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私も安心した、私も、と美雪と冴子ちゃんにも言ってもらえた俺は、ニコニコが止まらなくなってしまった。でも、それでいい。なんてったって俺は今、めちゃくちゃ幸せだからな。よ~し頑張るぞ――ッ! などと心の中で気炎を上げていたら、
シュバッッッ!!!
歴代最強の電気放電を松果体が放った。高すぎる密度と速すぎる速度によって膨大な情報が一つに融合したかのようなこれは、本体の更に奥から送られてきた閃き。圧倒的な高速高密度の思念にもかかわらず、愛されているという想いが真っ先に心を満たしたのはこれまでと同じだったが、それ以外の想いも並行して心を満たしたのは今回が初めてだった。その初めての想いは、「応援されている」だった。寝返りを打とうと試行錯誤する赤子へ親が自然に抱く想いを、本体の奥にいる存在も俺に抱いてくれているのを、俺ははっきり感じたのだ。
俺に親はいない。
でも俺には、いや全ての人には・・・・
ズッバァァ―――ンンン!!!!
ほんの数秒前に届けられた強力無比な電気放電をも超える、名状しがたき何かが俺を貫いた。それ自身は名状しがたくともそれが残していったものは、規模と深さが異なるだけで馴染み深い想いと言えた。それは、家族愛。その家族愛を土台にして、母さんの集中講義を振り返ってみる。講義を振り返ったのは、ついさっきの電気放電に含まれていた俺への促し。なんだかんだ言って俺はちゃっかり、あれを翻訳していたんだね。
翻訳の中で最重要と思われるのは、「神は自らを助ける者を助けるという言葉の起源は、古代アトランティスにある」だ。母さんは、古代アトランティス人。また母さんはさきほど、「二つ目の質問も受け答え次第で返答可能にしましょう」と言った。この二つを基に、俺はこう閃いたのである。『二つ目の質問の解答に俺が自力で辿り着く努力をした時のみ、母さんはその正誤を教えるという助力をしてくれるのではないか』 俺の奥深くで何かが、この閃きは正しいと叫び続けている。ならば、それに賭けるのみ。俺は決死の覚悟を胸に、母さんの集中講義を振り返っていった。
その甲斐あって、ほぼ正解と思われる閃きを得られた。したがって次にすべきは、確認作業だ。俺は挙手し、母さんに尋ねた。
「母さん。資本主義は必ずしも、心の成長を妨害しませんよね」
「必ずしも妨害しないわ。企業活動を通じて大勢の人を成長させた、伝説的経営者が日本にはかつて複数いたしね。あの人達は自分の人生を幸せな気持ちで回想して、地球を卒業していったわ」
謝意を述べ、次に確認すべきことを選考する。ニケーア公会議をそれなりに調べていた前世の自分に、俺は感謝した。
「母さん。ニケーア公会議は表向き、キリスト教の多数の流派の中から最も正統なものを選ぶことを目的にしていました。しかし真の目的は、支配者に都合の良い流派を探すことだったと僕は前世で結論付けました。間違ってますか?」
「正しいわ」
「母さん。僕は自分をダメ人間だと、心底思っています。でもついさっき教えてもらって、解ったんです。母さんのような大聖者の本体と、ダメ人間の僕の・・・・」
あまりにも不遜な概念を口にしようとしている新しい自分を、古い自分が妨害した。でもそれは、寝返りの試行錯誤中に経験する無数の失敗のようなもの。寝返りを打てない古い自分が寝返りを幾度妨害しようと、試行錯誤を続けていれば、寝返りを打てる新たな自分を獲得できるのだ。そんな我が子を愛し、応援してくれる創造主の恩に報いるためにも、俺は古い自分を撥ね退けた。
「母さん、僕はついさっき解ったんです。母さんのような大聖者の本体と、ダメ人間の僕の本体は、対等な存在なんですね」
「もちろん対等な存在よ。宇宙にいる全ての本体は、上下長幼の無い、対等な存在なの」
「ありがとうございます。それを基に、イエスの教えを推測してみました。母さんが僕にこの星を卒業する具体的な方法を教えてくれるように、イエスも人々に、地球を卒業する具体的な方法を教えた。それは『本体と心の隔たりを少なくしていくことで、本体と心の共鳴を促し、共鳴という実感を足掛かりに、本体へ一歩一歩近づいてゆく』という方法だった。母さん、どうでしょうか?」
「訂正箇所はないわ」
謝意を述べ、全身で息を吐いた。神話級の健康スキルをもってしても、この問答は心身に多大な負担を強いるらしい。だが、こんな序盤で弱音を吐いてはいられない。そうこれは、単なる序盤。俺は気合を入れ、確認作業を続行した。
「肉体を鍛えて身体能力を向上させることは、他者に主導されてもある程度可能。しかし心を鍛えて心を成長させられるのは、自分しかいない。どうでしょうか?」
「全面的に賛同するわ」
「ありがとうございます。賛同してもらったそれに、全ての本体は対等という真理を融合させると、以下二つが推測されます。『イエスの教えの根幹は、自らの努力で自らを成長させる事にあった』『けれどもそれは、支配者にとって不都合な教えだった』 どうでしょうか?」
「全面賛同の二回目ね。支配者にとって不都合な理由を、教えて」
「第一に、全ての本体の対等性を民衆が知ることは、過去と現代を問わず支配者にとって不都合でしょう。第二に、自分の努力だけで成長可能なら宗教指導者は、つまり教会は、民衆の絶対的上位者ではなくなります。これも、不都合だったはずです。では、その真逆はどうなるのか? 成長のためには教会が不可欠と民衆に信じ込ませれば、教会は民衆の上位に立ち、権力を振るい、支配することができます。また、民衆を支配し権力を振るうためならイエスの教えを無にすることも厭わない教会の方が、東ローマ帝国にとって好都合だったのは想像に難くありません。実際ニケーア公会議後のキリスト教は、天の父と民衆の間にイエスを置き、そしてイエスと民衆の間に教会を置くようになりました。イエスの教えはあまりに尊く難解なため、教会を介してのみ民衆はイエスの教えを学ぶことができると、教会は説明していましたね」
「ホントあの人達、イエスの教えを粉々に砕いたわよね・・・・」
そう呟き、母さんは遠い眼差しをした。規模と深さが桁違いの家族愛を、ついさっき経験させてもらった今なら解る。底抜けの母性を有する母神様は、あの人達に怒りではなく、憂いを抱いているのだと。
よって話題を替えようとするも、「私は大丈夫だから思い描いたとおりに話しなさい」と、母さんは俺を励ましてくれた。憂いに痛む胸より俺の成長を優先する母さんに報いるためにも話題を替えず、電気放電翻訳時に思い描いた計画に沿って話した。
「本音を言うと、教会が決定的な失態をさらすまで1200年かかったことに多大な興味を覚えるのですがそれは置いて、教会の悪行は贖宥状で決定的になったとされています。免罪符とも呼ばれる贖宥状は簡単に言うと、『教会にお金を払いさえすれば無罪になるという悪徳商法』になるでしょう。ただ悪徳商法には、悪行を露にして人々の目を覚まさせる力があるとも、僕は考えています。お金の絡まない悪より、お金の絡む悪へ、人はより敏感になりますからね」
そういえば税金を、国が販売する商品のように定義した経済学者が地球にいたな。「税金は国が販売する、国民証明書である。その証拠に納税額が多いほど優良国民として遇され、反対に納税を怠ると非国民として処罰される」 みたいな感じだったような?
との寄り道を脳内修正し、話を再開した。
「税金は国が販売する、国民証明書である。その証拠に納税額が多いほど優良国民として遇され、反対に納税を怠ると非国民として処罰される」 MMT(現代貨幣理論)の一部を要約したものです。個人的には、MMT擁護派は経済の主軸を資産経済に置き、否定派は主軸を実質経済に置いていると、私は考えています。




