2
万歳してから気づいた。能ある鷹は爪隠すを心がけつつ反重力エンジンの下準備ができることより、美雪と二人っきりで今後も勉強できることを喜んだ自分に、やっと思い至ったのだ。そんなの日常茶飯事とはいえ、さすがに恥ずかしい。昨夜は美雪を呼び捨てにしたとくれば、尚更なのである。よってそれを誤魔化すべく、1000キロ四方という広大な面積への考察を使わせてもらった。
「えっと、訓練場のあるこの地域は、とても暮らしやすい気候だよね。そこに100万平方キロ超えの『まっ平な土地』という要素を加えると、ある可能性が浮上する。姉ちゃん、ひょっとしてここは、海の上だったりする?」
「正解! よく分かったね!!」
美雪は俺の頭を両手で盛んに撫でた。天に上るほど嬉しかった半面、俺と同種の「恥ずかしさの誤魔化し」をそこはかとなく感じるのは、気のせいなのかな?
と密かに考えていたのが、きっとバレたのだろう。美雪はコホンとわざとらしく咳をして、この星の人類大陸を球形の3Dで空中に映した。
「母さんに地球の情報を沢山教えてもらったから、地球を基準に話しましょう。アトランティス星の人類大陸の面積は、地球の陸地面積の43%。翔が住んでいたユーラシア大陸の、約1.2倍の面積ね。ただ人類大陸は赤道部分の幅が広くて、日本の津軽海峡くらいが北端なの。北端といっても地図のように、東西にほぼ真っすぐ陸地が切れている。その沖20キロに、南北330キロ東西6000キロの、海に浮かぶ土地を作った。私達の現在地は、その土地のここになるわね」
美雪が指さしたのは、横に細長い長方形の右下あたりだった。ならばここは札幌くらいの緯度になるはずなのに、それにしては温かい。疑問は他にも沢山あったが、とりあえず温かさを最初に尋ねてみた。すると予想を外し、壁と地面が発熱しているとの事だった。中二病としては気象コントロールという言葉を、期待していたんだけどさ。
それを正直に話したところ、今日の夕方から必要になる知識を教えてもらえた。なんと次の孤児院は、ここより少し寒いという。その理由は、闇族との戦争が真冬に行われるから。しかも真夏の北半球から真冬の南半球へ移動して戦うため、寒さに慣れておく必要があるとのことだった。
「闇族との決戦の地は、大陸南端のここ。広大な平野が広がるここの冬は、かなり寒くてね。風だけは気象コントロールで無風にできるけど、平野をすっぽり温かくすると、異常気象が南半球全域に長期間発生してしまうの。戦闘服の耐寒機能と輝力操作で寒さの害はゼロにできても、輝力操作を解くこともあるから、寒さ耐性を付けるに越したことは無いわね」
了解、と手短に答えた。理由は孤児院到着まで、残り十分を切っているはずだからだ。
ちなみに虎鉄が自分の脚で歩いていたのは、ほんの数分だけ。それ以降は俺の頭に、乗っかりっぱなしになっている。準備運動を兼ねて歩くかは、孤児院の犬猫を確認してから決めるらしい。勘だけどきっと到着まで、頭に乗り続けるんだろうな。
それはさて置き、時間もないので三つの質問を立て続けにした。
「姉ちゃん、質問を三つさせて。一つ、海の匂いが皆無なのはなぜ? 二つ、人工大地の下の海は生きているの? 三つ、生きているならどのような工夫をしているのかな? 可能なら教えて」
「三つ目、二つ目、一つ目、の順に答えるね。耐用年数100年の強力なライトが100メートルごとに設置されていて、日照時間に準拠して点灯し太陽光の代わりをしている。光は海藻を育み、プランクトンの必須ミネラルも適時散布しているから、人工大地の下は豊かな海として生きているわ。換気ももちろんしていて、換気場所は幅67メートルの林。孤児院の訓練場ごとに設けられた67メートル幅の林には、海の匂いを消すよう遺伝子操作された木を密生させているのよ」
海の匂いは磯が最も強く、そして人工大地の下の海には磯がないのも、嗅覚が海を捉えなかった理由だろうと美雪は話していた。海流や海底や雨水等々の疑問はまだ山ほどあれど、それはおいおい訊くとして、最大の関心事の前段階となる質問をした。
「人口大地以外の訓練場に通っている子は、どれくらいいるの?」
「3歳から6歳の子の約15%が、人工大地以外の訓練場に通っているわ。翔には伏せていたけど、その子たちが戦士になった例はなくてね。ううん、7歳の試験に合格する子すら、ほぼいないのが実情なのよ。それが元凶になって生じた劣等感や親への恨みを解消するには数十年かかることが、学術的に判明している。自宅から通う子は、長期休暇で親元に帰って来た子と自分の成長差の大きさに、7歳前後で気づくと言われているの。自宅にいると精神年齢の成長加速が、得られ難いみたいなのよ」
得られ難いの箇所で深く首肯した俺は、人工大地の西半分の使用目的が分からないという最大の関心事の質問を諦めた。それに代わり、今夜からの暮らしに関わる問いをする。
「僕がいたのは、戦災孤児用の孤児院だよね。次の孤児院もそうなのかな?」
「戦災孤児は全員戦士の子だけど、親のいる温かな家庭には恵まれなかったわ。そういった諸々を、地球人の11歳は巧く処理できる?」
「なるほど、じゃあ次も戦災孤児用の孤児院なんだね。精神年齢が23歳になる13歳の振り分けでは、違うとか?」
「そうね、すべての制限が撤廃されるのは、13歳の振り分けね」
すべての制限ということは、親の有無以外の制限もあるという事なのだろう。しかし時間的に、それはもう訊けない。名前を唯一覚えている子が孤児院から飛び出てきて、俺に手を振ってくれているからだ。改めて振り返るとあの子も地球出身に違いなく、いつも二人でプロレスごっこをしていた。あの頃の記憶が、脳裏に次々浮かび上がってくる。俺は美雪に素早く謝意を述べ、
「お~い、勇~~!」
高々と掲げた両手をブンブン振り、勇の名を呼んだ。事情を察した虎鉄が頭から飛び降りる。それを合図に、俺は勇のもとへ全力疾走したのだった。
勇はその後、大忙しの時間を数分間強いられた。俺との再会を喜ぶことと、俺の薄情さを責めることと、しかし自分も前世を覚えているので俺の気持ちも解ることと、そうは言ってもママ先生が寂しがっていたので早く顔を見せることの計四つを、早口でまくし立てねばならなかったからだ。けどそれは勇にとって、俺の帰還が重大事件である証拠。俺は勇と肩を組み、「ありがとな!」と開けっぴろげに感謝した。それだけで想いの根っこの部分を共有できるのが、野郎友達の強みなのである。
「仕方ねえな。また会えたんだし、翔を許してやるか」
「そうだ、許せ許せ!」
「そんなふうに開き直られると、許すべきではない気がしてくるのだが」
「なに! 勇はそんな器の小さな男じゃないぞ、勇をバカにするな!」
「む、そのとおりだ! 翔はさすが器がでかいな!」
「だろ!」「だな!」「「ギャハハハ~~!!」」
てな具合に、共有した根っこの部分が子猿だったことを証明するかの如く、俺らははしゃぎまくった。それにつられて他の子たちも孤児院からワラワラ出てきて、はしゃぎに加わってゆく。すると俺も皆も三歳未満の記憶が次々蘇り、あっという間に打ち解けることが出来た。その、打ち解け合った絶妙なタイミングで、
「翔、お帰り」
某団体のトップは、まんまと騙された人達全員に「あなたが最も大切にしていることは何ですか?」と尋ねたそうです。すると判を押したように、「運の良さを保つこと」と全員が答えたとのことでした。皆さんは知っているでしょうか? 地球の社会で財を成し保持するために最も大切なのは、「運の良さ」だということを。
興味のある人は、2022年のイグノーベル賞の経済学賞を調べてみてください。良質の動画がユーチューブに複数ありますから、調べやすいと思いますよ。




