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それは間違いではなかったらしい。天草一族の大人達が纏っていた俺への警戒が、完全に消えたのである。おそらく、こんなところだろう。
『一族の大人達は、当主が自分より一族を常に優先してきたことを痛いほど知っており、それが一族をまとめる大きな力になっていた。だがそこに、当主に引退を強要しかねない俺が現れる。俺は他家でクーデターを起こさせたことがあるし、舞ちゃんとは家族同然の仲だし、そして何より一族の大人達は、自分達が舞ちゃん及び舞ちゃんのご両親を不当に貶めてきたことを知っていたからだ。一族の大人達は恐怖し、それは俺がここを定期的に訪れるようになっても心の隅に絡みついて離れなかった。しかし舞ちゃんが一族の一員として訓練に参加するようになったのを機に、当主と俺は打ち解けた。当主はそれを、一族の人達に己が口で説明したのだろう』
みたいな感じのことが、裏で起こっていたと思われる。正直言うとこれは推測がとても容易な裏事情なのだけど、なぜこうも大仰に構えるかというと、推測の正誤を教えてくれる天草一族の友人が俺にはまだいないからだ。警戒は解かれても、腹を割って話せる友はまだいない。これを自覚し、天草一族の人達と交流することを俺は心がけていた。
その努力が最初に実ったのは、子供達だった。子供達と、いっそう仲良くなることが出来たのである。子供は大人が考える以上に、親や大人達の胸中を鋭敏に察知するものだからね。親や大人達が俺に抱いていた最後の警戒心を捨てたことを察知した子供達も、俺との交流中に捨てきれなかったある事を綺麗に捨て去った。それは、遠慮。いやあしかし、遠慮皆無の子供の集団っつうのは凄まじいものだ。俺と子供達の戦士の技量がかけ離れていなかったら、俺は間違いなく尻尾を巻いて逃げ出していただろうな。
幸いかけ離れていたので子供達は俺と体当たりで交流し、それを経て深い縁が結ばれ、その縁を介し様々な「開示不可技術」を開示することが出来た。これは、
求めよ、さらば与えられん
の応用と思われる。この法則は創造主の創造主の創造主までたどり着く、宇宙の根幹を成す法則の一つなため、応用範囲が極めて広いのである。とはいえこの法則が適用されたとしても、開示に段階を設けられることは理解せねばならない。自動車免許も最初は普通自動車免許を取得し、運転技術の上達に伴い二種免許や大型トラック免許を取得できるようになるのと同じだね。子供達に開示するも原理を説明できなかった技術の筆頭は、分身の術だろう。輝力工芸スキルで自分と瓜二つの輝力俺を造り、次いで意識を分割し、それら分割した意識を輝力俺に意識投射して各々を独自に行動させるという分身の術は、秘匿性の高い複合技術だ。秘匿性がどれほど高いかと言うと、勇と舞ちゃんに見せるのもこれが初めてだったりする。俺が準四次元に創造した屋久島の海岸でトロピカルフルーツジュースを飲んで以来、二人は輝力工芸スキルを血眼になって訓練していたから、説明せずとも原理を十全に推測できるだろうな。
が、ここにいる人達の中でそれが可能なのは勇と舞ちゃんのみ。大人や一族の長老も含めてもどうにか実感できるのは、輝力俺が輝力工芸スキルで造られている事だけだろう。とはいえ柔らかな肌をした輝力俺が少団長級の実力を有し、かつ各々が独自の判断で戦闘する原理というか仕組みは、てんで解らないだろうけどさ。
それでも俺は、天草一族に分身の術を見せた。子供達の目に焼き付ける最初の手本になるのが、創造主に託された俺の役目だったからだ。最初に見せたのが天風一族ではなく天草一族だったことは、後で翼さんに謝っておかないとな。どわっ、その状況を想像するなり背中に悪寒が走ったぞ! こりゃ、ヤベエことになりそうだな・・・
ま、それについては未来で悩むとして。
「し、師匠!」「師匠、私パニック寸前です!」「俺なんて小便チビリそうです!」「あのう、師匠って人ではないんですか?」「ちょっと待った。人であることを疑われたら、さすがに落ち込んじゃうんだけど!」「「「「あはははは~~~!!」」」」
パニック寸前や小便チビリそうというのは、まるっきり嘘ではないのだろう。だがやはり、子供は柔軟性が飛び抜けて高い。最年少組は輝力俺に高い高いされることで、次の組は輝力俺と鬼ごっこすることで、そして幼年学校高学年組以上は輝力俺と素手の格闘をすることで、分身の術を肌で感じようとしていたのである。俺の訓練は組織の講義同様、
まずは何より自分で考える
ことを、最優先しているからさ。
しかし悲しいかな、それを当然のこととして既に体得していたのは、柔軟性の高い子供達だけだったらしい。20体の輝力俺では子供達をさばき切れなくなり左右の腕を一本ずつ追加して四本腕にしたら子供達は大喜びしてそれに即順応したが、大人達は心の許容量を超えてしまったみたいなのである。「師匠すみません」「子供達の見学をすることを、お許しください」などと大人達は口々に言い、許可も出してないのに地ベタに座り込んでしまったのだ。う~む、ここら辺に特化した鍛錬も、新たに考案しないといけないのかな?
などと自問していたら、当主が確かな足取りで近づいて来た。威厳を保つため演技しているのではなく、分身が20体出現しようとそれが四本腕になろうと、まこと気にしていないらしい。どうやら当主が、さきほどの自問の回答を持ってきてくれたようだ。
『己の心を鍛えられるのは宇宙に己しかおらず、また最も効果的にそれをなす鍛錬の場は、日常生活である』
俺は敬意を胸に、当主との会話を楽しんだ。




