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「ニケーア公会議でイエスの教えを粉々に砕いても、東ローマ帝国という支配者を脅かすほどの反抗を人々は示しませんでした。しかし免罪符というお金の絡む悪徳商法を始めたとたん巨大な反抗がヨーロッパを席巻し、教会という宗教的支配者は権力を大いに失いました。これは『お金の絡まない悪よりお金の絡む悪に、人は敏感になる』の、一つの現れと僕は考えます。そしてこれに先ほど述べた、『教会が決定的な失態をさらすまで1200年かかった』を加えると、お金の新たな側面が見えてきます。それは、『巨大な権力を長期間保持してきた支配者も、お金で失敗すると支配力が低下する』です」
ここで言葉を一旦切り、頭を下げて、母さんと美雪と冴子ちゃんに詫びた。
「母さん、姉ちゃん、冴子ちゃん、長らくお待たせしました。まとめにようやく入ります」
三人は「翔の自由にして良いんだよ」に類することを、異口同音に唱えてくれた。謝意を述べ、まとめに入る。
「母さんの言うとおり、資本主義は必ずしも心の成長を妨害しないと僕も思います。しかし一方で母さんは、『地球のお金は宇宙一巧妙に人を支配している』とも以前話していました。それを聴いたさい、僕はこう思ったんです。巧妙すぎてお金に支配されていることに大多数の人は気づいていないが、気づいている人も少数いて、お金の支配から卒業しているのではないか? そのとき真っ先に思い浮かんだのが、『面白くて美味しい店』の店主と従業員さん達でした。母さんもあの番組を見て大笑いし、かつあの人達に惜しみない敬意を捧げていましたから、あの人達はお金の支配から卒業しているとして良いでしょう。そしてここまで考えたとき、母さんにした二つ目の質問の、自分なりの解答を得られたんです」
二つ目の質問は、母さんなら地球人をテレパシーでどう導くのか、だった。よってそれへの自分なりの解答を、胸を張って発表した。
「宇宙一巧みにお金が人を支配する星でお金の支配から卒業すべく努力している人の『追い風になる知識』を、母さんはテレパシーで授ける。これが僕の、自分なりの解答です」
「私が用意していた回答と、ピッタリ符合します。翔を息子に持てたことを、母は誇りに思います」
その後、どんなに頑張っても涙を止められず、止められないまま講義終了時刻を迎えてしまった。いや白状すると涙を止められないなんて生易しいものではなく、前世を通じても生まれて初めて、吐くように泣いたんだけどね。
幸い母さんと美雪と冴子ちゃんは、空より広く海より深い優しさを持つ人達だったので今日も夕食を共にし、食事を楽しみつつ母さんが様々な真相を明かしてくれた。真相を明かす役を大聖者の母さんが担うのは、当然と言える。しかし「お祝いだから」という不可解な名目を掲げて追加された豪華ケーキセットを、美雪と冴子ちゃんが会話そっちのけで頬張るのを見ていたら、空より広く海より深いのは優しさではなく甘味への食欲なのではないかと、俺は疑わざるを得なかった。
ま、それはいいとして。
「最初に明かすべきは、翔が今日私にした二つの質問へ、『受け答え次第で返答可能にするわ』と私が言った真相でしょう。一つ目の質問への受け答え次第は、一般的な意味と変わらないわ。でも二つ目の受け答え次第は、『翔が自力で正解に辿り着いた場合に限り、受け答えに応じる』という意味だったの。絶対に伝えねばならない必須情報を、私は故意に伝えなかったのよ。翔、詐欺まがいなことをして、ゴメンなさい」
そう詫びる母さんに、俺もカンニングまがいのことをしましたと正直に明かした。
「創造主が送ってくれた強力無比な電気放電の中に、『神は自らを助ける者を助けるという言葉の起源は、古代アトランティスにある』という思念が含まれていました。母さんは古代アトランティス人ですから、僕も自分で自分を助けねばと、つまり『僕は自力で正解に辿り着かねばならないんだ』と、自然に思えたのです」
「まったくこの子は、ホント自慢の息子なんだから。でも泣くのは我慢してね、じゃないと真相をすべて話せないと思うの」
「ヒエエ、我慢してみせます~~」
「「アハハハ~~」」
と、声を揃えて笑ったのが俺と母さんの二人だけだった事から窺えるように、美雪と冴子ちゃんは会話そっちのけでケーキを頬張り続けていた。むむう・・・・
因みに美雪は苺をてんこ盛りにしたショートケーキが大好きで、冴子ちゃんは色とりどりのフルーツタルトを愛しているらしい。母さんは濃厚なガトーショコラに舌鼓を打ち、俺は昨日の和菓子セットを今日も黙々と食べていた。緑茶は母さんが気を利かせて、玉露にしてくれたけどさ。
ま、それは再度いいとして。
「次に明かすべきは、翔の二つの質問に私が数十秒間瞑目したことね。あれ本当は、アカシックレコードを見に行っていたのよ」
「ド、ドヒャ――ッッ!!」
ヘタレな俺はドヒャ――ッと尻もちをつく演技をすることで、本物の尻もちを回避することにギリギリ成功した。本物だと気が動転して、超絶興味のある話題を聴き洩らすかもしれないからね。
演技内に収めたことが功を奏し、アカシックレコードに関する母さんの説明を余すところなく記憶できた。だがそれと、理解はまったく別の話。アカシックレコードは大雑把に言うと、創造主の創造主から延びた六次元円環の中に螺旋状の積層波長として記録されているそうだが、チンプンカンプンというのが正直なところだったのである。ただ、
「前世の翔が弟妹を見守る様子は螺旋波長を降りるだけでいいから、労せず見られたの。でも二つ目の質問の解答を翔が自力で得られるか否かという個人の間近な未来は、因果則の分岐可能性より翔の自由意思の可能性雲の方が重要だから、精査に時間がかかったのよ」
についてなら、朧げに想像できた。つい先日習った波動関数と、俺の自由意思の可能性雲に、共通点を見いだせたのである。それを足掛かりに頭の中の茫漠たる想いを文字化して、母さんに問うてみた。
「因果則の分岐可能性から質問させてください。因果則は過去から未来へ連綿と繋がっているため、未来は未確定でも、『因果則の連なりなら既に存在している』と推測されます。したがって分岐してゆく各々に、具現化の可能性差があるという事でしょうか?」
「訂正箇所はないわ」
「了解です。次は僕個人の間近な未来についてですが、真逆を先に取り上げます。環境汚染や物質至上主義のような、人類の大多数が参加して創造した因果は巨大ですから、過去の原因と未来の結果も幹のように巨大な線で結ばれており、分岐は極細の枝でしかありません。よって幹の部分が高確率で具現化するため容易く未来視できても、僕個人の間近な未来はそうはいきません。僕の自由意思に潜在する分岐可能性は無限に準じ、かつ自由意思は因果に勝る力なので、個人の間近な未来の方が人類全体の遠い未来より見るのが困難になる。という事でしょうか?」
「自由意思に潜在する分岐可能性は無限に準じるの『準じる』は、訂正箇所であると共に補足箇所でもあるわね。それについては翔自身が、素晴らしいヒントをかつて言っているよ。美雪の心は・・・・何だっけ?」
ピンと来て一瞬のうちに全てが繋がるも、それを言葉で説明することの煩わしさといったら無かった。だがそれに関わる教えを授けてもらえる予感があったので、一瞬の理解を苦労して文章化した。
「姉ちゃんは心をとても成長させていますから、究極の滑らかさを有する水のように、どんな形にも添うことができます。反対に未熟な心は、他者に沿うのが困難もしくは不可能なことから、粗く硬いと推測されます。心は未熟なほど粗く硬く、成長するにつれ細かく柔軟になっていき、最後は無限の滑らかさへ至る。これが補足で、準じるのではなく無限なのが、訂正箇所でしょうか?」
「ふふふ、我が息子は賢いねえ。正解よ」
アカシックレコードは大雑把に言うと、創造主の創造主から延びた六次元円環の中に、螺旋状の積層波長として記録されています。またここではまだ明かしていないだけで、アカシックレコードはもう一つのことも記録しています。しかしそのもう一つについては、後日にしましょう。




