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エインティータさんの弓の装飾は、三日月にした。月の柄の帯を、しばしば締めているからだ。これは何気に「ティターニアはダイアナ説」を後押しするようにも感じるけど、考えすぎかもしれない。またエインティータさんの着物は裾に星を散らしていることが多く、これも弓に取り入れた。深い銀色の弓にして、輝く白銀を散らしてみたんだね。三日月の色は白っぽい金、弦は黄金にしたけど、この配色には注文つくかもしれない。
そうそう三日月は、「振袖娘に一番似合いそうな弓」と「俺が一番好きな弓」にしか施せなかった。残り一つの「工芸品として芸術性が最も高そうな弓」は芸術的に完結していて、蛇足感が否めなかったのである。蛇足感は翼を加えても生じたため、これは翼さん用の弓の候補にも入っていない。という訳でこの弓はもしものとき用の、俺の弓にする可能性が出てきた。「もしもの時って何?」と自分でも笑っちゃうけどさ。いやそれより、
「この弓の所有者は、俺では役者不足の気がするんだよなあ」
手に握ったその弓を見つめつつ、俺はそう独りごちた。見つめれば見つめるほどその気持ちが強くなっていった俺は正座に座りなおし、弓に尋ねてみる。「君はいったい、誰の弓なのだろう。思い当たる人はいるかい?」 その1秒後、心に届いた返答に俺は頭を抱えた。俺は弓に謝り、配色を変えてゆく。用いた三色は透明感のある白と、赤みがかった明るい金色と、アクアマリンの青。そうそれは、母さんの色。この弓は、はきはき答えたのだ。「僕は母さんの弓だよ」と。
この弓の図案つまり3D設計図が下りてきた時のことを改めて振り返ったところ、思い当たる節が多々あった。その筆頭を挙げると「他とは比較にならぬほど3D設計図の復元が困難だった」になる。これ以外の弓の3D設計図(略して設計図)は、復元するだけなら俺の芸術センスでも可能だった。その領域を線で囲んだとすると、この弓の設計図は領域外にいた。しかもおそらく、遥か遠方に存在していた。復元という、単に模写すれば良いだけのことすら、俺の手に余ったからである。また「遥か遠方に存在していた」という感覚は、配色を変えたことでも証明された。透明感のある白と、赤みがかった明るい金色と、アクアマリンの青にしたところ、存在感の格段に増した弓に「本来の色にしてくれてありがとう」ってお礼を言われちゃったんだよね。いやマジホント、芸術センスが貧弱でごめんなさい。
それは今後の課題にするとして、俺は片膝立ちになる。そして頭を垂れ、本来の色になった弓を捧げ持ち、母さんにテレパシーで呼び掛けた。呼び掛けに応え降臨した母さんは、顔を伏せていても分かるほど機嫌良かった。その姿勢のまま俺は述べる。
「俺の芸術センスが貧弱なせいで、お待たせしてしまったことをお詫びします。この弓を母さんの弓として、傍らに置いて頂けたら嬉しいです」
「まったく、私は怒ってなどいませんよ。でもその目線の方が絵になるでしょうから、少しだけそのままでいてね」
温かく柔らかな声が頭頂部に降り注いだ。母さんは、本当に怒っていないみたいだ。安堵した俺の手から、弓が離れていく。弓の喜ぶ波長が燦々と放たれ、俺は顔を引きつらせてしまった。その波長が、人に比肩するほど緻密だったからだ。どうもあの弓は俺の手にあった数秒前まで、猫をかぶっていたようなのである。そういえば、と関連する記憶が脳裏を駆けていった。「そういえば舞ちゃんと勇の子になったバイオリンの解は、誕生時の意識を1とするなら100まで成長しないと、母さんの波長に耐えられず分解してしまうんだった。あの弓が分解しないということは、現時点で既に100以上という事なのだろう。本来の色にしただけで存在感が格段に増したのは、そういう仕組だったのか」というように合点したお陰か、顔から硬さが取れていく。それを待っていたのか、母さんの機嫌のよい声が後頭部にかかった。
「息子よ、どうでしょう。似合いますか?」
声に釣られ不用意に顔を上げた俺は、冗談ではなく分解しかけた。弓を携えた戦いの女神が、そこにいたからだ。矢を射るからだろう左サイドに結った髪、狩猟服を彷彿とさせる白い戦闘服、そして赤みがかった明るい金色にアクアマリンを装飾したブーツ、といった出で立ちがあまりにも神々しくて、粉になり風に吹かれて消えてしまう灰化の魔法をかけられたが如くになってしまったのである。そんな俺に戦いの女神様は「やっと動揺させられたわ」とコロコロ笑った。聞きなれたその声に、この女神様が母さんだったことをようやく思い出した俺は、これまでの無礼を心から詫びる。もちろん母さんは、笑って許してくれたけどね。
母さんはその後、弓の設計図が保管されていた創像界の一つに俺を連れて行ってくれた。第三界の創像界は像つまり3D設計図が三次元世界の法則に沿って創られ、かつ保管されている次元でもあるのだ。具体的には真四次元の内部に設けられた平行世界の中で最も波長の高い世界がそれであり、高度1万メートルから見下ろしたにも拘わらず、地上を埋め尽くす保管庫の果てを見定めることができなかった。それはまさしく想像を絶する広さだったが母さんによると、俺の住むアトランティス星の保管庫のみを俺は見下ろしているだけらしいのである。「なんですと~!」と思わず叫んだ俺を手招きし、いかにも波長の高そうな区域へ母さんは降下していった。
巨大な高層建築物の屋上から内部へ入っていく。真っすぐ伸びる廊下の両側にドアが狭い間隔で並び、開いているものと閉じているものが混在している。開いているものの中を窺ったところ、部屋の中央に台座が設けられ、その上に工芸品が乗せられていた。高い芸術性と高度な利便性を両立させているのが一目で分かるそれに感心していたところ、「これはきちんと降ろしてもらえたようね」という母さんの声が前方から掛かった。ピンと来るとともに申し訳なさが込み上げてきた俺は、母さんが背負っている弓に詫びた。返ってきた「全然いいよ~」との声に嘘はなく、そういえばと創造時の詳細を思い出した俺の心が急速に晴れてゆく。この弓の創造で手こずったのは造形に限られ、意識の方には苦を一切感じなかったのである。「今度じっくり話そう」「いいね、楽しみにしているよ」とのやり取りを合図に、母さんは歩みを再開した。といっても1歩で10メートルほど移動する、滑り歩きをしているんだけどさ。
創像界はプライドが許さず、受け入れがたいだろうなあ




