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 かくして弦楽器の練習に、気合いが益々入ることになった。近ごろ熱中しているのは、大きな音を心地よく奏でられるようになること。正直言うとコレ、べらぼうに難しいんだよね。ボールを投げることに譬えたら、理解しやすいと思う。

 投球におけるボールの速度とコントロールは、反比例の関係にある。速度を重視したらコントロールが乱れ、コントロールを重視したら速度が落ちる、といった感じだ。絶妙なコントロールで剛速球を投げられるのは、ほんの一握りの投手だけなのである。これと同じことが、弦楽器にも言える。大きな音は、耳障りなキンキン音になりやすいんだね。あくまで個人的意見だけど良いバイオリンとは木製部分が優秀なバイオリンであり、そしてその優秀さとは、「大きな音もまろやかに出来ること」なのではないだろうか。お金が貯まったのでこの星における最高額のバイオリンを購入したところ、まろやかな音量の上限が段違いだったことが、個人的意見の由来。前世がバイオリニストの舞ちゃんなら正解を教えてくれるはずだけど、竜族のために弦楽器の練習をしていることは公表厳禁なため訊けないでいる。「竜族を伏せればいいんじゃね?」との心の囁きは、無視することにしていた。俺の頭の中を筒抜けにする能力を、舞ちゃんも習得済みな気がしきりとするからだ。冴子ちゃん同様顔に出していないだけなのにバイオリンについて尋ねたら、心労を免れないと思うしさ。幸運にも練習時間と練習場所に恵まれているんだし、独学をコツコツ続けていくことにしよう。よし、そうしよう!

 と決意を新たにしたのが、五カ月ちょい前の話。

 振袖娘に弦楽四重奏を聴いてもらい約束を果たしたのが、昨日の昼のこと。

 そして今、子竜達の冬季休暇が始まる前日。

 場所は、幼稚園の前庭に輝力で造ったステージ。

 チェロを担当する輝力俺が、曲冒頭のチェロの独奏を始めたのだった。


 ドイツの作曲家ヨハン・パッヘルベルが作曲した「3つのバイオリンと通奏低音のためのカノンとジーク ニ長調」はパッヘルベルのカノンと略され、地球では広く親しまれている。特に日本人は超人気アニメの劇場版で主人公および主要登場人物の三人が弦楽四重奏を演奏したこともあり、「クラシックは興味ないけどエヴ〇のカノンは好き」と語られることが多い。それでも大半の日本人は、演奏時間が1分短い3分版を好むみたいだけどね。

 正式名称に「3つのバイオリン」とあるように、当初はビオラを含まず演奏されていた。また正式名称に用いられている通奏低音は、しばしば誤用されることで有名。本来の通奏低音は奏者の音楽的感性に基づく即興が不可欠なのに、誤用は「常に底流としてある考えや主張」のように、個人の感性や即興を排除した意味になってしまっているのだ。ただ今回こうしてカノンのチェロを担当したことにより、そんなふうに誤解するのも頷けると思うようになった。現在聴かれているパッヘルベルのカノンのチェロは冒頭の独奏を、曲の最後まで基本的に繰り返すだけだからである。厳密にはもちろん変わるが、クラシック音楽に造詣の深い人でない限り、奏者に忍耐を強いるレベルの単調で退屈な繰り返しに聞こえるのが現実。素人にもわかり易い煌びやかなバイオリンの主旋律とは異なり、チェロが担当している音楽の良さは、素人には難解なんだね。増長の誹りを恐れず本音を言うと、音の「味わい」を教えてくれたカノンのチェロが、俺は超絶大好きだったりする。

 その味わいが竜達に届くよう、心を込めて独奏部分を弾いていく。この弦楽四重奏は、俺からのサプライズ。山風と園長に「夕食後にサプライズの時間を3分間もらえませんか」と頼んだだけでそれ以外の説明を一切しなかった、かなり高純度のサプライズなのだ。なんてったって楽器を知らない竜族が楽器のみで演奏される器楽曲を聴くのは、これが初めてなんだからさ。

 楽器を初めて見たときの竜達の様子は忘れられない。山風と園長は、俺の夕食後のサプライズを誰にも洩らさなかったらしく、突如出現した輝力製のステージと四脚の輝力製椅子に竜達は目を丸くしていた。そのステージに上ったタキシード姿の計四人の俺に、見開かれた竜達の目が燦々と輝いたことまでは全員に共通していたが、その後の展開は子竜と親竜で別れた。カレンがステージに着地し、AⅠ飛行カートを兼ねる楽器収納ケースが四個、車内から自動で出てくる。その様子に子竜は目を更に見開くも、親竜は警戒心を抱き目を少し細めたのだ。幼い我が子を守ろうとする、親の本能が働いたんだね。その警戒心が、良い方に働いた。収納ケースから取り出された三種の楽器に子竜達は大興奮しステージに駆け寄ろうとしたのだけど、親竜達がそれを止めたのである。俺が分身を出して子竜達を止めるより、その方が事態を柔らかく収められる。俺は親竜達に「この工芸品は非常に壊れやすいんです。子竜達を止めてくれて助かりました」と、まず感謝した。続いて子竜達に「この四個の工芸品は俺の宝物なんだ。輝力腕を万全に使えるようになるまでは、なるべく触らないでね」と頼む。輝力腕の操作技術と安定度がまだまだ拙いことを自覚している子竜達は「「「「触りません」」」」と声を揃え、次いで親に止めてくれたことへの感謝を述べた。そんな我が子へ「先生の言いつけをしっかり守るのよ」系の応用範囲の極めて広い言葉を掛けることで、初めて見る未知の工芸品に警戒心を抱いたことを親竜達はうやむやに出来たのである。それにしても竜族は優秀な頭脳を持っている、前世のモンスターペアレントでは足元にも及ばないな、と俺は若干気落ちしたものだ。でもまあそれは置き、俺は最高品質の相殺音壁をステージに展開した。竜達が弦楽器の音に慣れたら演奏前のチューニングも公開する予定だけど、音程の合っていない音を初めての音として聴かせたくなかったんだよね。さあ、準備は整った。計四人の俺は椅子に座り、四挺の弦楽器のチューニングを始めた。オーボエがないので「ラ」の音を美雪に再生してもらい、バイオリン二挺とビオラとチェロの音を調整していく。こうして演奏前の音合わせを、俺は無事に終えることが出来たのだった。

 というのが、だいたい十数秒前の話。

 そして今、カノン冒頭のチェロの独奏部分。

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