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言うまでもなく大人として事前に連絡し許可を求め、再度言うまでもなく「息吹の三聖母を拒否する家がありましょうや」との返答をもらえた俺ら六人は、天草の地を揃って訪れた。三聖母の教え子たちが天草一族にいたこともあり訪問は大成功し、当主と俺が胸襟を開いて話し合うきっかけにもなったのだけど、一族の大部分の子供達にとって胸襟の方は些事だったと思われる。子供達にとっては、勢ぞろいした三聖母に可愛がられたことの方が、オッサン二人の密室会談より比較にならぬほど重要だからだ。しかし何事にも例外はあり、そしてこの件で例外になったのは、当主の末子の彗だったってことだね。という訳で長~~くなったが「師匠、どうかお願いします!」と運命の人を見ることを彗に頼まれた俺は、
「彗に幾つか訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
返答を保留しそう尋ねた。「もちろんです!!」と、彗は上体を跳ね上げる。その動作は目を見張るほど早く、神速で持ち上げられた上体に引っ張られて足が地面から離れるほどだったのだがそれは置き、俺と彗は会話を始めた。
「彗がそれを強く願う理由を、聞かせてくれるかい」「もちろんです! ただあの」「相殺音壁と輝力製の蜃気楼壁で周囲を囲んでも、不安かな?」「めっそうもございません。お心遣い、感謝します。えっと、実は僕・・・」
推はモジモジしつつ、俺にこう打ち明けたのである。「僕は父がよく解りません。でも自分自身は、もっともっと解らないんです」と。
自分を最も理解していないのは、誰なのか?
この問いに、根拠と返答の両方が俺と同じになる地球人は、果たしてどれほどいるのか? おそらく、100万人に1人いるかいないかがせいぜいだろう。俺の返答は「自分を最も理解していないのは自分」、根拠は「今の仮初の自分では、真の自分である本体を理解できないから」になる。本体との常時直結を取り戻している母さんのような大聖者でない限り、真の自分を十全に理解することは不可能なんだね。俺も常時直結にはほど遠いが、本体との共鳴率を上げる努力をしてきたお陰で、真の自分が本体であることなら微塵も疑わなくなって久しい。その「微塵も疑わなくなって久しい地球人」は100万人に1人いるかいないかだと、勘が囁いているというワケ。もちろん、ただの勘だけどさ。
とは言うものの、疑いが皆無なのは事実。そんな俺は彗の告白を、どう感じたのか? 正解は、「あっぱれ」だ。正しい自己犠牲を長年続けることで心を大幅に成長させた父親を10歳の彗が理解するなどあり得ず、また「自分自身はもっともっと解らない」という苦悩は「自分を最も誤解しているのは自分」に合致すると言えるからだ。そう彗は俺の問いに、100点満点の返答をしたのである。本人はそんなことてんで思わず、ダメダメな返答をしてしまったとばかりに頭を抱えているけどさ。
が、かくいう俺にも頭を抱えたい気持ちはあった。創造主と本体と人の関係を図にしたアレを彗に教えて良いかを本体に訊いたら、時期尚早と返ってきたのである。「エエ――ッ」と反論したい気持ちはあるけど、納得したというのが正直なところ。今の彗は譬えるなら、転んで泣いている一桁年齢終盤の子供。自ら起き上がることが十分できる年齢の、子供なのだ。心労等が嵩んでいるなら助け起こしてあげるが、そうでないのにそれをしたら、その子の自助努力の機会をかえって奪うことになってしまう。彗は今そういう状況にいると、俺も納得したんだね。当たり前だがそれを瞬時に見抜くなんて、本体はさすがだな。
さてでは本体の見立ての正しさを再確認したところで、彗に本音を告げますか。
「彗」「はい、師匠」「あっぱれなり」「ッ! ありがとうございます!!」
俺の心の目に、尻尾をプロペラにして空へ飛び立って行く彗がはっきり映った。こりゃ俺が間違っていた、舞ちゃんと翼さんと奏の見立てである「彗は俺に似ている」の方が、正しいみたいだ。胸中そう肩をすくめ、俺は彗との対話を始めた。
「俺の分身の術を彗はどう感じ、どのような推測を立てたかな?」「分身の術は、輝力工芸スキルの最終奥義と意識分割法の最終奥義の、合わせ技と感じました。そう感じたのは推測でもあり、そしてそれが僕の推測の限界です。技量がかけ離れ過ぎていて、分身の術を可能にする如何なる仕組みをも僕には推測できないのです」「ふむ、彗」「はい、師匠」「俺が輝力工芸スキルを習得してからまだ四十年に満たず、次の戦争まで残り五十年以上ある。それでも分身の術に用いられている輝力工芸スキルを、最終奥義と思うかな?」「失礼しました。思いません!」「よろしい。分身の術は三つの技術の合わせ技。三つ目は伏せるが残り二つは、最終奥義の箇所を除けば彗の見立てどおりだ。では、彗に考えて欲しい。俺は輝力工芸スキルと意識分割法に、未解明部分を未だ多々残していると感じている。断言するが、未解明部分の方が圧倒的に多いというのが俺の本音だ。それを踏まえて、さあ答えてくれ。『輝力工芸スキルと意識分割法を理解できている』と俺は考えているかな? それとも『輝力工芸スキルと意識分割法はまだ解らないことだらけで全く理解できていない』と、俺は考えているかな?」
二本目の尻尾を出して二重反転プロペラにし、激増した出力にものを言わせて大空へ飛び立っていったが如き彗に、失礼ながら噴き出してしまった。
「師匠、酷いです」「ごめんごめん。舞ちゃんと翼さんと奏の意見を思い出したら、ついね」「息吹の三聖母が、関わるのですか?」「まあそれは、従姉の舞お姉さんに教えてもらうといい。よってそれは舞ちゃんに任せるとし、輝力工芸スキルと意識分割法の話をしよう。俺はこの二つに、広大な未知の領域を感じている。そして広大な未知の領域は、無限の可能性と同義。彗、覚えておきなさい。俺は輝力工芸スキルと意識分割法に広大な未知の領域を感じることにより、より高度な技術を将来習得する可能性を、手元に引き寄せているのだと」




