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「彗」「はい、師匠」「それは当たっているが、違う」「少し時間をください、考えます」
頷く俺を視界に納め、彗は瞑想を始めた。うむ、ナカナカ様になっている。さすがは、他の星に設けられた白化組織の直弟子だ。そうこれが、かの次元で瞠目したもう一つの要素。何と彗は星こそ異なれど、元直弟子の転生者だったのである。
当主が彗を、天草一族の誤りを一掃すべく天が遣わした者と考えているのは正しい。その因果が成立したさい、役目を果たすべく天草一族に転生する者を、白化組織はこの銀河中に募った。それに名乗りを上げたのが、彗なんだね。おそらく前世の彗は「自分が聖者から大聖者になるには他星への転生が必要」と判断し、この星に生まれたと思われる。前世の彗の種族は銀河中を見渡しても生物学的に近い種族がほぼ無く、すると必然的に社会も大きく異なり、学べることが偏ってしまっていた。よって偏りを是正すべく、他の星と共通部分の多いこの人類社会への転生を前世の彗は選んだ。そう彗は「師匠がいなかったら僕もこの星にいなかった」という受動的印象の転生をしたのではなく、自らの意思でこの星にやって来たという能動的転生者だったのである。
余談だが彗は前世の星にいたままでも大聖者になれたし、かつ大聖者として問題なく働けたことを俺は疑っていない。しかし大聖者という大きなくくりではなく、「宇宙にたった一人の彗だけができる仕事」のように個人に着眼したら、話は違ってくる。この星に転生し学んだ方が本来の個性を活かした大聖者になれると、彗は感じた。おそらくこんなところではなかと、俺は考えている。
また前世の彗は、思い切りが良いのか融通が利かないのか判断に迷うが、転生後の人生にある制限を設けた。それは、前世を思い出すのが極めて困難という制約だった。前世を思い出したら、前世の自分の心でこの社会を眺めることになる。心は外すのが最も難しい色眼鏡なのに、人とかけ離れた生物だったころの色眼鏡でこの星の社会を見たら、正しい認識など絶対無理だろう。然るに思い出さず、心身共にこの星の一員として暮らすことで、社会への理解を深めてゆく。前世の彗は、そんな判断をしたんだね。したがって、
「師匠ごめんなさい。時間をもらったのに、目ぼしい考察をまったくできませんでした」
こうなるのは必然なのだ。必然はもう一つあり、それは「ああやっぱり僕ってダメダメだ」と彗が落ち込むこと。まったく、前世では大聖者の一歩手前まで行ったのに、ホント彗は面白い奴だなあ。
己のダメっぷりに落ち込むのは設定が正しく機能している証拠なのだからダメと思わなくていいし、ましてや彗はダメダメなんかでは決してないんだよ。
という内容を、前世を思い出すのが極めて困難云々を伏せて説明するという高難度ミッションを、俺はその後数十分間も続けたのだった。
翌日は、天風の地を訪れた。子供達が「師匠!」「ししょう!」とわらわら集まって来て、癒しが半端ない。赤子のころから訓練を見学させるのが鉄板だからか、俺の名を「ししょう」として覚えている子が多いのも、可愛くて堪らないんだよね。
それもあり、今回は分身の術を披露した。分身の術の要諦を肌で感じようとする子供達に両一族の差はなかったが、大人達の順応力には大きな差が出た。腰砕けが続出した天草一族に対し天風一族の大人達は、一人を除き全員が食い入るように分身の術を見つめていたのである。それだけなら「さすがは筆頭名家の天風家」と素直に称賛したけど、そうはならなかった。たった一人の例外である翼さんが、
「じ~~~」
と、わざわざ口にして俺を睨んでいたからである。その「じ~~」に震えあがりつつも俺の脳は、二つの推測を導き出してくれた。推測の一つ目は、昨日俺が天草一族に分身の術を披露したのを、天風一族は知っているということ。同じ「天」の字を苗字に持つからか天風家と天草家の交流はそこそこ深く、ならば昨日の出来事を知っていても不思議はないと思えたんだね。それに基づき推測されたのが、二つ目だ。昨日の出来事を知った翼さんが俺に怒りを覚えることは容易く予想できたため、一族の大人達は一石二鳥を兼ね、分身の術を食い入るように見つめているのではないかということ。分身の術を一心に凝視していれば当主の「じ~~~」を、視野外に自然と追いやれるからさ。
というふうに、二つの推測を整理しただけで正解に辿り着けた気がする。いや気がするのではなく、これが正解で間違いないだろう。さあではそれを踏まえ、翼さんの怒りを収める方法を考えますか・・・・
「翼さん」「はい、なんでしょう」「俺が創った輝力グライダーに俺以外の『人』を乗せたら法律違反になるけど、輝力製の気球なら法律違反にならないって最近分かってさ。だから子供達を輝力製の気球に乗せ、夏の空を楽しみつつ輝力工芸スキルの奥深さを感じてもらおうと思う。しかし訓練の一環とはいえ、安全装置のないまま子供達を空に連れて行ったら親は心配するはずだから、反重力ペンダントを身に付けさせてあげたい。子供の人数分を、用意できるかな?」「もちろん用意できます。翔さん、分身の術の披露を天草家の次にした埋め合わせであっても、ご配慮に感謝します」「む、むむう」
夏なのに背中が寒くて仕方ないのはなぜなのかな、アハハハハ~~!
それはさて置き、子供達の人数分の反重力ペンダントをドローンが持ってきてくれた。それを首から下げた子供達に、いつか自分が同じことを出来るようになっても最初は万全を期し、反重力ペンダントを必ず身に着けるよう約束してもらった。俺の講義に慣れている子供達は「いつか私も出来るようになるものって、何ですか?」等の質問をせず、絶対守ると誓ってくれた。いやはや、まったくもって素晴らしい子供達だ。どうか今日の空の旅が、この子たちの未来の糧になりますように。




