表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/672

6

 ゴブリンとの連戦という試験内容は疲労を高める反面、拘束時間を短くする。この孤児院の100人もそれに準じ、午前の試験は10時半前に終わってしまった。午後の試験の開始時刻は14時半なので、4時間の猶予がある。この猶予は、輝力を体内に循環させる回復法を習得している者にとって、すべての疲労を除去する十分な時間となる。勇によるとママ先生はこの回復法の大家らしく、孤児院の全員がそれに熟達しているそうだ。一安心した俺に、勇がニマニマしつつ余計なことを言った。


「ま、全然帰ってこなかった誰かさんについては、知らんけどな」

「ちょっと待って勇。それについては罪悪感が増す一方で、まだ全く処理できていないんだよ。ダメージを蓄積させないで~~」

「「「「ギャハハハ~~~!!」」」」


 てな具合に爆笑が発生したことから窺えるように、今はお昼ご飯の真っ最中。正午までの1時間半で、全員が疲労回復を完了させていたのだ。昼食をよく噛んで食べ昼寝を1時間すれば、万全の状態で午後の試験に臨めるとのママ先生の言葉に従い、みんな噛みまくってご飯を食べている。そのぶん食事時間は長くなるけどそれは楽しい時間が長くなるのと同義だし、1時間の昼寝も確保可能なため、皆おしゃべりを大いにしていた。お陰で俺も会話に無理なく参加でき、密かに胸をなでおろしたものだ。白状すると昨夜は孤児院でボッチになるんじゃないかって、戦々恐々としていたのである。みんな良い奴らで、マジありがたや~~

 そうそう、俺以外の全員が回復に励み暇を持て余していた時間を利用して美雪が教えてくれたところによると、皆が良い奴なのはママ先生の教育の賜物らしい。ママ先生は輝力回復法の大家であるとともに子供の心を成長させる大家としても非常に有名で、名声が惑星全土に鳴り響いているという。思わず「さすが!」と大声を出しそうになり慌てて口をつぐんだ俺の背中に、「お邪魔するよ」とママ先生の声がかかった。「子供達が回復法に励んでいる今じゃないと、ゆっくり話せないからね」 そう呟き隣に腰を下ろしたママ先生に、俺は脊髄反射よろしく正座してしまう。そんな俺を見つめているような、それでいて俺の後方を見つめているような不思議な眼差しをして、ママ先生は俺の両親の話を始めた。

 それによると俺の両親も孤児院出身だったらしく、3歳から7歳までの四年間をママ先生のもとで育ったという。7歳の試験では離ればなれになったが13歳で同じ養成学校の生徒になり、学校主催のイベント後に付き合い始め、結婚可能な18歳になると同時に二人は結婚した。戦士になる前に結婚した生徒が両親の年代にはとても多く、その理由は戦争が間近に迫っていたからだった。20歳になった母は戦士の試験に合格した月に俺を宿し、1歳の俺が歩けるようになったのを見届けてから、親子三人でママ先生のもとを訪ねた。戦争で幼子を手放さねばならなくなった戦士には、子供を託す保育士を選ぶ権利が特例で与えられる。両親は当然ママ先生を選び、そして俺がママ先生のもとで暮らすようになった一年後、両親は戦死したとの事だった。

 俺の両親はどちらも、役職のない隊員だった。ただ二人の連携は素晴らしく、所属した小隊が担当したハイゴブリン戦でハイゴブリンに最初の大怪我を負わせたのは父、致命傷を与えたのは母だったという。ただ致命傷を与えたとき父は既にこと切れていて、大怪我を負っていた母もハイゴブリンの死を確認したのち、父の亡骸に寄り添い失血死したそうだ。母は小隊の最後の生き残りだったらしく、また周囲では激戦が継続中だったため、救助が間に合わなかったとママ先生は涙ながらに語った。

 ママ先生はその後、両親の様々な思い出を聞かせてくれた。そしてその最後、遠い目をして不思議な話をした。両親は俺をママ先生に託すさい、こう頼んだそうなのだ。「この子は三歳のスキル検査の直前に前世を思い出し、訓練に没頭します。親の記憶は訓練の妨げになるはずですから、この子の精神年齢が二十歳を過ぎるまで、私達の写真を見せないであげてください」 ママ先生が美雪へ視線をやる。美雪はママ先生に頷いたのち俺に顔を向け、俺があえて訊かなかった秘密の一端を明かした。「ご両親が言ったのは地球人に換算した精神年齢はではなく、アトランティス人の精神年齢。翔は、それを満たしているわ。ご両親の写真を見るか否かを、ママ先生に伝えなさい」 俺はママ先生に体ごとむけ、写真を見せてくれるよう頼んだ。ママ先生は微笑み、ウエストポーチから手のひらサイズのアルバムを取り出す。そして一枚の写真を抜き取り、俺に手渡した。この星に転生してから空中に投影した2D写真ばかりを見てきた俺が、始めて手に取った写真には、仲良さげに寄り添う若い男女が映っていた。その二人の記憶が、俺にはない。だが無いはずなのに視線を外すことがどうしてもできず、気づくと滂沱の涙を流していた。それでも視線を外せなかったが、涙のみならず嗚咽も止められなくなり、そしてふと気づくと俺は写真を胸に抱き、床に突っ伏して泣いていた。上体を戻し涙を拭き、謝意を述べて、写真を返すべくママ先生に差し出す。するとママ先生は「それは両親から預かっていた写真。もともと、翔の写真よ」と首を横に振った。俺が感謝の言葉を繰り返したのは言うまでもない。けどよくよく考えると、写真を大切に保管しておける如何なる物も俺は持っていなかった。打ちひしがれる俺にママ先生が教えてくれた。「午後の試験前に全員で集合写真を撮り、写真とアルバムを記念品として贈呈するのがこの星の習慣でね。その写真も、アルバムに入れておけばいいわ」 俺が感謝の言葉を再度繰り返したのは言うまでもない。再度したことはもう一つあり、それはママ先生に写真を差し出したことだった。ただ今回は、アルバムを貰うまで持っていてくださいという頼み事だったので、ママ先生も快く首肯してくれた。

 というのが、約一時間半前の話。

 そして今、午後十二時三十五分。


「うおお、懐かしい~~」


 100人分の居室と寝室がセットになった、体育館以上の床面積を誇る広大な部屋に足を踏み入れた途端、俺はそう叫んでいた。それを耳にした周囲の野郎共が「やっと思い出しやがったか」「遅いんだよコノヤロウ」「そうだそうだコノヤロウ」などと宣い、先を競うように俺を羽交い絞めにしていく。中学生男子のようなそのノリに、ママ先生は子供の心を成長させる大家でもあることを、俺は改めて感じた。

 精神年齢は中学生でも体はまだ6歳だからか、寝室スペースは男女に分かれておらず、各自が寝場所を自由に選ぶことが出来た。また床にマットレスを直接敷くのが孤児院の特徴で、起床したらマットレスを横向きに立て、掛け布団を枕もとの竿に裏返して干し、枕を枕乾燥機の上に置き、それぞれのシーツを洗濯カゴに入れるのが決まりだった。マットレス等は驚くほど軽く、三歳前の俺も自分でそれをしていた事をしっかり覚えていた。洗濯した三種のシーツを家事ロボットが枕の隣に置いてくれるのも覚えていたので、周囲へ目をやることなく寝床をテキパキ完成させていく。野郎共はそれがなぜか嬉しかったらしく「「「「上等だコノヤロウ!」」」」と、分かるような分からないようなことを口々に叫んで寝技をかけまくってきた。ママ先生が「早く寝なさい!」と叱ってくれなかったら、俺らは昼寝をきっとしなかったんだろうな。

 マットレスに身を預け、掛け布団を顎まで引く。体育館以上の床面積を誇るこの部屋の天井は、体育館並みに高い。地球では考えられないほどの予算をつぎ込んでいるよな、いやそもそもこの星にお金はまだあるのかな、などと考えているうち、眠りの境界を俺はいつの間にか超えていた。


 ママ先生の「昼寝終了~」の声に促され、意識が覚醒していく。普段の昼寝以上の快眠を得られた気がして、横たわったまま背伸びをしてみる。感覚は正しく、一晩寝たのと同等の生命力が心身にみなぎっていた。

 寝床の始末を手早く終え、孤児院で貸してもらった室内着を脱ぐ。四年の歳月を経て肌に触れた室内着への名残惜しさは半端なかったが、こればかりは仕方ない。戦闘服に着替え終えた俺は周囲の野郎共と連れ立って、玄関へ歩いて行った。

 玄関横の刀置き場で自分の白薙を回収し、背中に背負う。鞘がパカッと割れる仕組みじゃなかったら、背負った刀を鞘から抜くのは不可能なんだよな。などと今更なアレコレを頭の中で考えているのは、悲しくて堪らなかったからだ。玄関を出た瞬間が、この建物との今生の別れになる。ママ先生が引き続きここにいたら帰って来ることもあったはずだが、退職するのだからそれはない。せめて謝意を示さねばと思い、玄関から外へ踏み出すなり180度ターンをして、建物に腰を折った。

 上体を起こすと同時に虎鉄を探す。見当たらないのでピンと来て、玄関前の階段を降り建物の西側へ行ったところ、西日の降り注ぐ温かな陽だまりで数匹の猫と一緒に日向ぼっこをしていた。やたら幸せそうな顔をしている事と、例の女王猫が見当たらない事から察するに、気の合う友人達としこたま遊んだあとなのだろう。昼寝へ一直線的な気配が濃厚なこともあり、離れた場所から心の中で呼びかけるに留め、踵を返した。

 玄関前の階段のあたりに、ママ先生を中心にした人だかりがいつの間にかできていた。引き返す形でそちらへ足を向け、人だかりの外周にそっと加わる。皆の邪魔をせぬよう静かにしていて数分経ったころ、ママ先生のウエストポーチがアラームを奏でた。


「さあみんな、写真を撮るよ~~」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ