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「どうしたの翔?」「あ~、それがさ」「うんうんなになに?」「恥ずかしながら俺、次の戦争の重要人物じゃん」「まったく今更とぼけるんじゃないの。翔は人類絶滅か人類存続かを分かつ、最重要人物だからね!」「うん、解ってる。司令長官が直々に教えてくれた40歳のあの日、覚悟を決めたからね。そしてまさにそれを、美雪に話そうとしたんだよ。その件の覚悟はとっくの昔についているのに」「うんうん、付いているのに?」「子竜達に映画とミュージカルを紹介する方は、覚悟がいっこうに付かない。竜族が絶滅する訳ではないのに、なぜ俺はこうもウジウジしているのかなって、さっきやっと気付いたんだよ」「なるほどね・・・」
ただの勘だがこの気づきは、今回の件の突破口にならない。だが突破口にならずとも、にっちもさっちもいかない現状に新たな風が吹く予感は、大いにしたのである。そう説明した上で俺と美雪は、今日も今日とて議論に花を咲かせたのだった。
そうこうするうち、子竜達の夏季休暇が始まった。竜族の長期休暇開始と共にのしかかってくる寂しさには、いつまで経っても慣れない。自分でも笑っちゃうくらい、毎度毎度俯いてしまうのである。おそらく俺は、本質的に子供が好きなのだろう。昇や奏や鷲達を可愛がりまくったし、それは前世も同じだったからね。俺ってひょっとして、保育士に向いていたりするのだろうか? しかし地球人に性差別と糾弾されそうだけど、この星では特殊な例外を除き、保育士になれるのは女性のみと法律で定められている。闇族との戦争が始まった当初は男性保育士もいたが、男性保育士に懐きすぎた女の子が帰省しても父親に懐かず、そのまま成人し疎遠になってしまう事例が多発したため、法律で禁止されることになったのだそうだ。対して男の子は女性保育士にべったり甘えていても、帰省したら母親にべったり甘えるのがお約束らしい。世の女性の皆さん、ホント男は潜在的マザコンだらけでゴメンナサイ!
ちなみに女の子にとって女性保育士は、入学当初は母親代わりの大好きなお姉さんで、卒業が近づくにつれ憧れのお姉さんになっていくのが一般的とのことだった。舞ちゃんと翼さんと奏から直接聞いたところによると、保育士を目指す女性は自分もそうなるよう心掛けて保育士の勉強に臨むという。どうも保育士認定試験に、その適正審査があるらしいんだよね。「あくまで噂だけど」と前置きして語られた話は衝撃的だった。それを審査する意味と重要性を理解していない人が保育士になると、子供達を愛するあまり母親にとって代わろうとする人が必ず現れるそうだ。それは非常に恐ろしいことでも、適材適所という宇宙法則はまこと強力と言わざるを得ない。子供達を愛するあまり母親にとって代わろうとする人が孤児院の保育士になったら、それはそれは素晴らしい保育士になることが多いそうなのである。「とって代わろうとする気持ちが」「孤児達の本当の母親になってあげようという気持ちに」「変化するのだそうです」 舞ちゃんと翼さんと奏のその言葉にママ先生を思い出し、涙が止まらず苦労した俺だった。
話を戻そう。
竜族の長期休暇中にのしかかる寂しさには慣れずとも、それを弦楽器の練習意欲に変化させることには、ありがたいことに慣れてくれた。生れて初めてどころか種族初となる音楽を竜達は聴くのだから、クオリティーを可能な限り高めておきたい。その気持ちを胸に一心不乱に練習を続けていたら、寂しさを練習意欲に変化させることにいつの間にか慣れていたんだね。それだけでも御の字なのにクオリティーを高めるべく練習を重ねるうち、
心に響く音と響かない音
の違いが少しずつ分かるようになっていったのには、マジ感謝しかない。音楽的に綺麗な音だからといって心に響く音とは限らず、それを感性で区別可能になったのだ。
音は波長で心も波長だから、相性がもともと良い。しかし響かせるには、厳密にいうと共鳴させるには、それなりの技術を要する。組織の講義前に皆で唱えるマントラムも、各々の熟練度によって効果がまったく違ってくるからね。幸い俺は母さんのマントラムを毎月一度必ず聴き、かつ講師の責任を胸にマントラムを毎月一度必ず唱えてきたから、へなちょこの割に褒めてもらえることが多い。昇と奏と鷲達の発声も母さんによると頭一つ抜けているらしく、嬉しい限りだ。それらのマントラムを竜達に教えることは今のところできないが、心に響く音楽を代わりに聴いてもらおう。クオリティーを高めることにも繋がるし、一石二鳥だな。それにこんなふうに楽器を奏でていると、
「子竜達に会えない寂しさが、薄れるんだよな」
胸の中でそう口ずさみ、俺は練習を続けた。
再度そうこうするうち、人族の子供達の夏季休暇が始まった。名家の子供達にアレコレ教える名家巡りが、始まったのだ。可愛く元気いっぱいの子供達に助けられ、俯きがちの日々に終止符を打てるのがここ数年の恒例だった。とはいえそれはそれで「俺って薄情なのかな」と、俯いてしまうんだけどさ。
名家巡りを始めた最初の数年間は、長期休暇冒頭の三日間に名家を訪れることを意図的に避けていた。半年ぶりに家族と会うのだから、数日間を親子水入らずで過ごすのがこの星の習慣だったからだ。しかし名家巡りの効果が認められるにしたがい、提出してもらう練習可能日に冒頭の三日間も含まれるようになっていった。というか11家の一つがある年「冒頭の三日も練習できますから可能ならお越しください」とメールしてきて、それに俺が「子供達と親御さんに申し訳ないのでお断りします」と返信したところ、
「「「「師匠、来てください!」」」」
という、教えている子供達全員で声を揃えた動画が手元に届いたため断れなくなったのである。




