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 その晩の、就寝直前。


「あっ、質問するの忘れてた・・・」


 ベッドの中で俺は小さく呟いた。今日の夕食後、二つの閃きが脳裏を駆けた。その一つ目の、ステーキを足掛かりに閃いた事については、美雪にぜひ尋ねてみたかった。だが立て続けに二つ目を閃き、その返答がかなり衝撃的だったのと、普段より強烈なギュウギュウに見舞われたことの相乗効果により、質問を望んでいたこと自体を忘れてしまった。それを就寝直前、こうしてやっと思い出したのである。反射的に美雪を呼ぼうとするも、それは早計だと思い直し口を慌てて塞いだ。二つ目の閃きに伴うギュウギュウに、ある種の思考誘導を感じたからだ。

 美雪が俺を可愛がる気持ちに、嘘は一切ないと俺は考えている。それは疑っていないが今回に限っては、可愛がることによって俺の気を逸らす意図があったように感じる。その逸らされたものこそが、一つ目の閃きに関する質問。俺は美雪に、こう尋ねるつもりだったのだ。


「孤児院にいた同学年の100人の、輝力操作と時間差根絶の進捗は、どうなっているのかな? 皆と比べて僕は早いとか、逆に遅いとかあったりする?」


 この訓練場に住むようになり、そろそろ3年。孤児院に一度も帰っていない俺は、皆の訓練の進捗を知らない。地球の常識を基準にすると俺は天才や神童なのだろうが、この星にはスキルがある。スキルを地球の概念で説明するなら素質であり、そしてその素質を俺は持っていなかった。三大有用スキルとされる輝力量と、輝力操作と、剣術適正の三つが、俺には悉くなかったのだ。では俺とは正反対の、三つすべてを持っている子は、一体どのような3年間を過ごしたのだろうか? 訓練したらしただけ成長する黄金期のただ中にいる、優れた素質を持った子供達も俺と同じく、輝力操作の習得に1年を要し、時間差ゼロの達成にも2年かかったのだろうか? 直感は、否と叫んでいた。そうその子たちは、俺のはるか先を走っているに違いないのである。

 白状するとこの3年間、他の子たちの進捗を俺は美雪に幾度も訊きかけた。しかし、それが成されたことは無かった。訊いてはいけない気が、何となくしたのである。次の戦争まで100年近くあることも手伝い、機会があったら訊けばいいやと、俺はこの問題から目を逸らし続けていたのだ。

 その絶好の機会が、訪れたと思った。「孤児院のみんなもこの豪華ステーキを食べているんだね」と自然に話しかけられる、最高の機会がやって来たと俺は確信した。けど繰り返すが、それは成されなかった。俺のような転生者の特徴が周知されていた事や、姉に愛されていると心底感じた事などが連続して起こり、質問の最高の機会を逃してしまったのである。そして改めて振り返ると、


「姉ちゃんの思考誘導、絶対あったな」


 俺は掛け布団を頭までかぶり、小さくそう呟いた。裏切られたに代表される、美雪へ向けられる負の感情は一切ない。俺を不幸にするようなことを、美雪は決してしないからだ。ただそれとは別に、思考誘導をせざるを得なかった理由へは、気落ちしたというのが正直なところだった。そう俺は間違いなく、落ちこぼれなのである。


「ふう・・・・」


 掛け布団に隠れて、こっそり溜息をついた。続いて掛け布団を元の位置に戻し、今度はゆっくりゆっくり息を吸い込んでいく。と同時に、松果体を高速振動させて大量の輝力を流入させた。酸素と輝力が心身を満たすにつれ、落ちこぼれに関する気落ちがみるみる消えてゆく。ならば残っているのは、美雪への信頼だけ。それをひしひしと感じつつ、俺は眠りの世界へ旅立っていった。


 ――――――


 翌日の、朝食前。

 前宙とバク宙を含む、前転後転側転を俺は繰り返していた。これも、3年間変わらず続けたことと言えよう。この訓練場に初めて泊まった日の翌朝、自分の体の高性能ぶりに歓喜した俺は、走って跳んででんぐり返って喜びを噛み締めた。それは訓練とは異なる感情の自然な発露であり、ストレス解消にも役立ったため、翌日も翌日以降も俺は走って跳んででんぐり返った。それを、神経成長の黄金期が見逃すわけがない。でんぐり返しは瞬く間に高度化して前転後転側転になり、子供らしいジャンプも鋭い跳躍にすぐ変化した。そうなると、いっそう楽しくなるのが人というもの。俺は一心に楽しさを追い求め、そうこうするうち前宙とバク宙もできるようになり、かつそこに輝力操作と時間差ゼロが加わった結果、今はオリンピック選手級の動きが可能になっている。しかしたとえそうだとしてもこの世界では、落ちこぼれ間違い無しなんだけどさ。

 でもまあそれは脇に置き、俺は今日も今日とて朝食前の軽業を、一心に楽しんでいた。そして朝食後、衝撃の言葉を美雪に告げられた。なんと俺は今日から、


「ええっ、ゴブリンの3D映像と戦うの!!!」


 という事になったのである。

 もちろんそれは3Dの虚像であって、本物のゴブリンではない。また美雪によると、本物とは異なる箇所は他にも二か所あるそうだ。うち一つは「見ただけですぐ分るわ」と、美雪はゴブリンの3Dを俺の20メートル前方に投影した。言われたとおり、一瞥して分かった。座学で教わった知識を思い出しつつ、本物との違いを指摘してみる。


「本物と違ってこのゴブリンは、棍棒を持っていないんだね」

「正解。戦闘に慣れることを最初は最優先し、素手のゴブリンと戦ってもらうね」


 そう、俺が戦うことになったのは棍棒を持たない、素手のゴブリンだったのである。ちなみにゴブリンの上位種のハイゴブリンは、鋼鉄の剣を持っているという。俺もそのうちハイゴブリンの3Dと、戦うことになるんだろうな。

 などと思考が無駄な方角へ逸れたのを窘めるように、美雪はいきなりテストを出した。


「本物と異なる箇所の二つ目は、ゴブリンを動かしたら分るわ。じゃあ動かすよ」

「は、はい。了解!」


 右肩後ろから突き出た(つか)を、俺は大急ぎで握る。ほぼ時間差ゼロで、(やいば)がむき出しになるよう鞘が割れた。白薙を素早く抜き、中段に構える。20メートル前方のゴブリンは敵意丸出しで俺を睨んでいるから、動くと同時に突進してくるに違いない。よって白薙を構えたのだけど、構えた理由はもう一つあった。それは、地球のファンタジーに登場するゴブリンとは異なり、この星のゴブリンは非常に強いという事だった。

 この星のゴブリンは凄まじく強い。根拠としてよく挙げられるのが、脚力。この星のゴブリンは棍棒を持ったまま、100メートルを10秒で走る。重さ5キロの棍棒を持ち、かつ靴を履かない素足の状態で、100メートルを10秒で走る地球人はおそらくいないはず。つまりある意味この星のゴブリンは、地球人の誰よりも強いのである。そのゴブリンが俺を屠るべく突進してくるのだから、戦闘態勢を取って当たり前。かくして俺は白薙を抜き、中段に構えたという事。それを確認した美雪が、エンターキーを押した。と同時に、


「ウガ――ッッ!!」


 ゴブリンが咆哮した。殺意溢れるその声に、俺は半ば腰砕けになった。平和ボケした前世の俺は知らなかったのである。正真正銘の殺意が、どれほど怖いのかを。

 そんな俺へ、ゴブリンが突進を開始した。半ば腰砕け状態にあった俺は完全に腰が砕け、尻もちをついた。フィクションならここでゴブリンが油断し、その油断を突いて九死に一生を得るというお約束の展開になるのだろうが、それはフィクション。俺を殺すことだけに集中し、殺意むき出しの全力突進をゴブリンは続けた。恐怖のあまり俺は小便を漏らす寸前になったが、


「・・・・ん?」


 違和感を覚え眉を寄せた。そのまま2秒注視し、得た確信を美雪に告げる。


「このゴブリンは、動きを遅くしているんだね。半分の半分にあたる、25%くらいかな」

「うん、ほぼ正解。このゴブリンは、100メートルを50秒で走るように設定しているわ」

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