな? との事だったので可能な限り答えることを誓ったら「そんな大それた質問じゃないわ」と、冴子ちゃんは母さんそっくりにクスクス笑った。そして、


「私を今日ここに呼ぼうと思ったきっかけを、可能な範囲でいいから教えて」


 そう問うてきたのである。少し長くなることを了承してもらい、俺は話した。

 俺は数年前、自覚が無いだけで心が疲れていることに気づいた。ただ自覚の無いことの厄介さは想像を遥かに超え、その一つに対処法の有効性を判別できないというものがあった。精神疲労を覚えず、精神疲労に伴うやる気の減退や怒りっぽくなる等々の症状もないため、対処法が効いているのか効いていないのかもまるで判らなかったのだ。ただ判らずとも試み続けたのは正しかったらしく今日の昼食後、心の疲れを完全除去できたことを悟った。喜びのまま美雪とダンスし、ダンスを終えテーブルに向かえば次の計画が自ずと湧いてくるという確信のあった俺はテーブルに座った。その直後、まさしく自ずと浮かんできたのである。寂しそうに俯き体育座りをする、冴子ちゃんの姿が。

 という話をしたところ、冴子ちゃんは「最後の一杯」と言ってグラスを指し出してきた。俺はグラスに、梅酒のソーダ割りを注ぐ。それを胸元に持ってきて、冴子ちゃんは自分の見解を述べるとともに、俺に頼みごとをした。


「心労に悩む翔に私の心配をさせたら、私は自分に腹を立てたわ。そうではなかったと知り安心したし、心労が取れたお祝いのダンスの直後に思い浮かんだのが私だったのは、素直に嬉しかった。だから過去の全てを、水に流そうと思う。それでいい?」「冴子ちゃんがそれでいいなら、俺もいいよ」「ありがとう、では未来に話題を変えるね。年に一度で十分だから、今日のような時間をまた作って欲しい。そうすれば、翔の心に浮かんだ私に、私は二度とならないわ」「わかった、年に一度はこの時間を必ず設けるよ。母さん、どうかお願いします」「私も楽しみだわ。冴子、また飲み会をしましょう」「ありがとう母さん。ありがとう翔。では最後の一杯を、いただきます」


 両手に持ったグラスを、冴子ちゃんは慈しむように傾ける。そして赤子のような天真爛漫な笑みを浮かべて、冴子ちゃんは母さんの膝枕で寝たのだった。


 その後、母さんと少し話した。今日の母さんは、最近では珍しく3D映像で現れている。今日の主役の冴子ちゃんをもてなすなら同じ3Dが好都合なのかな、と思っていたけど真相は母さん自身にあったらしい。肉体だったら、涙が止まらないと予想したそうなのである。「だって冴子を追い詰めたのは、私だから」 母さんは膝に頭を預ける冴子ちゃんに繰り返し繰り返し謝罪する合間に、一度だけそう呟いていた。

 ただその呟きは、母さんと交わした会話に含まれていない。それについて話したら3Dだろうと涙が止まらなくなるのは、俺にも分かったからだ。母さんと交わしたのは今夜の準四次元会合の確認と、冴子ちゃんと同じく母さんの膝枕で寝る美雪について。母さんは3Dの分身を美雪の傍らに出し、美雪も膝で寝させてあげていたんだね。だからだろう、美雪の寝顔はいつも以上に健やかだった。その美雪を慈母の眼差しで見つめつつ、美雪は最近とりわけ幸せそうにしているありがとうと、母さんはお礼を言ってくれたのである。母さんは美雪の母親でもあることを実感し、胸がポカポカになった俺だった。

 美雪を俺に託し、母さんが冴子ちゃんと一緒に消える。冴子ちゃんが目覚めるまで、冴子ちゃんを膝から解放するつもりがないらしいんだよね。目覚めた冴子ちゃんは恐縮するやら嬉しいやらで、きっと大忙しだろうな。

 美雪を体育館の生活スペースに連れて行き、ベッドに寝かせる。美雪は数時間後「酔い潰れて寝てしまい、目覚めたら男のベッドにいた」という経験をとうとうすることになったのだ。まあ美雪なら、俺が喜んで責任取るけどさ。

 ということを、無防備に眠る女性の寝顔を盗み見しつつ考えていたため、きっとばちが当たったのだろう。横向きに眠る美雪が「にぱっ」と笑って俺の枕にスリスリし、「翔の匂いだわ~い!」と寝言を言ったのである。女性を盗み見ることはもう二度としませんと、眠る美雪に固く誓った俺だった。

 固く誓えどそれとは別に、美雪のそばにいてやらねばならぬ気も、しきりとしていた。目覚めたとき俺が視界にいなかったら美雪は寂しがると、思えてならなかったのである。アカシックレコードで確認したところ、美雪が目覚めるのは約2時間50分後とのこと。さてそれまでどう過ごそうかと、俺はベッドのすぐ横に創った輝力製の椅子に座りつつ考えた。ちなみに背は、美雪に向けている。これなら寝顔を盗み見ることなく、美雪のそばにいてあげられるからさ。

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