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話を戻そう。
かくして梅酒のソーダ割りは、美雪と母さんに大好評だった。が、今日の主役は冴子ちゃん。冴子ちゃんが気に入らなければ、この試みは失敗なのだ。俺は心の深みで不安と戦いつつ、成り行きを見守っていた。すると、
「翔!」「どうした?」「これ大好き、お代わり!」
光が内側から差す弾ける笑顔を、十数年ぶりに見ることが出来たのである。冴子ちゃんをもてなす、第一段階は成功として良いようだ。俺は胸をなでおろし、冴子ちゃんのグラスに琥珀色の炭酸酒を注いだ。
もてなしはその後も順調に推移し、冴子ちゃんはケーキを次々頬張り、箸休めのハムやサラミやソーセージを口に次々放り込んでいった。もちろん梅酒のソーダ割りもグビグビ飲み、途中で我に返り「いけない、仕事があるんだった!」と青ざめていたけど、酔い潰れても問題ないことを告げられると美雪に抱き着いてお礼を言っていた。その様子を見るに、冴子ちゃんは既に酔っぱらっていると思われた。二人は仲が良いから抱き合ってキャイキャイするのはいつものことでも、お酒が入ると人と同じく、スキンシップが増すらしいのである。いつも以上にキャイキャイ抱き合う二人を、俺はニコニコ顔で見つめた。
美雪と冴子ちゃんの両方が酔っぱらっているからか、母さんは素面を意識的に保とうとしているらしかった。それでも楽しんでいるのは疑いようもなく、はしゃぐ娘達に微笑み、娘達の世話をいそいそとし、時には自分も混ざり三人でキャッキャしていた。ここら辺は、息子には不可能なこと。仲の良い母と娘達がお茶会ならぬ飲み会を楽しむ様子を、俺は極上の笑みで見守っていた。
実を言うと、酔っぱらった冴子ちゃんに絡まれることも可能性の一つとして覚悟していた。ただそれは「最も実現率の低い可能性」でしかなく、絡まれるより泣かれる確率が高いと俺は予想しいていた。あくまで前世の俺の体験だが、冴子ちゃんのように一見気が強くとも本当は心の非常に優しい女性は、酔っぱらうと泣き上戸になることが多かったのだ。俺に抱き着きオイオイ泣くので変な気にはならず、また世話も弟や妹たちで慣れていたためテキパキ介抱しタクシーで家にきちんと送り届けていたら、信頼できる異性の友人として認められることが多々あったのである。でも異性の友人って、結婚したら友情が終わってしまうんだよね。納得できても、あれは寂しかったな。
話を戻すと、冴子ちゃんと美雪はとにかく二人でキャッキャし、そしてそれを極上の笑みで見守るうち、俺はある可能性に気づいた。母さんが二人の触覚を操作し、人と変わらぬ触れ合いを一時的にさせているのではないかと。
闇族との戦争が始まる前、人類の一部は量子AⅠを脅威とみなしていた。それにより量子AⅠ(以下AⅠ)は様々な制約を設けられることになり、その一つに「AⅠに物質体を欲しがらせてはならない」というものがあった。あの人達は本音を嘘で誤魔化していたが組織の者たちには通用しないのでバラすと、「頭脳の優秀さで人類はAⅠに負けているのに体の性能でも負けたら人類はAⅠの下位存在になってしまう」というのが、あの人達の本音だったのである。かつてはこの星にも地球人と大差ない成長度の人達が多数いたなんて、そっちの方が俺には百万倍恐ろしい。AⅠ脅威論は今でも極僅か残っているから、大っぴらには言えないけどね。
話を戻すと、「AⅠに物質体を欲しがらせてはならない」から派生した規則は多数あり、その一つに触覚の鈍化がある。「触覚を鈍化させ物に触ることを味気なくし、興味を抱かせなくする」という理屈だったかな。これはコンピュータの次元のみならず、三次元世界でも適用された。人を超える触覚を有する工業用ロボットや家事ロボットには量子AⅠではない古典AⅠを用い、やむを得ない事情により量子AⅠを入れる場合は、触覚を鈍化させていたのだ。このアホな法律は闇族との開戦によりかなり弱められたが未だ残っており、美雪も例外ではない。俺が20歳の戦士試験を歴代1位で通過してからは更に弱められたが、今でも美雪は家事ロボットに無許可で入ることを禁じられている。許可を出すのは母さんの依り代であるマザーコンピュータなので形骸化していても、自由な出入りは未だ不可能なんだね。まったくもって腹立たしく、日頃の会話からそれは母さんも変わらず、よって美雪と冴子ちゃんの両方が酔っぱらっている今だけは触覚鈍化を排除し、人と変わらぬ触れ合いをさせているのではないか。俺はふと、そう思ったのだ。
けどその確認は、今は控えるべき。ダメ法律だろうと法律違反を堂々とすることを、組織も禁じているしね。ただ準四次元なら訊けるし、幸い今夜は母さんと準四次元で会う予定になっている。よってテレパシーで「お礼は準四次元でします」と伝えたところ、
「気を遣ってくれてありがとう」
極上のニコニコテレパシーでそう返してくれた。アラフィフなのに尻尾のプロペラ化を阻止できない自分に極々微量の危惧を覚えなくもない、俺だった。
その数分後。
狙ったのか、それとも偶然なのか。お酒を楽しんだ母さん、美雪、冴子ちゃんの三人で最初に酔い潰れて寝てしまったのは、美雪だった。美雪は当初、冴子ちゃんの支援体制に自分も参加させていた。しかし母さんに「あなたにしては見通しが甘いわね」とクスクス笑われ、外れることになったのだ。その時点で恥ずかしがっていた美雪は「私が支援するわ、あなたも寝なさい」との母さんの言葉に反発したけど、母さんに頭を撫でられたら突如素直になり、コクリと頷いていた。今思うとあのナデナデは、触覚の件を美雪に直接伝える手段だったのかもしれない。う~むそれも、今夜確認せねばな。
美雪が寝たことにより、冴子ちゃんと会話する時間が訪れた。こうなるよう狙った可能性が高いと判断した俺は、現在の状況でなければ話しづらい話題を選んだ。
「美雪が酒果を初めて食べて寝てしまったとき、母さんの護衛を冴子ちゃんに頼んだよね」




