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そうそうエインティータさんの帯の柄に月が用いられるようになったのは、翼さんのアイデアらしい。「翼の鳳凰は使えないので悩んでいたら相談に乗ってくれて、月を思い付いてくれたんです」と説明したエインティータさんの頬が歴代最高レベルで赤くなっているのは、なぜなのかな? 平行世界のハーレム俺に「この馬鹿野郎!」と罵られたけど、それもなぜなのだろう。と考えるうち母さんの盛大な溜息も聞こえてきた俺は、落ち込む自分を表面に出さぬよう必死になって努力せねばならなかった。しかしその後、ハーレム俺の罵倒と母さんの溜息に助けられたのだから、この世は分からぬものだ。どういうことかと言うと、翼さんとの交流に関する打ち明け話は終了したと思われるのにエインティータさんが無言のまま俯いていたため「ここは俺が上手に先を促さねばならない場面とか?」と考えるようになり、「そういえば藪蛇になりそうだから訊かないようにした事があったな」と思い出し、「女性を俯いたままにはできないから藪蛇だろうが『振袖を着るようになった根本理由』を尋ねよう」と決心したところ、
「この馬鹿野郎!」「まったくこのバカ息子は」
の二つが記憶から呼び戻され頭の中に鳴り響いたんだね。女心の理解力においてハーレム俺は俺の遥か先にいるし、俺にとって母さんの言葉は宇宙法則に等しいので、この二つに従うべきと心から信じられたのである。するとそれにほんの僅か遅れて、エインティータさんが顔を上げた。その面に熟考後の決定を見て取った俺は、エインティータさんの邪魔をする寸前だったと知り自ずと背筋が伸びた。それを良い方に解釈してくれたのか、エインティータさんは微笑む。胸がほっこりする笑顔だったので俺も微笑み返したらエインティータさんは瞑目し、胸に手を当て「これで十分」と呟いたのち、
「話を戻しましょう」
晴れ晴れとした声で言った。異論はもちろん無いけど、どこに戻せばよいか皆目見当つかないのが本音。記憶を探るべく俺は眉間に縦皺を刻み、ウンウン唸ったのだった。
カンニングしてアカシックレコードを見て、エインティータさんの名前を長いと感じるなら短縮しても良い系の話題の途中だったことをやっと思い出した俺は、「エインティータさんの名を長いとは思いません」ときっぱり告げた。エインティータさんは「本名なのでそう言って頂けて嬉しいですが同時に」と途中で言葉を切り、背負っていた弓を手に取り眼前にかざす。そしてしばし弓を見つめたのち、こう続けた。
「翔さんに愛称を付けてもらえたら、もっと嬉しいです」
一理も二理もある、と俺は腕を組んだ。長さに煩わしさは覚えずとも短い愛称で呼んだら会話が弾むのは事実だし、また本人も気に入る愛称を考案することは、友情を深める契機にもなるからだ。というかそもそも、あの時も同じように感じたため「短縮可能か少し考えさせて」と頼んだんだった。そのお陰で母さんとエインティータさんに弓を贈るという一大イベントが発生し、二人にとても喜んでもらえたのだから、
愛称を考案するが吉
で間違いないだろう。と結論した俺は、前世の俺がいた地球にはエインティータという語彙から連想される神話や伝承が多数あることを説明した。悠久の歳月を生きる妖精長といえどそれは初耳だったらしく、エインティータさんは身を乗り出して地球の神話や伝承に耳を傾けていた。そして説明が終わり感想を尋ねたところ、前世の俺の母国語を元にした考察と「ティターニアはダイアナ説」の二つにとりわけ興奮したとのことだった。
「エインティータさん自身も、月が好きとか?」「大好きです。翼が前世の記憶をもとに夜空に輝く月を輝力で描いてくれた時はその美しさに魅入られ、涙を流してしまいました。しかも日ごと形が変わるのですから、なんて幻想的なのでしょうと思いました」
この星は地球と似すぎているので忘れがちだけど、月が無いんだよね。火星におけるフォボスとダイモスのような小さな衛星すらなく、天文学者達を悩ませているという。それを言うなら地球の月は天文学者達を比較にならぬほど悩ませているが、それもそのはず。月は光の子たちによって地球内部から取り出された人工星ゆえ、天文学的に説明不可とする方が正解なのだ。ちなみに月の体積は地球の64分の1だけど、重さは約100分の1。月も地球と同じく内部に巨大な空洞を持つから、寸法に比べて軽いんだね。詳細は伏せるが月はあの位置に、あの大きさで、あの公転周期と自転周期で存在せねばならなかったため光の子たちはそれに合わせて月を設計し、内部に広大な空間があったら好都合だったこともありそれも設けられた。然るに軽く、また地球の科学でも判明しているように表面が意図的に硬く造られている。地球の第三時代まで月には人が住み、その頃は当たり前だが、あのようなクレーターだらけの死に絶えた星ではなかった。その頃の記憶を超々微かに留めているのが、東洋における竜。月は天国では決してなかったけど「竜は天上世界と地上を行き来できる」と伝承にあるように、月と地球を結ぶ縦長の宇宙船が竜の原型なんだね。「竜を見た」と主張する大勢の日本人が見ているのは、残念ながら竜の姿を模した星務員なのでした。悪しからず。
余談だが、前世の俺が「月は光の子によって地球内部から取り出された」と聞いたら、光の子はどんな機械を使ったのだろうと考えたはず。でもそれ、違うんだよね。光の子は機械を使わず、個人の能力によってそれを成したのである。それが悔しくてならない遺伝子族や、人々の成長を妨害する黒化組織は、地球人をあの手この手で誤誘導する。その一つが、トランスヒューマニズム。トランスヒューマニズムによって「機械は人より優れている」と錯覚させ、地球人の意識が本体に向かうことを阻止しようと企んでいるのだ。また脳にチップを埋め込むことは、666によるマインドコントロールの準備でもある。あの者達の誤誘導に、決して耳を貸しませんように。
誤誘導に惑わされなかった社会は、もう一つの作品で紹介しています。




