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A班7人の中央に、俺は立つ。
右隣は勇。
肩を並べて戦うのはこれが初めてで、事前の話し合いもなかったが、不安はない。
リーダーゴブリンとその左を俺が担当し、副リーダーゴブリンとその右を勇が担当する。
俺と勇は目を合わせるや、完璧な意思疎通をしてのけたからだ。
だよな、勇!
心の中でそう呼びかけ顔を右に向けると、勇も同じタイミングで顔を左に向けた。
二人揃ってニヤリと笑い、左手の親指を立て合う。ホントは右手でするのだけど、右手には白薙があるから無理なんだね、アハハハ~~
などと余裕をかましていた俺の耳に、戦闘開始の号令が届いた。前方50メートルに、10体のゴブリンが出現する。俺ら7人は輝力圧縮8倍を一斉に発動し、
ダンッ!
地を蹴りゴブリンへ駆けた。一瞬遅れて両隣から、俺への驚きの気配が伝わってきた。圧縮率は同じなのに、走行速度は俺の方が速かったんだね。けどそこに、不思議は皆無。素の状態で俺の足の方が速いのだから、圧縮率が同じなら俺が速くて当然。陸上の短距離走者だった前世の経験を活かし、全力疾走の訓練を重ねてきた俺の走行速度が勝って、然るべきなのである。横並びで駆ける6人を置き去りにし、力任せに地を蹴って俺はリーダーゴブリンに突進してゆく。リーダーゴブリンも俺を注視し、地を蹴る俺の足音から間合いを計り万全のタイミングで棍棒を振り上げようとした、その時。
ダンッッ!!
俺は右足でひときわ強く地を蹴り、進路を左斜め前に変更した。これは、不意打ち。リーダーゴブリンに直進しそのまま戦うと見せかけて、左のゴブリンに不意打ちを仕掛けたのである。左のゴブリンは慌てて俺との間合いを計るも、慌てたのは一瞬で去った。進路変更により俺の速度が僅かに落ちたため、対応が間に合うと判断したのだ。対応が間に合うと判断したのは、リーダーゴブリンも同じだった。不意を突かれてほんの一瞬硬直したが、俺の速度低下で硬直が相殺されたと考えたリーダーゴブリンは、進路変更した俺にタイミングを合わせて棍棒を振りかぶった。それを待っていた俺は、全身を柔らかく使い音と振動を立てず、
ふにゃ
と左足を着地させる。間を置かず全関節を連動させて滑らかな進路変更をすると共に、俺は圧縮32倍を発動。柔らかく滑らかに発動された32倍はその倍率に反し、
スルン
と俺を加速させた。力強くリズミカルに大きな足音を立てて走って来たのに、いきなり無音でスルンと、しかも速度を二倍にして駆けたのである。その変化を、進路変更の先にいたリーダーゴブリンの脳は処理できなかったらしい。俺とすれ違いざま、腹部を半ば以上切断されたリーダーゴブリンが、棍棒を振り上げた状態のまま地を転がっていく。それを視野の右端に捉えつつ90度の右回転をして、俺は右側にかなり傾いた姿勢を作った。そしてその姿勢のまま両足を着地させ、シューズのスパイクにものを言わせて急制動をかける。この急制動のミソは、体が横向きになっていること。横向きだと、アキレス腱の負担を大幅に減らせるのだ。全力疾走時はアキレス腱の負担が極大なので、休ませられる時に休ませておかないとね。
急制動中に戦場を見渡し、戦友とゴブリンの状況を把握する。戦友は脱落0、負傷0、疲労大2。ゴブリンは脱落3、負傷5、無傷2だった。無傷のゴブリン二体も気になるが、最優先すべきは疲労の大きい2人の戦友の援護。うち1人の担当するゴブリンは、そいつより俺の方が早く接触できるだろう。疲労の大きいもう1人は位置的に、勇が間に合うはず。ならば、と俺は件のゴブリンにダッシュした。人類側の先頭に再度なった俺を、リーダーゴブリンと戦った人間と認識しているらしい。怖気づいた素振りを若干したゴブリンを、俺は瞬殺。続いて勇もゴブリンを仕留めたので、彼我の戦力は人7ゴブリン5になった。ここで俺と勇の意図を察した女の子が、疲労の大きい2人に10秒間の休憩を勧めた。2人は戸惑っていたが休憩を勧める三人目の声に首肯し、白薙を下ろして楽な姿勢を取る。さあこれで、5対5の仕切り直し。戦友2人が戻って来るまでの10秒を、力を合わせて確保するぞ! との意思疎通を一瞬で完璧に成した20秒後、
「勝ったぞ!」「「「「ウオオオ―――ッッッ!!!」」」」
俺達は7人全員で、勝鬨を上げたのだった。
試験官は勝鬨を黙認したが、戦闘終了後は素早く撤収するのが本来の決まり。勝鬨を速やかに終えた俺達は試験官に一礼し、訓練場の西側へ戻って行った。
その目的地で一列横隊を成すB班の中央に、担当者のいない箇所が一つ設けられていた。それはB班の6人が、俺をリーダー戦の担当者と認めた証拠。6人に謝意を述べ、俺は不在箇所を埋めた。
B班の7人が揃うや、10秒間の休憩を試験官が命じた。好意と解釈し、深呼吸を一回する。疲労はなくとも深呼吸は、気持ちの切り替えに役立つからね。
試験官の号令で戦闘が始まる。その約一分後、誰も欠けていない勝鬨をB班も訓練場に響かせていた。ただ3人の疲労が極大になり、次の戦闘が案じられた。
A班に加わり、10秒休憩を経て第十五戦が始まる。ゴブリンとの初交差で戦友に脱落者と負傷者が出なかったのは前回と同じだったが、疲労極大が2人いた。2人を庇うよう5人は連携して動き、その連携をゴブリンへの陽動に変えることで2人も担当ゴブリンをそれぞれ討ち勝利に貢献したが、気力は無尽蔵ではない。地面に横たわり呼吸するのが精一杯の2人を、救護ロボットが担架に乗せて運んでゆく。残された5人にできたのは、2人の復活を祈ることだけだった。
B班の第十五戦は疲労極大が3人いたこともあり、若干苦しい戦いとなった。それでも連携と陽動を駆使し勝利を得るも、担架で運ばれていく3人は疲労が限界を超えたとみなされ、次戦は参加不可となった。3人へ敬礼し、俺達4人は戦場を撤収した。
撤収し戻った場所に、A班は一列横隊を成していなかった。担架で運ばれたA班の2人も、参加不可になっていたのである。したがって残ったのは、両班合わせて8人。その8人へ、試験官が命じた。
「3分休憩後に、試験続行の意志を問う。休憩始め!」
真っ先に横たわり、瞑目し深く呼吸した。疲労は皆無でも、俺にはそれが必要だったのだ。「俺がいなければ、7人は現時点で合格していたな。四年間一度も帰ってこなかった恩知らずが残っているせいで試験続行になったことを、7人はどう思っているのかな」 そう自問する時間が、俺には必要だったのである。
美雪に教わった、心臓の八鼓動に合わせてする一回26秒半の深呼吸を二回終えたとき、隣に横たわった奴がいた。大切な休憩時間を無駄にしてこんな事をするのは、一人しかいない。耳に届いた「そのまま聞け」の声は案の定、勇のものだった。
「7歳時の午前の試験には、特別ルールがある。『体がまだ出来上がっていないこと、及び午後にも試験があることを考慮し、戦闘は二十回を上限とする。上限で勝利した者は、人数に関わらず全員合格とする』 翔、俺らはこれを目指す。その最重要人物は、俺とお前だ。二人で力を合わせて五連勝するぞ!」
正直言うと、そう伝えられた後の一分半で呼吸を通常に戻すのは、アホみたいに大変だった。俺の胸中をこうも正確に知覚する友人がいるだけでも感動するのに、そいつは俺を最重要人物としてパートナーに選んでくれたからだ。それが男をどれほど感動させるかを、このアホは解っていないんじゃないか? このアホのせいで俺は感動のあまり、100%の能力を発揮できないんじゃないか? ひょっとしてこのアホはそれを、裏で画策しているのではないか? それらの想いが頭をグルグル巡り、気持ちと呼吸を落ち着かせるのがメチャクチャ大変だったのである。幸い、
「このド阿呆、感動しすぎて戦闘に支障をきたしたらどうするんだ!」
と怒りをぶちまけたところ「ブハッ、悪い悪い」との謝罪に続き、見学者も巻き込んだ大爆笑が巻き起こって、気づくと俺も大笑いしてたんだけどさ。かくして、
「「みんな、五連勝するぞ!」」
「「「「オオォォ―――ッッ!!」」」」
と気合の入りまくった俺達7人は快進撃を続けて、五連勝を見事成し遂げたのだった。
繰り返しになりますが、「おもうまい店」の店長さん達の胸中を、私は想像することしかできません。それでも、店長さん達にとって最も大切なのは何かなら、番組を見てきたので知っています。そしてその中に「運の良さを保つ」を見つけることが、私にはどうしてもできないのです。
物質的な富を保持するために最も重要なのが、運の良さ。
そして店主さん達は、物質的な富を保持するために働いてはいない。
私は断言します。
地球卒業の進捗において大差をつけて先んじているのは、店長さん達なのだと。




