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「そうそうこれ見て、上履きの色が変わったんだ」


 次の行動をさりげなく促すべく、上履きの色が変わった話題を振ってみた。「ホントだ、黄色になってる!」 衣服に関わることだからか、女の子は演技でない食いつきを見せる。そして「私も替えてくるね!」と、弾む足取りで下駄箱スペースへ消えて行った。その様子に、上履きの色が変わるのは話題作りのためあえて伏せていたのかもしれないな、などと俺は一人考えていた。

 そうこうするうち靴を履き替えたその子が、小走りで俺達のもとにやって来た。慌てた様子から察したとおり俺と虎鉄の両方に、


「遅れちゃってごめんなさい。私は、天草舞あまくさまい。翔くん、虎鉄くん、これからヨロシクね」


 舞ちゃんは元気よく自己紹介してくれた。遅れた詫びを兼ねるのだから努めて明るくしなきゃ、との意思がほのかに伝わってきて、この子は良い子との印象が強まっていく。虎鉄もそう感じたのだろう俺の腕から飛び降り、舞ちゃんの足元にじゃれついた。舞ちゃんは満面の笑みでしゃがみ、虎鉄の首元を掻いてあげる。それがとても様になっている事から、前の孤児院でも猫を可愛がっていた猫好きと考えて間違いないだろう。俺もしゃがみ、「良かったな虎鉄」「にゃ~」「ふふふ、二人は仲が良いねえ」なんてやり取りをしたのち、三人そろって食堂へ向かった。


 鈴姉さんと舞ちゃんの初対面の挨拶もつつがなく終わり、部屋へ案内される事になった。俺と舞ちゃんを先導する矢印が、空中に浮かぶ。食堂の北側中央には階段があり、東側の北寄りには廊下がある。矢印は廊下を指しているので、あの廊下の先が子供達の居住区と思われる。前の孤児院は男女共同の部屋だったけど、さすがにもう無理だろうな。との予想どおり、


「あ、矢印が二つに分かれた」

「青の矢印が翔くん、赤の矢印が私でよさそうね」


 右の矢印が青、左の矢印が赤、に分かれたのだ。俺と舞ちゃんの立ち位置と逆だったので、急いで入れ替える。廊下の入り口が迫るにつれ、その先の階段が見えてきた。


「廊下に入ってすぐ、左手に階段があるんだね」

「私を左にしたってことは、階段を上った二階が女子の部屋かな?」


 俺と舞ちゃんは流れるように推測を重ねてゆく。この子とは気が合いそうだな、友達になれたらいいなあ、とほのぼのしたのも束の間。


「赤の矢印が階段を指した。舞ちゃんの推測、当たったね」

「うん、私は二階みたい。翔くん、虎鉄くん、また後でね」


 手を振って、舞ちゃんが階段を上っていく。今日初めてこの場に立ったにもかかわらず、男子禁制の濃厚な気配が階段から漂ってきて、俺は身震いしたものだった。

 舞ちゃんと別れて2メートルも歩かないうち、青の矢印が右に90度回転してドアを指した。101号室という部屋番号と、10人の名前がドアの横に書かれているから、10人の相部屋暮らしが始まるという事なのだろう。部屋の中に誰もいずともマナーを習慣化する第一歩として、ノックしてドアを開ける。廊下から見て右側に、二段ベッドが5台とロッカーが10個。そして左側に、机と椅子が10セット備え付けられていた。ベッドとロッカーと机は、皆が揃ってから決めないと不和の原因になる。でもたぶん、猫は例外。南側に幅2メートルの出窓があり、その上が猫用クッションを置く場所として最適に思えたのだ。出窓は床から高さ1メートルの場所に設けられ、そこに登るための足場が、出窓の左右にそれぞれ一つずつ取り付けられている。よほどの老猫でない限り、50センチの高さに足場があれば、出窓へ楽に登れるはず。とはいえ一応、本人に訊いてみなければ判らない。よって「クッションを置くのはここでいいかな?」と、出窓の中央を指さして尋ねたところ、


「にゃ~~~」


 めちゃくちゃ軽やかな肯定の声で虎鉄は鳴いた。ならば善は急げとばかりに、片掛けに背負っていたクッションを素早く肩から外し、出窓の中央に置く。すると待ちきれなかったのか、虎鉄は足場を使わず直接出窓へ跳躍し、クッションに収まった。一段高い場所から部屋を睥睨(へいげい)できる出窓のクッションに、ご満悦のようだ。虎鉄が冬や夏を快適に過ごせるよう、この部屋の空調システムを後でしっかり調べておこう。さて寝床は決まったから、次は猫用トイレを探すぞ。と周囲を一応見渡すも、まあ解っていたことだが部屋に猫トイレはなかった。その代わり北側の壁に興味深い物を見つけたので、足を運んでみる。それは緊急時の避難経路図で、そしてこういうモノには館内見取り図も併記されているのが常。思ったとおり一階の見取り図も描かれており、それによると人用トイレの入り口に猫トイレもあるみたいだ。確認しに行きたいけど、虎鉄は寝ちゃったかな? と少々焦って振り返るや、虎鉄は出窓から軽やかに飛び降りてこちらに駆けて来た。「虎鉄ってホント賢いよな」「にゃ~」「そうそう館内見取り図の下に、猫用入り口があったよ。使ってみる?」「ニャッ!」 虎鉄が目を輝かせて猫用入り口を潜ってゆく。うん、問題ないみたいだ。俺はドアを開けて廊下に出た。

 廊下から、食堂と玄関の様子を窺ってみる。どちらにも子供の気配はないが、飛行車が続々と集まりつつあるイメージが心に浮かんだ。俺がここに2分で着いたのは、破格に早かったらしい。猫トイレを確認したら、玄関に行ってみるか。などと余計なことに時間を費やしているうち、俺の足元から虎鉄の姿は消えてしまっていた。俺ってホント残念だよなあと項垂れ、トイレの方角にトボトボ歩いて行った。

 館内見取り図によるとトイレは103号室の向かいにあり、その入り口右手が猫用トイレのはず。因みに浴室は105号室の隣で、見取り図ではかなりの大きさに描かれていたから、プールのような湯船を楽しめるかもしれない。などと考えているうちトイレに着き、そう言えば虎鉄はどこにいるのだろうと今更ながら周囲の気配を探った丁度その時。


 パタン


 猫用トイレに出入りする人用ドアの下に設けられた猫用ドアから、虎鉄がすっきりした顔で出てきた。すっきりした顔にすべてを理解した俺は、廊下に膝を付いて虎鉄に詫びた。


「すまん虎鉄、トイレを我慢していたんだな」


 平気にゃ気にするにゃ、と虎鉄に慰めてもらえた、そんな気がした。

 虎鉄は俺と違い賢いから粗相はしないはずだが一応確認せねばと思い、スライド式のドアを開けてみる。砂の敷かれたトイレが六つ床に置かれていて、その左奥を虎鉄は綺麗に使っていた。ま、虎鉄だから当然だね。

 続いて人用のトイレも確認したけど、まったくもって普通でいささか拍子抜けしてしまった。ならば次は浴室だと意気込んで足を運んだところ、期待に違わぬ巨大な湯船が鎮座しておりとても満足した。しかも既に湯が張られていて湯気をもうもうと立てているとくれば、期待は鰻上りだ。そういえば午後の試験後、着替えをしていない。俺は汗をまったく掻いていないが、改めて振り返るとベンチコートの着用を勧められたのは、戦闘服の汗と土埃で飛行車を汚さないためだったのかもしれない。こうして湯を張っているのも、夕食前の入浴を促しているとか? なんてアレコレ考察している内ようやく気付き、戦闘服の胸元を摘まんで鼻に近づけてみたまさにその時。


 ピロパロポロロン♪


 電子音が鳴り、今日のスケジュールを記した2Dが眼前に投影された。それによると午後6時までに終わらせることが二つあり、一つは入浴、もう一つはベッドとロッカーと机の使用者の決定だった。6時から懇親会を兼ねた夕食が始まり、7時から7時半までは食堂でミーティング。その後は自由時間になり、消灯は9時半とのこと。ふと思い立ち、顔を斜め上に向けて問うてみた。


「この孤児院の管理AIさん、お話しできますか?」

「はい、もちろんできますよ」


 お姉さんの優しい声が即座に帰ってきたので謝意を述べ、知りたいことをまとめて尋ねることにした。

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