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そうこうするうち更に半年が経ち、冬期休暇前日になった。子竜達に弦楽四重奏をプレゼントすることを思い立ち、ちょうど1年経ったんだね。夕食後に曲を披露するか悩んだけど、悩んだ時間は1分ほどだったと思う。竜族全体の未来を方向付ける出来事になるのだから、この程度の腕では不十分なのは明白。悩んだ時点でおこがましいのである。来年こそはと、俺は胸中密かに闘志を燃やした。
のだけど夕食後、俺は自分を叱ることになる。なんと竜達が、劇を見せてくれたんだね。器楽曲の披露は早計にせよ、この展開は可能性の一つとして予想しておくべきだった。幼稚園に到着したら「直前まで熱心にしていた何かを大急ぎで片づけました」的な空気を、幾度も感じたからだ。子竜達がここ数日やたらソワソワしていたのも、半年ぶりに親と再会できるからだろうと決めつけ、別の可能性を探ろうとしなかったのである。四十半ばになっても間抜けなままなのは情けないぞと、俺は心の中で自分を叱った。
でもこの件に限っては、間抜けで良かったのかもしれない。だってこの劇は、竜達が俺のために用意してくれたサプライズだからね。実際、劇が突如始まり驚愕した俺に、竜達は方々でガッツポーズしていたな。
突如始まったのは、子竜達の日常を面白おかしく描いた喜劇だった。楽しい日常を子竜達が明るく元気に演じるので非常に愛らしく、俺は目尻を下げまくったものだ。それでいて友情に胸を熱くする場面や悲しみにホロリとする場面もあるという、全園児出演を前提としたとは思えないクオリティーの高い劇だったのである。感心した俺は、隣席の美雪にさりげなく視線を向けた。美雪はついさっきまで顔をふにゃふにゃにするやらお腹を抱えて笑うやら目頭をハンカチで押さえるやらで大忙しだったけど、今は落ち着いているみたいだ。ならば、と疑問を美雪に振ってみる。
「恥ずかしながら俺、竜族の演劇がこれほど高度だって知らなかったんだよね。美雪は知ってた?」「恥ずかしがらなくていいわ。こんなにクオリティーの高い竜達の劇を見たのは、翔と私が有史以来初めてのはずだから」「ゆ、有史以来初めてっすか!」
驚く俺に美雪が関連知識を圧縮してテレパシーで送ってくれたところによると、竜族が劇を好むことは虫型ドローンによる観察で遥か昔に判明していたという。竜族の保護および学術研究を目的としているとはいえ、これほど高い知性を有する種族を常時こっそり観察するなどもっての外というのが本音だがそれは置き、俺の秘書AⅠの美雪は、観察データを無意識領域で常に処理しているそうだ。無意識領域だったのが幸いしこの劇は美雪にとってもサプライズで頗る楽しかったらしくそれは俺も手放しで嬉しかったのだが再度それは置き、劇の品質の高さに驚いた美雪は関連情報を調べたところ更に驚いた。人類が保管している竜族の劇の中に、俺と美雪が見たこの劇を超えるものは無かったのである。その理由が俺にあると推測した美雪は母さんに許可をもらい、無意識領域で処理していた竜族に関する全情報を精査した。推測は当たり、この革新的な劇の大筋を考えたのは、鈴桃を始めとする子竜達だった。俺と関わることで全く新しい世界が開けたことと子供ならではの自由な発想が融合した結果、竜族の演劇に革命をもたらす作品の大本が出来上がったのである。ちなみにそれをきちんとした台本に書き直したのは、大風と慈雨とのこと。さすがは竜族の長とその伴侶、情の深さと厚さにおいて、大風と慈雨の右に出る者などいないのだろうな。
と感心した俺の脳を、前世で大好きだった映画とミュージカルの名作が駆け抜けて行った。閃きを得た俺は、とあるシミュレーションをテレパシーで美雪に頼む。シミュレーションを基に高速テレパシー議論を繰り広げた結果、子供達に紹介するミュージカルはオペラ座の怪〇とウエストサイドストー〇―に決まった。だが決定したのはそれに留まり、この二つをどのような形で紹介すれば良いかは、てんで判らなかったんだけどさ。
月日が流れても、オペラ座の怪〇とウエストサイドストー〇ーをどのような形で子竜達に紹介すれば良いのか微塵も判らなかった。このような場合、他者に相談するのが常套手段なのだろう。だが、この件にそれは当てはまらなかった。アカシックレコードを精査した母さんによると、竜族の未来に大変化をもたらすこの件に関わる人は、少なければ少ないほど良いという。その最大の理由は少なければ少ないほど、
竜族による新創造の余地
が増えるかららしい。人だと解りにくいので、作品にしよう。たとえば映画とミュージカルそれぞれのベスト200を、竜族に紹介したとする。すると地球のクラシック音楽と同じ現象が、つまり「それらを順々に上演するだけで満足してしまい新しい作品が生まれ難くなる」という現象が、竜族に高確率で起こるそうなのである。元クラシック好きとして、俺はそれに同意せざるを得なかった。しかし、
「少なければ少ないほど良いという母さんの意見に同意するってことは、今後も俺と美雪の二人だけで考えるってことなんだよな」
俺はそう、心の中で呟いた。声に出したら溜息まじりになり、美雪を誤解させかねないからだ。俺と美雪の二人だけという状況のみに着目するならそれは非常に嬉しいことなのだけど、背負う荷がいかんせん重すぎる。なんてったって、竜族全体の未来を大幅に変えてしまうんだからさ・・・・って、あれ?
「どうしたの翔?」




