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今思うとそれが、最後の一押しだったのかもしれない。訓練後、当主の末子の彗が傍らにやって来て二言三言やり取りしたのち、上体を直角に折ったのである。
「師匠、どうかお願いします!」
運命の人を見てくださいと頼んできた子へ「感動が薄れるかもしれないぞ」と仄めかしても食い下がってきた初めての男子は、当主の末子の彗だったんだね。
二十数年振りにできた末っ子に彗と名付けた経緯は、打ち明け話の一つとして当主から直々に聴いていた。要約すると、こんな感じになるだろう。
『絶対的な法則ではないが戦士の素質に恵まれているほど、3歳のスキル検査を待たず優秀さがにじみ出てくると言われている。当主は、それに該当した。当主はスキル検査前にトップ100入りし、スキル検査でトップ10に入り、その順位を保ったまま20歳の戦士試験を通過したのだ。それに対し一卵性双生児の弟、つまり舞ちゃんの父親はまったく同じ遺伝子を持っているにもかかわらず、スキル検査も戦士試験通過も100万台だったという。この差は2歳頃には誰の目にも明らかだったらしく、そしてそこには当人である弟も含まれていた。弟さんは自分が劣等生であることを、物心つく前から自覚していたのである。それが、性格に影響を及ぼさない訳がない。弟さんは戦士養成学校に入学したころから家に寄り付かなくなり、そして兄の当主は、自分より一族を優先することを己に強いてきた。どちらも正しかったというのが、俺の考え。舞ちゃんは両親と2歳で生き別れになったのに家族三人で暮らした幸せな日々を朧げに覚えているそうだし、当主は心をたいそう成長させていたからだ。自己犠牲の正しい意味は「本体や創造主の意向を己より優先させること」を指し、そして当主の日常はそれに合致した。当主が自分に強いていたのは、厳密には「人の正しい生き方を身をもって示すこと」であり、また個人的推測だが、おそらく当主はそれを前当主に教えられたと思われる。冴子さんの卵子を提供されたのが、その根拠だ。個人的推測はこれまでにして当主の打ち明け話を進めると、当主は自分の子供達が舞ちゃんに追い抜かれた日、己と己の一族の誤りを悟ったらしい。悟ったことを妻と子供達に説明した当主は、誤りを一掃することを誓った。その日以降、誓いを最優先に当主は日々を過ごすようになり、すると数年後、まったく予期せぬことが起こった。妻が、妊娠したのである。「己が誓いは天に聞き入れられ、それを成就する子を天はこうして授けてくれた」 との思いが雷の如く脳を貫いた当主は、父である自分および一族の誤りを掃き清めてくれるであろう息子を、箒を意味する彗と名付けたのだった』
とまあこれが、彗の名の由来。由来を知ったのは天草一族を訪問するようになった二年後だったけど、訪問初日から俺は彗に注目していた。彗は一見ぼんやりしている子で、気を抜いて良いときは印象どおりぼんやりしているのに、気を引き締めねばならぬときは別人になる。凄まじい切れ者に、彗はなるのだ。しかも彗の頭脳は切れるだけでなく、他者の意見や忠告を客観的に判断することも容易くしてのける。怜悧さと客観性を併せ持つ人は得てして冷酷な印象になるものなのだが普段はぼんやり小僧であり、それでいて温和で情に厚く、温和な面は女子に情に厚い面は男子に大好評で、いつも子供達の中心にいる。彗は、そんな子なんだね。かくなる理由により俺は訪問初日から注目していて、すると天草一族について感想を求められたら彗について話すのが定番になり、そうこうするうち翼さんと奏が「「ぜひ会ってみたい」」と言い始めた。何かの手違いなのか彗は、学年トップ100ではなかったのである。まあ正直あれは当てにならないので脇に置き話を戻すとして、普通なら翼さんと奏の願いを叶えるべく直ちに奔走するのが俺なのだけど、この件に限ってはそうはならなかった。会いたがっている理由が「面影が翔さんに重なるんですよね」「そうなの、お兄ちゃんぽくて気になっちゃう」とくれば、そうならなくて当然なのだ。とは言うものの俺にできた精一杯の抵抗は、直ちに奔走しなかっただけ。翼さんと奏の真意が、痛いほどわかったんだよね。二人は舞ちゃんのために、それを言っているのだと。
舞ちゃんは天草一族との関係を修復すべきなどと、俺達は一切思っていない。だがそれと、関係修復の機会を無視するのは別問題。俺の話す天草の人々に悪い人はおらず、その上で機会が巡って来たのなら、それは創造主の意思なのではないか? 「最高のタイミングは今だよ」と、創造主が教えてくれているのではないか? そんなふうに考えるのが組織であり、そして俺達は舞ちゃんももちろん含めて、組織の一員なのである。それを解らぬ舞ちゃんではないし、何より舞ちゃんにとって翼さんと奏は、どんなことでも話せる一番の友人。悪い噂を聞かない父方の実家にほんの少し興味があり、彗には大いに興味がある自分を二人は理解し、こうして背中を押してくれている。ならばそれに応えたいと願うのが、自分なのではないかな。との胸中を包み隠さず説明し時間をもらった舞ちゃんは、目を閉じしばし瞑想していた。数分後、閉じられていた瞼が開けられる。その瞳の奥に挑戦の炎をはっきり感じた俺達は結論を聞いていないにもかかわらず天草一族の訪問日について意見交換を始めてしまい「フライング禁止!」と、笑みを浮かべた舞ちゃんに叱られてしまったのだった。
このようにして舞ちゃんは父方の実家を訪れ、両者の関係修復の第一歩を踏み出した。それには翼さんと奏の功績が大きく、また二人は彗に多大な興味を覚えており、かつ二人は舞ちゃんと同じく聖母と呼ばれているとくれば、その後の展開は予想できるというもの。そう二人は舞ちゃんにくっついて、天草の地を訪問したのである。




