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組織の人達が慢心を避ける主理由は、これだ。慢心は、己の成長上限を低下させる行為なのである。同種の行為は他にも多数あり、元日本人として最も危惧しているものを挙げるなら、それは「知っているだけで偉い」になる。暗記しているだけの知識と長期間の努力によって習得した技術は完全な別物で貴ばれるのは技術の方なのに、「知っているだけで偉い」が広く浸透した社会では容易く逆転してしまう。かつ「偉い」とすることでそれに疑問を抱かない、正確には抱けない並以下の知性の人達が社会の上層部を占めるようになるため、社会全体が低迷していく。前世の故郷は、その最高の見本だったな。
最高の見本ゆえ、学校は目を覆うばかりになっていた。前世の故郷の暗記教育と受験戦争は「知っているだけで偉い」と非常に相性が良く、しかもそこに無尽蔵の情報を閲覧できるインターネットが加わったら、学校で何が起こるのか? インターネットで知識を得ただけなのに自分は偉いと考える子供を、学校が矯正できなくなるのだ。知っているだけで偉い、は学校の根幹だからね。可能なのはせいぜい「インターネットは有害だぞ」と脅すことだけだろう。SNSの力を恐れた政治家やマスコミもそれに乗っかり、嘘八百の報道を堂々として国民を誤誘導していたかつての祖国、まだ残っているのかな・・・・
話を戻そう。
モジモジしつつ「僕は父がよく解りません。でも自分自身は、もっともっと解らないんです」と打ち明けた彗を、俺はあっぱれと褒めた。また解らないと潔く認めることは、より優れた自分になる最初の一歩である理由も説明した。有頂天になった彗が二重反転プロペラをロケットエンジンに変え、宇宙へカッ飛んで行ったのは言うまでもない。そんな、頭カラッポ状態で浮かれている彗に、俺は不意打ちで問うた。
「ところで彗。父親と自分が解らないことと未来の伴侶を俺に見て欲しいと頼むことは、どう関係するのかな?」
そうこれこそが、彗に訊きたかった本命。褒めることや仕組みを説明することだけが、師匠の仕事ではない。訊くことも、師匠の大切な仕事なのである。なんてったってこの宇宙は、「胸の奥深くに秘めた想いは本人が明かしてくれるまで分からない」からさ。
「すみません、一番大切なことを説明し忘れていました。実は・・・・」
モジモジにモジモジを重ね掛けして彗が明かした真相には、俺と三聖母が大いに関わっていた。要約すると、こんな感じかな。
『大人達がこぞって称賛する父をあまり理解できない僕は、常識のない人間なのだろう。子供達に好かれる理由も解らない僕は、知性にも問題があるのだろう。こんなダメダメな僕に伴侶が現れるとは思えないし、現れなかったとしても10歳の僕にはその重大さが分からない。師匠も独身だし、僕も独身で構わないや。
という思いは、前回の指導で息吹の三聖母に会ったら変わった。三聖母のような素晴らしい女性が、この世にはいるんだ。それは嬉しいことだけど、こんな僕を三聖母のような女性が好きになるなどあり得ないのは、とてもつらい。女子達が寄ると触ると話題にしているように、素晴らしい人と出会い素敵な恋をして幸せな結婚をしたいと、僕も考えるようになったからだ。でも僕は、いろいろとダメダメ。僕が素敵な恋をして幸せな結婚をするには、努力が必要なのだろう。それは厭わないけど、そもそも僕には運命の人が現れるのかな? 師匠に未来視能力があるのは有名で、周囲の女子はみんな見てもらい、その時のことも寄ると触ると話題にしている。今の僕には、女子の気持ちが痛いほど解る。今度師匠に会ったら、僕に運命の人がいるかいないかを、ぜひ見てもらおう!』
とまあ、こんな感じだね。彗の自己評価は、真逆の一言に尽きる。でもそこが彗の良いところだし、また彗のそういう面を「ほらやっぱり似てるじゃない」と某女性達が意気揚々と評しても、抵抗はあるが認めざるを得ないのが正直なところだ。幸い同族嫌悪的なところが俺と彗には一切ないし、とりあえずそれで良しとしますか。
ちなみに今俺達がいるのは、訓練場脇の木陰のベンチ。心の丈を存分に吐き出せるよう、立ち話から座り話に途中で変えたんだね。蜃気楼で中は見えずとも、俺に腰を折ってから訓練場を去って行った当主の親心が、胸に染みてならなかった。
それもあったのだろう、彗の伴侶の確認を俺はいつにも増して快諾した。当主は父親としても彗の伴侶に多大な興味があるはずだから、後でこっそり教えに行かねばな!
のように謎のやる気に胸を高ぶらせつつアカシックレコードを見に行ったところ、当たり前と言えばそれまでだが、彗は戦士養成学校でまこと素敵な女の子と出会っていた。恋愛も結婚生活も順調という他なく、コイツはいったい何を悩んでいたのかと呆れたものだ。その俺の脳裏を、ふとある予想が駆けた。それに従い彗の未来ではなく、彗の過去へ目を向けてみる。誕生まで遡った俺は、瞠目した。彗が誕生した世界線は、この世界線だけだったのだ。彗は数百万分の一の確率で、この星に生を受けたのである。その他にも瞠目要素はあったがそれよりも、数百万分の一の確率でこの星に生まれたにもかかわらず伴侶をきちんと用意してくれる創造主の愛に、俺は思わず胸を押さえた。その手を胸の前で合わせ、創造主に感謝を述べる。なんとなく照れているような創造主を朧げに感じつつ、俺は元の次元に帰って行った。
意識投射を終え、瞼を開ける。視界の隅に興味津々の彗が映り、吹き出しそうになるも苦労して堪えて、確認したことを伝えた。
自分も伴侶に出会えると知り、彗はことのほか喜んだ。それは想定内だったけど、次は想定外だった。彗が俺に、理知的な瞳でこう問うたのである。「師匠がいなかったら、僕もこの星にいなかったんですよね」と。




