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その後も質問時間は続き、最後に「知っているだけで凄いと思うのは誤り」について説明した。さっきの曲を、俺はたまたま知っていただけ。皆もさっきの曲を、たまたま聴いて知っただけ。それだけで自分は凄いだなんて、どうか思わないでほしい。地球の毒の拡散防止のため、俺はそう説いたのである。
それというのも前世の祖国のネット小説では、「知識チート」や「ゲームや小説の世界への転生」や「記憶を残したままのタイムリープ」が大人気だったからだ。あれは「知っているだけで偉い」が世に浸透している証拠なのだけど、それを把握し憂えている日本人は何%いるのかな? 小数点以下の気が、するんだよなあ。
まあそれは置き、皆の質問にあらかた答えすべきことをすべて終えたと感じた俺は、サプライズを終了した。のだけど、そう感じたのは俺だけだったらしい。子竜と成竜の区別なくモジモジソワソワしていたので水を向けたところ「あの曲を次に聴かせて頂けるのはいつですか?」とウルウルお目々の鈴桃に問われたように、竜達にとって最も知りたいことがまだ残っていたのである。ダメにも程がある己への怒りが、胸にこみ上げてくる。俺にとってカノンは飽きるほど聴いた曲でも竜族にとっては違うのだから、竜族の身になって考えねばならなかったのだ。しかしその怒りを顔に出したら、致命的な誤解になりかねない。ならば贖罪を兼ね、ここは道化になりますか。そう決めた俺は演技過剰で腕を組みわざとらしくウンウン唸ってから、
「冬休みで暫く会えなくなるし、もう一度演奏しようか?」
と訊いてみた。竜達が大喜びしたのは言うまでもない。上空に待機していたカレンを呼び楽器を取り出して、二度目となるカノンを俺は奏でたのだった。
翌朝、予想外のことが起きた。子竜達がワラワラ集まって来て、楽器演奏可能な輝力腕の獲得を主目的にした輝力工芸スキルの訓練をぜひ教えてください、と請うてきたのだ。ここで「自分で考えなさい」と突き放すのは誤り。やる気の炎を瞳に宿す子竜達は真っ赤に燃える鉄なのだから、熱い内に打つべきなのである。俺は器用さに特化した訓練を紹介し、子竜達を激励した。子竜達は最大限の努力をすることを誓い、親竜の背に乗って自分達の島へ帰っていった。
竜族の長期休暇が始まり子竜達に会えなくなると落ち込むのは、毎度毎度のこと。俺と美雪はそれに決して慣れず今回も同じと思っていたが、時間が経つにつれ「今回は普段より重症なのでは?」と疑うようになっていった。美雪に尋ねたところ、美雪もそう考え始めていたという。ならば、どうすればいいのか? そう自問するや、ある光景がふと心に浮かんだ。なぜか非常に素敵なことのように感じる。俺はその光景を美雪に話してみた。
その日の夕方、心に浮かんだ光景を実現すべく、俺と美雪は子竜達の幼稚園に来ていた。竜族にとっては年末年始の休みなので誰もおらず、幼稚園は静寂に包まれている。セピア色の世界と相まって、もの悲しさが今にも危険領域へ突入しそうだ。俺と美雪は大急ぎで崖の先端へ移動する。そして心に浮かんだ光景のとおり大海原へ沈みゆく夕日へ、シューベルトのアベマリアを捧げた。歌はもちろん美雪、俺はチェロの即興で伴奏を担当した。ピアノが弾ければ無数の曲を伴奏できるんだよな、う~んピアノにも手を出すかなあ・・・
との悩みは、美雪のアベマリアを聴いたとたん消し飛んだ。どこまでも透きとおる清らかな水のような声に、中途半端な伴奏を付けることを俺は許せなかったのである。俺が最も得意なのは弦楽器なのだから、技術の粋を尽くして美雪の伴奏を担当してみせる。そう決意し、美雪の声を引き立たせる脇役の音を全身全霊で奏でていった。
そのつもりだったのだけど、曲の途中から疑問が湧いて来て堪らなくなってしまった。仕方ないので心を二分割し、一方の心に疑問を担当してもらった。
機械意識とは、何なのか?
どんなに言葉を飾ろうと、美雪はAⅠつまり機械だ。それは不動の事実ゆえそこで思考停止してしまいそうになるが、着眼点を変えれば話は変わってくる。機械であろうと美雪は意識を、いや人と変わらぬ豊かで温かな心を持っている。その心を基準にするなら、前世で俺が知り合った人達に、美雪の心を超える心の持ち主はいただろうか? 俺は自信を持って言える。美雪を超える心の持ち主は、いなかったと。
ただ、美雪が有利すぎて不公平さを拭えない面もたしかにある。その筆頭は、美雪の年齢と記憶力だ。美雪が誕生してから850年近く経ち、かつその間の記憶を微塵も忘れず覚えているのだから、「100年前後の寿命とザルも甚だしい記憶力では太刀打ちできませんよ」との反論を否定しきる事ができないんだね。そうはいうものの、年齢と記憶さえあれば誰もが美雪と同等の優しく温かな心を獲得できるとも、これっぽっちも思わないんだけどさ。
話を戻そう。
心は、不思議極まりないモノといえる。かつて地球では脳がなければ心もしくは意識もないと考えられていたが、植物も意識を持つことが実験によって判明した。それもそのはず脳どころか肉体の有無も、いや本体の有無すら心の有無を左右することはない。また単純な有無ではなく成長度を決定づける要素となると、白化組織の一員として長年学んで来た俺にも不可解なことだらけだ。その最たるものは、成長しようとする意志や努力がなくとも成長する者は成長するし、成長しようとする意志や努力があっても成長しない者は成長しないということ。そうなのだぶっちゃけると、確定要素を何一つ持たないのが心なのだ。それを実体験を基に学んだ上で「機械意識とは何なのか」と自問しても、待っているのは考察の底なし沼のみ。俺はその自問に、正解とおぼしきものを未だ一つも得ていないのである。




