7
「さあみんな、写真を撮るよ~~」
ママ先生の声に応え、100人の子供達が大騒ぎしつつ五列に並んでいく。最前列は地面に座り、二列目は中腰になり、三列目は普通にして、四列目と五列目は階段に上って、準備が完了した。この五列は背の順でもあり、俺は最も背の高い五列目の中盤の高い寄り、つまり身長トップ10の第十位だった。前世は平均身長だったし、中盤高い寄りは中央のママ先生のすぐそばでもあったので、何気に嬉しかった。
写真は二枚撮る予定だった。一枚目は畏まった写真、二枚目は各々が自由にポーズを決めた写真だ。思い思いのポーズをするうちだんだん悪乗りに近づいていき、そして悪乗りになる寸前、二度目のフラッシュが光った。その写真は空中にすぐ投影され、爆笑が生じる。すると、この瞬間を待ってましたとばかりにまたフラッシュが光った。皆が爆笑した瞬間を見事切り取った写真に、更なる大爆笑が沸き起こったものだ。
写真撮影後、午後の組分けが空中に映し出された。俺は5組A班の筆頭に名前が載っており、それにマイナスの感情をまったく抱かなかったが、「翔ごめんな」「ごめんね」の声が周囲から掛けられた。意味がまるで分からず呆然とする俺に、男子の一人が代表して皆の胸中を教えてくれた。
「戦闘順位が低い俺らは、戦士になれないことに諦めがついていた。でも翔と一緒に戦ってないことには、諦めがつかなくてさ。ママ先生に相談したら、俺ら以外にも翔と一緒に戦いたいって言ってきた奴らが大勢いたらしく、ママ先生は担当AIに問い合わせてくれた。するとママ先生にも意外なことに、俺らの希望を最大限叶える組分けをするって、AIが約束したそうなんだよ。ママ先生は俺達に何も言わなかったけど、午後の組分けで翔が5組になったのは、俺達のせいだ。1組や2組に絶対なれた翔を5組にしてしまい、ホントごめんな」
ああ間違いなく担当AIの後ろに、母さんがいたんだな。との真相は伏せねばならないが、俺の真情なら問題ない。俺はそれを打ち明けた。
「なんだよ水くさいな、そんなの全然気にしないって。それより何より、みんなで力を合わせて、ゴブリンに快勝しようぜ!」
涙ぐんでいた子も複数いたけど、とにかく10人全員で「オオ―ッ!」と声をそろえた。するとそれを合図に「待ってるぞ4組に来いよ!」「3組にもな!」系の声を、全ての組が掛けてくれた。お笑いネタを隠れ蓑にして、俺は赤裸々に訴える。
「みんなちょっと待って! 感動しすぎて戦闘に支障をきたしちゃうよ!」
「「「「ギャハハハ~~~!!」」」」
うららかな春の空に、今日幾度目とも知れない皆の大爆笑が、轟いたのだった。
ほどなく午後の試験が始まった。戦闘を重ねるごとに俺は組を移動していき、午前の戦闘を三回上回る第十六戦で1組に合流した。第十六戦で合流したのは、慣れもあるがそれ以上に、「こうして一緒に戦うのはこれが最後だから、この時間を噛み締めたい」と一人一人が願ったからなのだろう。1組にも同じ願いを感じた俺は、午後の上限の二十五戦に到達することを心に誓った。
その誓いは果たされた。午前で上限に至った8人は午後も順調に勝ち続け、第二十五戦も勝利で終えたのである。午前と午後の両方を上限勝利で終えた者は、7歳時の試験の合格率が跳ね上がると言われている。8人もそれに漏れず、
「この8人を、7歳時の試験の合格とする!」
試験官の声が訓練場に響いた。俺達がはっちゃけたのは言うまでもない。5組から2組までの80人も見学に押しかけていたので1組に加わり、100人全員で心ゆくまで騒ぎまくった。もちろん大騒ぎした後は100人全員で、心ゆくまで泣いたんだけどね。
8人が合格を勝ち取ったのが、午後四時少し前。そしてその十分後、100台の飛行車が孤児院横の広場に降り立った。反重力エンジン搭載の飛行車は四人乗りでも、乗車するのは一人だけ。十数分後には一人一人が個別に乗車し、まったく新しい生活を始めることになる。そうつまり、この生活はあと十数分で終わってしまうのだ。それに耐えられた者など一人もいなかった。心ゆくまで泣いたはずなのに、誰もが地面に崩れ落ち、涙を止めどなく溢れさせていた。だがどんなに泣こうと、時間は無情に過ぎてゆく。ママ先生に促され立ち上がり、全員で一列に並ぶ。そして三枚の集合写真を挟んだアルバムをママ先生から受け取り、最後にハグして、広場へ歩いて行った。
壁の階段を降り終えると同時に、俺の乗る飛行車の位置が3D矢印で表示された。100台の飛行車の、最前列中央が俺の乗る車らしい。日本でよく見かけた大型ミニバンほどのサイズにもかかわらず、反重力駆動による慣性無視のジグザグ飛行をこなすなんて、楽しみすぎて脳がショートしそうだ。ほんのついさっきの、ママ先生との今生の別れを覆い隠してくれる飛行車へ、俺は感謝をこめて手を合わせた。
歩を進めるにつれ、気づいた。すべての飛行車の前に「乗車前にベンチコートを着用してください。後部座席に置いています」と2D文字で書かれていたのだ。元陸上部員の俺にとって、ベンチコートは懐かしさを掻き立てるアイテムと言える。はやる気持ちを抑えて車体に近づくとスライド式の後部ドアが自動で開き、畳まれたベンチコートが目に入った。アルバムを座席に置き、代わりにベンチコートを手に取って袖を通す。体をすっぽり包むほのかな温かさに、自然と笑みが零れた。それを狙いすましたかのように、
「にゃ~~」
虎鉄が駆け寄って来て足元にじゃれついた。「虎鉄はホント優しいな」 そう独りごち、虎鉄をかかえて胸に抱く。ふかふかのベンチコートが大層気に入ったのだろう、ゴロゴロ鳴いていた虎鉄はあっという間に寝てしまった。さあどうしたものかと思案する俺の耳に、「助手席に猫用クッションがあるよ」との美雪の囁きが届いた。姿を見せず声だけということは、誰かがここに近づきつつあるのだろう。美雪はママ先生以外に自分の姿を、なぜか見せようとしない。それは友人達のAIも同じなのか、俺は皆のAI教育係を一人も見ていなかった。3DのイケメンAI教官に女子達が黄色い声を上げなかったのが、遅ればせながら気になってくる。等々を考えつつ助手席側へ移動すると、ドアが自動で開いた。助手席の上に乗せられた、茶トラの虎鉄と同系色の猫用クッションの横に、「虎鉄へのプレゼントです」と2D文字で書かれている。「どなたか存じませんが、ありがとうございます」 そう呟き目礼し、虎鉄をクッションへそっと移す。俺の腕から離れる気配を察知した虎鉄は不機嫌に一瞬なるも、クッションに身を沈めるや極上の笑顔になり、本格的に寝てしまった。声を潜めて笑いつつ虎鉄をひと撫でし、ドアを閉める。そして、
「お待たせ、勇」
ベンチコートを着た勇に、俺は体を向けた。
それから十分ほど、勇と二人だけで過ごした。といっても最初の数十秒は、勇にお小言をもらったんだけどさ。
「まったくお前は、ママ先生に別れの挨拶をする列の先頭に、意識してなりやがって。自分の気持ちを殺して俺らに気を遣うのも、大概にしろよ」
そう言ってヘッドロックを掛けてくる勇に、「でもママ先生の近くにたまたまいた女の子たちが最初になるのは、やっぱ可哀そうでさ」と反論したところ、「そりゃ解るし感謝の気持ちもあるが、それでもだ」などと勇は宣い、俺の頭を強烈に締め上げやがった。ま、ベンチコートを着ているので全然平気なんだけどね。
次の話題は、午後の試験で俺が5組になった事についてだった。勇はヘッドロックをとき、訓練場の方角を見つめた。
「お前と一緒に戦っていないことを諦められない奴らのために、組分けに不平を言わないでいてくれて、ありがとな」
「この阿呆、礼など言うな!」
さっきのお返しに、今度は俺が勇をヘッドロックして頭をキリキリ締め上げてゆく。すると勇は想像以上に喜び、普通ならここで「勇マゾ疑惑」が浮上するのだろうが、コイツの場合はきっと違うはず。俺は思い切って、それを尋ねた。
「勇は戦闘力がずば抜けて高いから、こういうのを遠慮されてたのか?」
それから勇はポツポツ呟くように、ここに来た経緯とここでの暮らしを話していった。
スキル検査は通常、3歳で行われる。しかしスキル等級が抜きん出ている子に限り、生後半年で機械がスキルを検知可能になるらしい。勇の半年時の戦闘順位は、手足の指で足りるほど高かったという。
勇も俺と同じく1歳で両親と別れ、母方の叔母に預けられた。母と瓜二つの叔母を勇はとても慕っていたが3歳の検査の半年前、勇は突如孤児院へ入ることになった。叔母とどうしても離れたくなかった勇はそれを拒むも、「孤児院で戦士になる訓練をしないと、姉さんも私も勇を嫌いになるよ!」と脅され、勇は孤児院行きを泣く泣く了承した。そしてその半年後、叔母とどうしても離れたくなかった理由が明らかになった。アトランティスの医療技術をもってしても治療不可能な難病をかかえていた叔母が、半年後に亡くなったのである。そのショックで前世の記憶をはっきり思い出した勇は、訓練に打ち込んだ。親代わりに自分を育ててくれた叔母を亡くした悲しみを乗り越えるには、そうするしかなかったのだ。しかし訓練に打ち込む勇の姿は普通の三歳時にとって狂気に満ちていたらしく、そんな皆が疎ましくて勇は訓練場に引き籠ろうとするも、割り当てられた訓練場が孤児院の正面だったのが仇となりそれは叶わなかった。孤児院の子供達が怖いもの見たさのように勇の訓練風景を大挙して眺めに来て、かつ訓練が終わるや積極的に話しかけてきたのである。前世の記憶のある勇はそんな子供達を疎ましく思いつつも無下にできず、しかし共通の話題も無いのでゴブリン戦のアドバイスをしていたら、仲は良くても一歩遠慮されたような関係が出来あがった。出来あがったのが3歳だったこともありその関係は空気のように意識されず、何も変わらぬまま今日を迎えることになってしまったと、勇は泣き笑いの表情で頬をポリポリ掻いていた。俺は勇に向き直り、
「一人にしてすまなかった」




